フラガーデニアの切り札
シリアス展開と巫山戯た展開が混在してしまった為、展開酔いに御注意ください。
又、残酷な描写も含まれますのでご了承ください。
「うわぁぁ」
「何だこれはっ」
騎士達から叫び声が上がる。
数人の男達が松明を持って騎士達が倒れた地面を照らすとそこには私と彼等との間に黒い影が棘のように地面から突き出していた。
「乱杭よ」
この乱杭はサロモンさんからの入れ知恵だ。
私はこの夜襲を仕掛けるに当たってサロモンさんからどんな魔法が使えるのかを聞かれ影魔法が得意であることを告げた。
実際に目の前で影魔法を使ってみせるとサロモンさんは影で乱杭を作るように提案してきた。
先ずは、踏み出した足に突き刺さる程の短い杭にして、足を取られ前に倒れた所を手や身体を貫く程の長い杭を影で作る。
地面に伏したままの者達は乱杭に身体を貫かれ既に絶命していた。
「武装もしていない貴方達を殺すのは容易い。此処は負けを認めて引いては如何かしら?」
人の命を奪ったというのに私の心は驚く程に凪いでいた。此処に来るまで傭兵達に会うとほんの僅かな後暗さと裏切ったという罪悪感があったが、騎士団と魔術師団の彼等を前にすると何も感じない。
憎悪。それだけでこんなにも人間躊躇が無くなるものなのか。それとも私が異常なだけなのか。
まあ、何方でも良い。私の目的はただ一つ。フラガーデニア軍を撤退させてシーリアの地を手に入れることのみ。
「戯けたことを。小娘が図に乗るなよっ」
騎士団団長が怒声を響かせ剣を抜き騎士達を下がらせて前に出る。
私は乱杭の数を増やし後ろに控えるアンデッドに団長以外の人達を襲うように命じる。
まさに一触即発である。
「待って!戦っては駄目っ。もう誰かの血が流れるのは見たくないわっ」
騎士団と魔術師団の後方の方で甲高い声が上がった。
「ナディアっ!太守の居城で待ってろと言っただろう」
「ここに来ては行けませんっ」
「聖女様っ」
「危ないので聖女様はお戻りをっ」
あの声は。
どうやら後方の方には王太子御一行もいらっしゃった御様子。
乙女ゲームの攻略キャラたちと騎士達の慌てた声が聞こえる。
「ヴェラ様もうこのような事はお辞め下さい!人を殺して何も思わないなんて貴方は人間じゃないわっ!!」
ナディア嬢は皆の制止も聞かずに私が見える位置まで駆けて来る。その後に続いて王太子御一行も姿を現す。
何だろう…このモチベーションが下がった感じというかなんというか…。
どう考えてもこの場に不釣り合いな方達ではございませんか?
というか、彼女は自殺願望でもあるのでしょうか?
「きゃあっ」
「ナディア危ない!」
「このっ、ナディアに何しやがる!!」
私の放ったアンデッド達が王太子御一行に襲い掛かる。私が冷めた目で彼等の様子を眺めていると乱杭の直ぐ先に黒く大きな影が視界を遮る。
「殿下達はお下がりください。それと王太子殿下はメレルの元へ向かってください。この場を収束する為に今彼奴が準備をしておるはずです」
「メレルとは魔術師団団長だな。何か策でもあるのか!?」
「行けば分かります。聖女様をお守りしたければさあっ、行って下され!」
騎士団団長の喝を入れるような声に弾かれてダニエル殿下は頷いて側近達に聖女様を任せ魔術師団団長の元へと向かう。
「お前達も下がっておれ」
騎士団団長は側近とナディア嬢にそう言うと剣を構え殺気が膨張する。
辺り一面に広がる殺気に近くにいた者達は慌てて団長から距離をとる。彼の殺気が肌に刺さる。だが、初めて団長と対面した時ほどの緊張感は一切ない。
恐らく、総大将とシルヴァンさんの殺気の方が何倍も騎士団団長よりも鋭く筋肉が萎縮してしまう程のものであり、団長程度では萎縮しなくなってしまったようだ。
「ふんっ、こんな小細工でワシを足止めしたつもりかっっ」
騎士団団長は剣を振るい乱杭の尖端を力技でへし折って行く。
「ヴェラ様!もうこんな事はやめてっ。これ以上貴女の罪を重ねてはダメよっ」
未だ叫ぶ聖女様。
「ナディアはなんて優しいんだ」
「あんな罪人放っておけばいいのに」
「流石は聖女様だ」
「お優しい聖女様」
アンデッドと苦戦しながらもナディア嬢の言葉に反応して褒め称える攻略対象者と騎士達。
「もうさっさと終わらせよう…」
何だか段々面倒臭くなって来て一気にこの夜襲を終わらせようかと思考する。
サロモンさん曰く、騎士団の数をアンデッドで減らしつつ魔術師団団長を捕虜として捕え私がディアフォーネ軍に与した事を告げ直ぐに離れた場所に転移する。それだけで、フラガーデニア軍は撤退すると言っていた。
どうやらフラガーデニアの兵力が減った今、私と魔術師団団長が抜けることでフラガーデニアの敗北が決まるらしい。何故、魔術師団団長が抜けることでこの戦いが終結するのかは分からないが騎士団団長には用がないので近くに居たアンデッドを操って差し向ける。
「小賢しいわっ!」
流石は騎士団団長。
二体のアンデッドを一刀両断して捩じ伏せる。
魔術師団団長とダニエル殿下が何やら企んでいるようだしさっさと魔術師団団長を捕らえたいのだが、如何せん目の前の男が邪魔過ぎる。
「父上!俺も加勢しますっ!!」
殿下の側近であり、騎士団団長の息子が抜き身の剣を此方向けて構える。
「この女には俺も因縁がありますからね!俺の手で仕留めてみせます!」
え。何かカッコイイこと言ってるようだけど因縁って、ただのあんたの言いがかりだよね。
どうせ、ナディア嬢を虐めていたのが許せないとかそんなんじゃなかろうか。
「良かろう。」
いいんかーい。シリアス展開グッダグダだしもう早く終わらせて帰りたい。
早く終わらせてシルヴァンさんと総大将に褒められたい。
遠い目でそんな事を考えている時だった。
「ジェファーソン、時間稼ぎはもう良いですよ。」
「何だ。もう終わったのか」
「はい。王太子殿下からの抜血も済み術式も組み終えたので直ぐにでも術を発動出来ます」
騎士団団長の背後から現れたのは後退したと思っていた魔術師団団長だった。
魔術師団団長の顔には卑しい笑みが浮かんでいる。その表情に眉宇を寄せ警戒を強める。
「動くなよ、動けば首が飛ぶ。……彼奴の睨み通りやはり持っていたか。それがベラを縛る術式だな」
低い声と共に魔術師団団長の首に鋭利な刃物が突き付けられる。
魔術師団団長の背後にいるものは魔術師団のローブを被っていて顔が見えないがこの声には聞き覚えがある。何故彼が此処にいるのだろうか…彼は森の方にいるはずでは無いのか。
「なっ、何者ですか!」
「曲者だよ。お前達の警戒網緩過ぎなんじゃないか」
揶揄を交え魔術師団団長を人質としながら前の方に歩いてくる。
「よお、ベラ」
「シルヴァンさん…如何して此処に」
「ある物を奪う為とお前を迎えに来たんだよ」
そこにはシルヴァンさんの姿があった。
突然の登場に驚いていると空を切る音がした。騎士団団長が剣を振り下ろすもいとも簡単にシルヴァンさんはその太刀を避ける。
「おっと、危ねぇなァ。人質ごと殺す気か?」
「貴様!どうやって此処に入り込んだ!」
「どうやってって。お前さん達の組織が随分と入り込みやすい組織だっただけだろ」
シルヴァンさんは揶揄する態度を崩すことなくはっきり述べると、騎士団団長の眉間に深い皺が刻まれ殺気が膨張していく。
その時、唐突に魔術師団団長がニヤリと口角を上げて声を張り上げた。
「《洗脳魔法》!フラガーデニアに仇なす敵を排除しなさい!!」
魔術師団団長がそう口にした瞬間心臓が飛び出るのでは無いかというほどに心臓が跳ね、割れんばかりの頭痛に襲われる。
「あ、ああああぁぁぁ」
急激に熱くなる身体と割れんばかりの頭痛に頭を抱えて叫び声を上げる。
「しまった。ベラ!!」
「ははははは、直ぐに私を殺さなかったのが仇となりましたね。さあ、ヴェラ嬢私の言うことを───────」
勝ち誇った笑みで高笑いする魔術師団団長の声が途中で消える。シルヴァンさんが彼の頸動脈を断ち切ったのだ。
シルヴァンさんは魔術師団団長から術式が描かれた紙を奪い蹲る私の元へと駆けて来る。
苦痛の中で魔術師団団長を捕らえるのが目的では無かったのかと一瞬考えるも直ぐにそんな事も考えられないほどの痛みがまた襲う。
「ぐうううああぁぁぁ」
体が熱い、苦しい、痛い、助けて─────
そう叫びたいのに声になるのは呻き声ばかりで話すこともままならない。
駆け付けたシルヴァンさんが私を包み込み肩をしっかりと抱く。
感じた浮遊感に薄く目を開けると眼前にはシルヴァンさんの姿とシルヴァンさんに向かって剣を振り下ろす騎士団団長の姿が目に入った。
危ないっ!!
そう言いたいのに声が出なかった。
シルヴァンさんは迫り来る剛剣を手に持った短剣で受け止めようと構える。
「笑止!その短剣と片手でワシの剣を受け止めれるわけがなかろう!!」
騎士団団長が振り下ろした剣先は私たちを切るどころか消えてしまっていた。
否、シルヴァンさんが持った短剣に叩き付けたと同時に刃が折れたのだ。
「何!?ワシの剣が折れただとっっ」
「テメーの相手をしてる時間はねェんだよ。ベラは連れて行く。ベラを縛る術式も手に入れたんでな。ベラを取り返そうなどと思うなよ、その時はディアフォーネ軍シルヴァンが相手してやるから死ぬ覚悟で来い!!」
「シルヴァンだと!?三大英傑ジェレミーの側近六頭武将の一人か!?」
シルヴァンさんは眼孔鋭く敵を睨みつけ騎士達の足が竦むほどの殺気を放つ。
騎士団団長もその殺気に気圧されつつも殺気をぶつけ対抗する。明かされる敵の正体に彼は瞠目するも既にシルヴァンの姿は夜闇に紛れ見失った。
頭が割れんばかりの頭痛は今は緩和されたがまだズキズキと痛む。呼吸も苦しく身体も燃えるように暑い。
「……っ、オレがついていながらすまないっ。ベラ、お前の事は絶対助けてやるから安心しろ」
私はシルヴァンさんの腕に抱かれ何処かに運ばれていた。返事を返す事は出来ないけど彼の耳に心地好い低い声が聞こえ、何故か分からないが彼が言うのなら大丈夫だという安心感があった。私は返事を返す代わりに彼の服を握り締めて身を預けると共に意識を手放した。




