弔い
眼前には巨大な岩壁の森に囲まれた中に広がる広大な荒野がある。そこには今日の戦で倒れた者達がそのまま転がされていた。
今日の戦はフラガーデニア国が勝利を収め騎士や兵士が荒野を徘徊している。
だが、それも荒野の中腹あたりまで来ると兵士達の足もここまでは届かない。敵国のディアフォーネ兵が撤退したとはいえ、この荒野の先にあるフィンディゴの地に滞在している可能性もあり、反対側ではディアフォーネ兵がまだ見回っている可能性があるからだ。
「殆どの歩兵が味方の矢で殺されたのね…」
黒のローブを身に纏い闇に紛れて荒野の中腹あたりを歩く。
そこには数多の戦士の骸が転がっている。
これが戦禍の傷痕。
「酷い…隊長連中を罰して正解だった。明日来る歩兵隊達も同じように囮にされた可能性もあるからね」
多くの敵兵が矢に射抜かれて倒れている中にフラガーデニアの歩兵も少なくない数が倒れている。胸を射られているのはディアフォーネ兵。そして、正面から倒れ背中に矢が刺さっているのはフラガーデニアの傭兵達。
私はむせ返るような血の匂いが充満する荒野を歩き一際大きな体躯を見つけた。
「見付けた。ベーアンさん…それに皆…」
その骸はベーアンさんだった。
ベーアンさんのすぐ近くに歩兵第22連隊の皆の骸もそこにはあった。連隊皆の骸の状態を見ると正面から受けた傷は少ない。致命傷となったのはどう見ても頭部や胸に突き刺さった矢が死因だろう。
特にラダという少年を助けたというベーアンさんが酷い有様だ。大きな体躯ということもあり、十本近くの矢が背中や肩や腕に突き刺さっている。
私は五人の骸を一箇所に集めベーアンさんに手を触れて転移する。
「短い間だったけど今までありがとう。皆と出会えてよかった」
岩壁の森の一角。
一番標高が高く、一番見晴らしの良い場所に転移した私は積み重ねた物言わぬ骸に向かって無理矢理笑顔を作り礼を言う。
女だからと蔑まず、黒い髪と紅い瞳を持つ私を無意味に嫌ったりせず内面を見て私という一人の人間として扱ってくれた第22連隊の皆。
「本当はもっともっと皆に色んなこと教えて貰いたかったけど…」
涙は出ない。なのに、言葉が詰まって先を紡ぐ事が出来ない。
「……ゴメンね。私がいれば皆を守れたかもしれないのに」
私の力を持ってすれば歩兵第22連隊の五人を矢の雨から守る事など造作もない。
私が団長や幹部の思惑に気付いていれば、それかもっと早くに目を覚ましていれば。そう思わずにはいられない。
「せめて皆が家族の元に戻れるように……」
一人ずつ地面に寝かせ土を払う。
そして、五人に魔法で火をつけた。五人の体は火に包まれる。肌は徐々に溶け肉をも溶かす。
この地に眠るのでは無く、せめて灰となりて風に乗って皆が愛する者達の元へと行けるように。
「どうか、安らかに」
私は蹲踞の姿勢で手を合わせ瞑目する。
「ガキがこんな所で何してるのかと思えば…人肉でも食おうってえのか?」
背後からかけられた男の声に驚いて後ろを振り返る。
警戒してダガーの柄に手をかけ目を凝らすが、そこには深い夜の森が広がっているだけで人の姿は見当たらない。闇に紛れているのかと所々に火の玉を灯すも矢張り人影らしきものは見当たらない。
「フラガーデニアの魔術師がこんな所で何をしている」
先程と同じ低い男の声が聞こえる。
それも真横から。
私は腰のダガーベルトに差したダガーを抜き横に振るが肘を強い力に抑えられ振り抜くことが出来ない。力技で適わないと分かれば早い段階で力押しを辞め右手に持ったダガーを左手に持ち替え男目掛けて振り抜く。
「おー怖い怖い。」
男はそう言って一二歩軽快な動きで後方に下がる。
「誰。何でこんな所に人がいる」
ダガーを構えたまま男を睨み付ける。
岩壁の森は中に入るほど入り組んでおり、場所の感覚を失う。その為標高の高い此処まで来る人間は早々いない。それにこの地帯は戦場の前線の為一般人がいるのは有り得ない。
火の灯りが向かい合う男の顔を照らす。そこに居たのは毛むくじゃらのチューバッカ…ではなく、汚っさんだった。