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三つ

時間にして10分程でしょうか?黙々と歩いて殿下と一行は不意に立ち止まります。

するとヘレンは脚甲を鳴らしガンガンとした音が妙に響きます。すると王宮とは思えない質素な廊下が低い音を唸らせ、振動して床が1段、また1段下がって地下へと続く階段へと変形していきます。階段の両端の壁には深蒼の炎の蝋燭が順番に 上から灯されていきます。


「…ウィルオーウィスプか。」


自分が子供頃、嫌という程聞かされた沼へと誘い最後には沈めてしまうという作り話を思い出し、確かにこの先は沼だと鼻で笑うヘレン。

後ろの大人達はヘレンと一緒に階段の先へと行こうとソワソワしています。


「貴様らはここで待て。」


ヘレンは背中を向けたまま言います。大人達はギョッとして


「殿下!!お独りで向かわれるおつもりか!!」


「危険です!我々もお供致しますぞ!」


ヘレンは部下達の我儘を背中で受けたまま階段の奥を見て動きません。そもそも部下達の言葉も聞こえていないかも知れません。

部下達がヘレンに詰め寄るようになると地下の階段から風が吹きます。

オオオオと唸る声のような、吐息のような生暖かい、どこか生臭い臭いの付いた風が吹きます。それを浴びたヘレンの部下達は1歩後退りしたり、呼吸も忘れ動けなくなる人も居ました。


「そういう事だ…犠牲者は少なくしなけれはならん。貴様らはこの場で待機。半時戻らねば私は死んだものとし総火力をもってここを封印せよ。良いな?」


部下達はお互いを見つめ合いヘレンを止める言葉を、共に行けるように気を変らせる言葉を考えます。ヘレンはこの場にいる誰よりも早く強く頼りになります。

けれどこの先に待ち構える召喚されるものによっては全滅も有り得ます。そうなれば破滅を願う怪物がここから解き放たれ周辺諸国を巻き込み目に付くものを鏖殺して行くでしょう。

それだけは、それだけは避けねばなりません。それを分かっているからこそ部下達は行けないし、ヘレンを一人で行かせたくないのです。


「…良いな?」


低い声でヘレンは言います。


「っ…」


「良いな…」


「御意に…」


誰かが絞り出すように呟き頭を下げます。ヘレンはすまん。と口の中で呟くと階段を1段降ります。また1段、また1段と下る度に周りの空気が張り付き体が重くなるのが分かります。この先にあるものがどれだけ危険なのか警告するように重く、呼吸も苦しくなります。その時


「お待ちを!!ヘレン殿下!!待たれよーーー!」


大きな足音を響かせて1本の廊下を進む男が千切れる勢いで足を動かし部下達を掻き分け這いつくばりながらヘレンに近寄ります。この男は先程別れた大臣の孫であり大臣補佐。若くとも優秀な人です。

突然の出来事に背中ばかりを向けていたヘレンも階段を上がり青年の元へ駆け寄ります。


「で、殿下……大臣…がっ、これを…うぇえ…」


顔を青くし嗚咽を吐きながら青年がヘレンに手渡したのは赤い液体の入った小さな瓶です。鮮やかな色をした赤は誰もが血だと分かります。


「だ、大臣が。自らの生き血を絞りだ、出し…フー…殿下を御守りするよう願を掛けた物です。」


ヘレンは目を見開き、部下達もどよめきます。大臣はヘレンに手渡したのはただの御守りではありません。生き血は最も人の願いが通り、強く乗せられるものとして伝えられています。現在でも戦場に行く夫にインクを混ぜた水を瓶に入れてお守りにする家庭は多いです。

何故生き血では無いのか、それは簡単に言えば死んでしまうからです。願いを叶えるというのは大きな代償を払います。逆に言えば1つの命を代償にすれば1つの命を護れるのです。

この瞬間、大臣は青年の言葉で1つしかない命を自分に明け渡したのだと分かりました。


「殿下、祖父からの遺言がございます。」


「ああ!どんな不遜な言葉も許す。大臣が伝えた通りに伝えよ」


「有り難き…」


青年はゆっくり深呼吸をしながら、震える足で立ち上がりピンと背筋を伸ばします。すると、掌を上に向けて拳を握り2回、胸が潰れる勢いで左胸を激しく叩きます。


「我!命の限り!!」


たった一言です。一言で終わりました。けれど大臣は命を自分に譲る直前の言葉だと思うと重みが違います。手に持つ小瓶には大臣の命があります。つまり死んだ後も忠義を尽くしヘレンが死んでしまったも救うと言う想いがあります。

この場にいる全員がそれを感じ取りました。


「命の限り!」


部下の1人が叫びます。


「命の限り!」


「命の限り!」


「命の限り!」


「命の限り!」「命の限り!命の限り!命の限り!」


1人が叫ぶとまた1人、また1人と胸を叩きいつの間にか全員の合唱になっていました。ここに居る全員が命を分けると言っています。


「バカ達め」


ヘレンはクルリと部下達に背中を向け階段を降りてゆきます。


「命の限り!命の限り!命の限り!命の限り!命の限り!」


後ろで叫ぶ部下達に見えるか見えないかの暗闇の中でヘレンは右手を高く突き上げます。


「命のかぁあぎりーー!!!」


部下達の雄叫びが煩く地下に響きます。けれども体が先程よりも軽く感じたのは気の所為では無いはずです。

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