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夜襲



辺りに死臭が漂う。

私、シルヴァンさん、サロモンさんの三人は日が完全に沈んだ頃荒野へと足を運び生温い風が肌を撫でその風に乗って土と血が混じった臭いが鼻腔を刺激する。



「これ程の力とはっ!」


たった今目の前で起きた光景にサロモンさんが驚きの声を上げる。

私は戦場に倒れたフラガーデニア兵達の骸を一箇所に集め手を翳して術を展開した。息絶えた兵士たちは一人、また一人と立ち上がり動き出したのだ。



「リビングデッドを使えるのか…。魔法は誰かから教わったのか?」



アンデッドの創造にシルヴァンさんは目を見開いて尋ねる。

その問いに私は首を横に振った。

幼少の頃魔力暴走を起こしてからは魔力封じの術が施された部屋にずっと軟禁されていた。魔力の制御や魔法の使い方を教えてくれる教師を付けてもらえる訳でもなくて存在を隠すように邸の奥の部屋にずっと閉じ込められていた。

王太子との婚約が決まり、王妃教育が必要と言うことで漸く王城にだけは出入り出来るようになったが、それも学園に入るまでは王城と邸だけの往復という狭い世界で生きてきた。


「分からないけど、これを使いたいって思うと自然と術が頭に浮かぶの」



学園に入って漸く魔力制御の本を読み漁ったり魔法について調べたりしたが、アンデッドの創造などという禁止された魔法が学生が使う図書室に置いているはずもない。

失われた魔法(ロストマジック)とされている転移魔法に使い手が少ない治癒魔法も一般人が見れる本には載っていない。

どれも自然と私の頭の中で術が組まれるのだ。

これがチート特典とでも言うべきものだろうか。



「では、私とシルヴァンさんは森で身を潜めている」

「はい。お任せ下さい。」

「何かあれば合図しろ。直ぐに駆け付ける」

「シルヴァンさん…ありがとう」



シルヴァンさんの言葉に心配して貰える嬉しさに頬が綻ぶ。

だけど、これはサロモンさんやディアフォーネの人達に私が敵ではないと認めて貰う為のものである。任された任務くらい一人で出来ないと信用など得られようはずもない。

それに、女一人で敵地に送るなど他の人から見るとサロモンさんは正気の沙汰ではないと思われるだろうが、彼は私の力量をほぼ把握出来ているのだろう。なればこその作戦だ。

それに、私一人だけ敵地に行かせるのも一番の目的は私を試す為だろう。本当に母国を裏切りディアフォーネ側についたのか。それを見極める為の策。私が間者だったとしてこの作戦が失敗に終わろうとも恐らくサロモンさんには損失はない。次の策を講じるだけだ。


「この奇襲が終わったら何らかの合図で報せます」



私はアンデッドを率いてサロモンさんとシルヴァンさんにそう告げるも、一瞬彼等の姿を探す。だが、彼等は元の場所から一歩たりとも動いておらずすぐ近くにいた。

自然と喉が鳴る。そこに居るのに居ないような、二人の気配が全くしない。人間、ここまで気配を消せるものなのだろうかと僅かに慄いた。


「行きます。もし、失敗に終われば私を見捨てて駐屯地に戻って下さい」

「言われずとも元よりそのつもりだ」

「サロモン!」


間髪入れずに返されるサロモンさんからの返答と窘める声を上げるシルヴァンさん。

まだ疑われている身だと言うのに何だかその光景が可笑しくて笑ってしまう。それに、この策戦はサロモンさんの案でもある。彼は私の言葉にそう返しながらも何処と無く失敗するはずが無いという自信も感じ取れる。頼もしい限りだ。

大将軍だというこの二人。確かにその場にいるだけで安心感がある。

恐らく、自分一人で謀反を起こすとなると恐怖心や不安があっただろう。だけど、そんな負の感情は一切ない。


「ディアフォーネ国に勝利と栄光を!」


二人に向かって拳を作った右手を左胸に当て敬礼をする。

サロモンさんは軍馬に跨り、シルヴァンさんは強化魔法で身体強化をして森へと向かった。


私は50体のアンデッドを引き連れフラガーデニアの駐屯地へと向かう。



「止まれ!何者だ!」



フラガーデニアの見張り兵がいる辺りまで行くと強い口調で呼び止められる。



「魔術師団所属ベラよ。退きなさい」

「ヴェラ様!これは失礼致しました。」

「ひっ、あ、あの…後ろの者達は」



威厳を持って命じると兵達は直ぐに警戒を解くも私の後ろに並ぶ血みどろの兵士、アンデッドを見て顔を青褪めて声を震わせ問う。


「今日の戦で減った兵の補充よ。団長達に頼まれてやっと完成したの。これは機密事項だから他言無用よ。もし、他言したことが発覚すれば…どうなるか分かるわね?」

「死…。は、はい!」

「絶対に他言は致しません!」


兵達は見るからにガタガタと身体を震わせている。

どうやら、私が居なくなった事はまだ上層部しか知らないようだ。そして、なるべく人気がない道を通っていたのだが、遭遇した兵達には見張り兵と同じ口上で誤魔化し騎士団が屯する場所まで来た。

プライドの高い騎士団と魔術師団は傭兵と同じ場所に天幕を張るのを嫌い傭兵達がいる場所とは距離が少し離れている。そう遠く離れているわけではないがこれだけ距離があれば十分だ。罪なき傭兵の方達を巻き込むことはないだろう。



「これは何事かな。ヴェラ嬢」



騎士達が屯する場所に着くと盛大なお出迎えが待っていた。



「ふふっ…これはこれは。騎士団だけでなく魔術師団の方達と団長に幹部の方達まで勢揃いとは盛大なお出迎え痛み入りますわ」


紅の瞳を窄めて笑みを浮かべる。

騎士団と魔術師団が一箇所にいるとは何とも運がいい。恐らく、私の率いるアンデッドに団長達が気付き急ぎ集結させたのだろうが、此方としては好都合だ。


「後ろに連れているのはアンデッドですね。これはどういうつもりですか」

「どういうつもりとは?わたくしは減ってしまった兵の補充をしようとしただけですわ」

「我々に相談もなく勝手な事をっ!!」


騎士団団長が厳かな声を夜闇に響かせる。

その威厳は背後にいる味方をも萎縮させる程。


「あら、嫌だわ。私を騙し勝手な事を先にしたのは貴方達でしょう?」

「貴様っ、謀反でも起こす気か!」

「団長お気を付け下さい。ヴェラ嬢には傭兵隊長達を殺した疑いもかかっています」


副団長や部下達が団長を守るように前に出る。



「そうであったな。ヴェラ嬢、隊長達を殺害したのは貴殿の仕業か!!」



騎士団団長が殺気を醸し出して凄む。

答えによっては敵と見なすと言外に態度で示している。魔術師団団長や他の者達も臨戦態勢を取り返答次第では一触即発状態である。


「……そうだと申せばどうします?」


私は笑みを浮かべたまま肯定すると団長達の目がカッと見開かれ更に殺気が膨張する。


「何故そのような事をした!!」

「何故…ね。味方である傭兵達を殺したからよ。あいつらに生きる価値など無い!!」


今思い出しても殺しても殺したりない程に怒りが湧く。


「傭兵などまた補充すれば済む話、何をそう怒る必要がある。貴様はそんな下らぬことでワシらの敵に回ったと言うのかっ」

「もう少し利口だと思っていましたが買い被りだったようですね。ただ、その膨大な魔力は使える。殺すには惜しい。魔力封じの鎖に繋げば幾ら彼女でも抵抗出来ないでしょうし実験台くらいの役目は出来るでしょう。」


各団長はそう言うと彼等も臨戦態勢へと入った。

本当に下らない。その人を見下した態度も自意識過剰な態度も全てが私の逆鱗に触れる。



「今更後悔しても遅いぞっっ」



その声を合図に騎士達が突っ込んで来て魔道士達が魔法を駆使して攻撃してくる。

さっさと撤退すれば良いものを。


「ぎゃあああ」

「ぐあっ」


駆け出した騎士達の動きが止まり、魔術師団が放った魔法は防御癖で防御する。

止まった騎士達は勢いよく飛び出した者だから前で止まった者達に後ろの者達が追突してドミノ倒しのように倒れ込む。


「ひぃぃっ」


一人の男の叫び声が上がる。


「どうしたっ。何をしておる!」


騎士団団長がそう呼び掛けるも先頭を走っていた者達は地面に伏して誰一人立ち上がる者はいなかった。

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