おっさんの正体と鎧男
「どうされましたか」
「曲者ですか!?」
更に外からザワザワと騒めく声が聞こえる。
恐らく、駐屯地に残った兵達が集まって来たのだろう。
このままだと兵達がこの天幕に集まって来てしまう。どうしようかと逡巡する。
「いや、何でもねェよ。お前達は持ち場に戻ってろ」
シルヴァンさんがそう言うと兵士達からの返事が聞こえる。
そして、フロントパネルの部分に立っていた男の横をすり抜けて此方に向かって来た。
「待っておじさん今来ないでっ」
一応椅子の上に置いていたサーコートで前を隠しているとは言え、半裸状態に変わりない。あまりの恥辱に目の前が涙で滲みそうになっているとシルヴァンさんの腕が伸びて来て抱き寄せられた。
「ユーグ、突っ立ってないで早くそこ閉めねぇかっっ」
「はい!」
シルヴァンさんは私を抱き寄せたまま鎧を着た男に命令する。額を押さえていた男は返事をして開けたままだった入口の布から手を離してフロントパネルを閉める。
「ユーグ、右の机の上にケープがあるから取ってこっちに投げろ」
シルヴァンさんが目の前にいるから鎧を着た男は一切見えないが、鎧の擦れる音から指示通りに机の方へと向かっているようだ。
シルヴァンさんはケープを受け取ると私の身体に被せる。
「それ羽織ってろ。臭いっていうクレームは受け付けねえぞ」
シルヴァンさんは笑ってそう言うと私から離れた。私はケープをしっかりと握り身体に纏う。先程からシルヴァンさんの顔が見られないし心臓の音がうるさい。
逞しい筋肉質な腕と身体の体温が触れた部分にずっと残っている気がする。
「シルヴァン将軍!大将軍ともあろうお方が女を連れ込むとは見損ないました!!それも、普通の女性ならまだしも黒髪に災いを齎すと言われる赤い瞳を持つばけ─────」
「それ以上口にしてみろ。ユーグ、お前をオレの隊から外すぞ」
シルヴァンさんが地を這うような低い声で言葉を発すると鎧を着た男は押し黙る。
忘れていた。
ベーアンさん達に出会い。シルヴァンさんと総大将と出会い彼等は私を受け入れてくれた。レオナールさんには魔王だと思われ、サロモンさんからも入隊に関して拒絶はされたけど私という人物を拒絶されたわけでは無かったから久しく私の存在そのものを拒絶される感覚を忘れていた。
『化け物』
一般人からしたら私の見た目は直接何かしたわけでなくとも忌み嫌うには十分な容姿をしているだろう。
髪は膨大な魔力量を示す漆黒の髪に瞳は災いを齎す紅い目。魔力量を示す黒一色である魔王の方がまだマシかもしれない。
「シルヴァンさん……。私なら大丈夫。慣れてるから。それにね、自分でも思うんだ、こんな色してる子他にはいないし化け物じゃんって。だから、大丈夫」
前世を思い出してそれ程自分の容姿を気にする事は無くなったが、今までヴェラとして生きて来たワタシの真髄に人に拒絶される恐怖が根付いている。
それを隠す為笑顔で笑い飛ばすがシルヴァンさんの目が鋭く窄められる。
「あ、ていうかおじさん将軍だったの!?しかも大将軍ってどういうこと!?」
向けられる眼差しに居た堪れなくなって話題を変えようと鎧の男が口にした驚きの事実を問い質す。
「何だ、お前知らずにシルヴァン大将軍に着いて来たのか?この方こそ生きる世界三大英傑の一人であるジェレミー総大将の側近を務める六頭武将が一人シルヴァン大将軍だっ!!」
鎧を着た男は両手を腰に当て我が事の如く鼻高々と宣言する。
「それでお前は何故こんな所にいる。ケヴィンと共に戦場に居るはずだろう」
シルヴァンさんは話の腰を折って男に尋ねる。
すると、男はあからさまに動揺し始めた。
「お前、また暴走したな」
「ち、違うんです。フラガーデニアの連中が仲間まで射殺すなどという非道な戦術に出たものですからつい…あ。」
墓穴を掘った男は言い終わった後に口を抑えているが遅い。男の話から何となく分かったが、この男は正義感が強いのだろう。
敵であるフラガーデニアの傭兵達が仲間に裏切られたことに怒って昨日の戦で暴走し、上の人から駐屯地での守りを任されたって所だろうか。まあ、要は留守番のようなものだろう。
「はぁ…、正義感が強いのも良いがなユーグ。よく聞け。戦場で感情のままに動くような奴は敵の策略に嵌りやすい」
「そんな事はっ……」
「いいから先ず聞け!お前一人の自滅ならまだいい。だがな、お前は五千人将の隊長にまでなったんだぞ。お前一人の判断で攻めるも退くもタイミングを見謝れば五千の命が失われる。」
鎧を着た男はシルヴァンさんの言葉と醸し出す気迫に完全に萎縮してしまって口を閉ざす。
「目の前の物事に囚われすぎるのはユーグの悪い癖だ。五千の命を預かっていという重みに責任を持て。それが分からねぇなら前線に出るんじゃねぇ!!」
出会ってまだ二日目だけどシルヴァンさんのこんな姿初めて見た。
総大将が一瞬にして場の空気を変えたようにシルヴァンさんもまた醸し出す気迫が厳粛な場へと空気が変わる。私が叱られているわけではないのに私まで萎縮してしまう。
これが、大将軍の覇気といったところだろうか。重圧感が半端じゃない。
「すんません…敵の所業に我慢出来ず暴走しました。」
男は己の非を認める。
すると、場の空気が少しだけ和らいだ。
「お前の強い正義感で救われた奴も何人もいる。それに、隊員の殆どが自らお前の隊に入りたいと志願して来た奴等だと聞いている。お前に惚れて着いて来た仲間を隊長であるお前が殺させるなよ」
「っっ、はい!!」
気を落としていた鎧を着た男は最後のシルヴァンさんのフォローに瞳に光を取り戻して元気良く返事をする。
「ベラ、悪いな。放ったからかしにしちまって。此奴はユーグ、五千人将の隊長でオレの弟子だ」
急に私に話を振られて慌てて居住まいを正す。
「い、いえ。私はベラと申します。一人で森にいることろをシルヴァンさんに拾われ総大将からも軍への入隊の許可も頂きました。ユーグさん、先程は驚いたとはいえタオルやらバケツを投げ付けてしまい申し訳ございません」
「は?入隊って、女が戦場に出る気か!?」
私は自己紹介と先程の非礼を詫びて頭を下げるも険のある言い方にピクリと反応する。
「シルヴァン将軍!俺は女が戦場に出るなんて反対です!!足でまといになるだけじゃないっすか」
私、思ったんだ。
こいつとは馬が合わない!!と。




