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本能のままに



冷や汗が止まらない。身体はカタカタと小刻みに震え、ドクドクと脈打つ心臓の音がうるさい。


それもこれも目の前にいる男の所為だろう。

私は今、目の前に佇む男性の前で無防備にも首を晒していた。





遡ること数刻前───────



夜の空も大分白み始めた頃、フラガーデニア側で動きがあった。


「まだ夜も明けきってねェのに敵さんはもう動き出したか」


汚っさんの言葉に目下を見遣るとそこには先頭に騎士修道会の騎士団達が騎乗して補充されたばかりの歩兵隊を先導している。

騎士団長の姿が見えない事から王室直属の騎士団は此度も様子見か前線に来ているという殿下達のお守りをしているのだろう。



「昨日の勝ち戦で士気がかなり高まってるようね…ディアフォーネ側はまだ兵が見えないけどいいの?」

「心配は無用だ。既に全員配置に着いてる頃だろう」



このままでは夜襲を仕掛けられても対応出来ないのではないかと心配になっていると隣に立つ男は動じることなく言う。

荒野にはフラガーデニア兵しか姿は見当たらない。

ディアフォーネ兵がいる駐屯地は荒野の先にある長い渓間を抜けた先にある。

ディアフォーネ側の渓間を見るもやはりそこにはディアフォーネ兵は一人もいない。



ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォおお



地鳴りのような声が上がる。

ディアフォーネ兵がまだ出陣していない事にフラガーデニア兵は更に士気を上げて未だ戦場に転がる屍を踏み越え前進する。

先頭を務めるのは勿論騎士団の兵達である。

その為か、後ろに続く歩兵、槍兵、弓兵には恐怖が感じられず声の大きさからやる気に満ちているようにも見える。



「おー…元気な奴らだな。そんな大声で吠えてたら敵に居場所を教えてるようなもんだってのによォ」

「ねえ、このままだと渓間まで侵略されちゃうよ?」

「まあ、黙って見てな…」



渓間を抜けると直ぐにディアフォーネが駐屯地とするフィンディゴがある。フィンディゴの地には一般人もいるはずだ。何故そんなに悠長にしていられるのかと訝しげに思っているとフラガーデニア兵は渓間に入り進軍する。



この光景何処かで見たことがあるような………



フラガーデニア兵が進む道の両脇は岩壁の森になっている。中腹まで進んだところで一斉に木々の隙間から顔を出し始めた太陽に反射する細長い物体が無数に上空に打ち上げられ急降下する細長い物体はフラガーデニア兵目掛けて雨あられの如く頭上に降り注ぐ。

上空に打ち上げられたのは無数の矢で無情にもフラガーデニア兵達を打ち倒していく。



「この展開…漫画で読んだことある。確か…この後は……」



その時、地鳴りがする。

いや、コレはフラガーデニア兵と同じで人の雄叫びである。

フラガーデニア兵が怯んでいる隙に前方から土煙を上げてディアフォーネ軍の騎兵隊が突撃して、狭い渓間でフラガーデニア兵とディアフォーネ軍が衝突した。



「すごい…」

「これが地の利を利用した戦法だ。ディアフォーネ軍が打ち負け、後退するとなるとこの渓間では敵の格好の餌食の的になるが逆に敵を招き入れてやれば身動き出来ない状態で一網打尽出来る」



これで今日の戦は決まりだろう。

渓間に入ったフラガーデニア兵は後ろに退ろうものなら矢の雨が鎧を貫き、目の前からはディアフォーネ軍が迫って来る。

ディアフォーネ軍の圧勝である。


後方で出陣していた王家直属の騎士団団長を初めとする騎士達と宮廷魔術師団達は渓間に入る事は無かった為、撤退を初めている。




ドドドドドドドドッッ



眼下に広がる初めて見る命のやり取りに見入っていると地鳴り…否、地響きが私達の後方から聞こえる。

その音は徐々に大きくなっている気がする。



「げ。ベラ、逃げるぞ」



今まで隣で戦場を見ていたおっさんはそう言うやいなや有無を言わさず私の腹部に腕を伸ばして抱き抱える。



「何処に行くんじゃ!!このボンクラ放浪バカ息子があぁぁぁ!!!!!」



スドオォォォン



目の前を閃光が走る。

あとコンマ数秒逃げ遅れていたら確実に死んでいた。

私達がいた場所には巨大な日本の薙刀に似たグレイブの穂先が地面を割って埋まっている。おっさんに腹部を抱えられたままグレイブを振り下ろした人物を見遣る。

そこにはガタイのいい白髪の爺さんがいた。



「殺す気かクソジジイ。それとオレはアンタの息子になった覚えは無いといつも言ってるだろ」

「ワッハッハッハッハッ。この程度の攻撃避けきれんようならば死ねいッッ!!軟弱者はわしの息子ではないっっ」



ビリビリと空気が揺れるとはこのことだろうか。汚っさんよりも更に年増のオヤジは空気が割れんばかりの大きな声で豪快に笑い声を上げる。



「だから、息子じゃねェ────」

「ガハハハハ、諦めろシルヴァン。総大将にとっては俺達は全員息子でしかないんだからな」

「これでも総大将、貴方の事を心配していたんですよ。二年も姿を晦ましていましたからね」

「あ、コラ。サロモン余計な事を言うんじゃないわいっっ」



白髪の爺さんの後に続いて黄金の鎧を着た金髪青目の四十半ばと思われる中年男性と紺の髪色をしたどちらかと言えばまだ壮年に見える男性が軍馬に乗って森の方から姿を現した。


「総大将。いきなり軍馬を降りて走り出すのはあれほどお辞め下さいと再三申し上げているではないですか」

「何じゃサロモン、細かい男は嫌われるぞい。だが、わしの言った通りシルヴァンがおったじゃろう!ガッハッハッ」



サロモンと呼ばれた紺色の髪を持つ男性が総大将と呼ぶ白髪の爺さんに鋭い視線を向けるも爺さんは置いて来たという軍馬の手網を受け取り地面に刺さったままの巨大なグレイブを抜き取って真っ黒の軍馬に跨る。

あまりの出来事に呆然とおっさん達のやりとりを眺めているとふと視線を感じてそちらに目を向けると獅子を思い立たせるような金髪の厳つい顔立ちのおっさんと目が合った。


「シルヴァン、お前が担いでるそのガキはなんだ?」


金髪のおっさんの言葉で未だ腹部を掴まれ男の肩に掴まったままである事を思い出す。



「昨夜此処で拾った」

「拾ったって貴方…。フラガーデニア国魔術師のローブを着てるんですから、敵じゃないですか。今すぐ返して来なさい」


汚っさんの返答に紺髪の男性からすかさず言葉が返ってくる。

当人である私を置き去りに話が交わされるが取り敢えず降ろしてもらえないだろうか。

そろそろ、腹部が圧迫されて痛いんですが。そして、やっぱり臭い。



「おじさん、降ろして」


取り敢えず先に降ろして貰おうとべしべしと肩を叩く。男はすんなりと降ろしてくれて足が地に着くなりディアフォーネ軍の総大将とその側近と思われる方達に向き直る。



「あ、あの!私、ベラと申します。私をディアフォーネ軍に入れて貰えないでしょうか!?お願いしますっっ」



三人の男性に向かって勢い良く頭を下げて頼み込む。


「君、自分が何を言っているのか分かっているのか。自国を裏切ると言っているんだぞ?」



頭を下げたままなので誰が発したのか確認出来ないが、声質からして紺髪の男性だろう。



「元よりその覚悟で出て参りました」



私だって覚悟を決めてフラガーデニアを出て来たのだ。私はゆっくりと顔を上げて揺るぎない意志を持って三人の男性に目を向ける。



「はいそうですかと信じられるわけが無いだろう。それに、母国を裏切るような人間など我が国には必要ない」


「………っ。」



それを言われてしまえば元も子もない。

私は返す言葉が見つからず押し黙る。



「シルヴァンさん、何故このような女と一緒にいるのですか」



紺髪の男は私を睥睨して隣に立つ男に問う。



「オレは別にいいと思うぞ」

「貴方の意見を聞いているんじゃないんです。何故一緒にいるのかを聞いているのです」

「サロモン、オレはこいつをディアフォーネに連れ帰ると決めた。それが答えだ」



おじさんとサロモンという男は互いに黙して一寸視線を交える。紺髪の男が再び口を開こうとした時、それを白髪の厳めしい老人が片手で制す。


「ベラとやら。ディアフォーネ国に移り住むのではなく何故我が軍への入隊を望む」



総大将である白髪の爺さんが口を開くと今まで感じなかった空気の重さを今はひしひしと感じる。



「私は戦場で生きたい。…何故か、はまだ答えられません。だけど、私は母国であるフラガーデニアには思い入れは一切ありません。今から戦場に出ろと言われればフラガーデニア兵を倒してみせましょう」



私は真っ直ぐと総大将を見ているつもりで話している内容も嘘偽りない。だが、総大将が纏う空気が徐々に重いものとなっていく度に心臓の脈拍が早くなる。



「ならば、フラガーデニア国で一番腕が立つものの首を持って来いと命じればヌシは持って来られるのか?」

「はい。必ずや御前にお持ち致します」

「ほう、即答するか。ならば、フラガーデニア国で一番腕が立つものの首を持って来る事が出来れば我が軍に入れてやろう」



そう、言い終わるまでには既に空気は殺伐としたものに変わっていた。

これが、オーラというものだろうか。

先程まで何ともなかった目の前の総大将が今では大型竜でも目の前にしているような心待ちだ。フラガーデニア国の騎士団長を前にした時も肉食獣を目の前にしている心持ちだったが、今はあの時の比ではない。

雲泥の差…いや、月とすっぽん程の差はあるだろう。



私は片膝を着いて跪くと頭部を下げて首にかかった髪を手で上に上げる。

オーラに当てられてカチカチと無意識に鳴らす歯をキツく食いしばって動きを止める。



「何をしている」



総大将の厳粛な声が降る。

大きく脈打つ心臓の音が煩くて言葉がよく聞こえない。だが、彼が何を言ったのかは分かった。



「首を差し出しておるのです。私一人の力で一国をも滅ぼす力を持っています。私はまだフラガーデニア人です。フラガーデニアには私以上の力を持つものはいません」



ディアフォーネ軍に入る為に自らの命を差し出す。矛盾しているようだが、総大将が望んだものはフラガーデニア国で一番腕が立つものの首だ。

魔力では勿論私に適うものは母国には誰一人としていない。騎士団となると力技では負けるが私の魔力にはいくら騎士団長でもやはり適わないだろう。

だから、此処でディアフォーネ軍の総大将が望んでいる首というのは私の首である。


幾らでも言い繕って騎士団長の首を差し出そうと考えなかったわけではない。だが、私の本能がこの首を差し出す事を選んだのだ。

私の力を持ってしてもこの老人に圧勝する事は難しいと本能が告げている。未だ全力を見たわけではないが、圧倒的な力、圧倒的な存在感、そして、圧倒的なカリスマ性。

この老人の前では私の考えなど全てお見通しであるような気がして考えるのをやめた。

そして、老人が纏う圧倒的覇者である覇気の前に屈服していた。


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