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汚っさん



茶色いモリゾー…でもなくって目の前の男はボサボサの前も後ろも伸び放題の髪に無精髭も首辺りまで伸びきって顔全体が覆われており、色褪せたケープを纏っている。

焦げ茶色と白が入り交じった髪の隙間から僅かに覗いた瞳が私と対面して大きく見開かれる。



「俺はさすらいの旅人ってところだな。で?ツッコミどころ満載の嬢ちゃんはこんな所で一人何してんだ?」



汚っさんと思しき男は未だ燃える第22連隊の五人を見ながら言外にコレは何だと尋ねてくる。



「……私はただのベラ。言っておくけど人肉を食べるつもりはないから安心してよ。ただ、仲間を弔ってるだけだから害する気が無いなら目の前から消えて」



男には害意がないようなのでダガーを下ろし警戒を解く。さすらいの旅人が何故こんな所にいるのかと思うものの今誰かと言葉を交わす気分では無い為とはいえ、思わず剣のある言い方になってしまった。

だが、男は特に害した様子も無くその場から動かずじっと私を見つめる。



「仲間を燃やすって随分と酷い供養の仕方じゃねぇか?」

「埋葬する方がよっぽど酷いと思う。この人たちはこの地で眠っていい人達じゃない」

「嬢ちゃんの言ってる意味がわかんねーな。だからって何でかつての仲間を燃やす必要がある」



この世界での主流は埋葬だ。

火葬という概念がないこの世界で死体を燃やすなど男にとっては俗なやり方以外の何者でも無いだろう。死者を愚弄しているとでも思われていそうだ。現に男のトーンが僅かに下がったような気がする。


「これはね、火葬っていうの。肉を燃やし骨まで燃やして灰にする。本来壺に入れてから埋葬するんだけど、彼等の灰は風に乗って皆が大切に思う人達の元に行けるようにするの」


私は男から視線を外し骨だけになった連隊の皆を見つめる。


「身体がこの地に埋まってると魂がこの場所から動けないといけないでしょ?魂なんて非科学的でただそう思い込みたい私のエゴなだけなんだけどね」


何故私は今さっき出会ったばかりの男にこんな話をしているのだろうか。

だけど、誰かに聞いて貰いたかったのかもしれない。皆を守ることが出来なかった悔恨が重くのしかかっていた。だから、涙も出なかったのだろうか。

自嘲交じり発する私の元へと男が歩み寄る。



「なるほどな。嬢ちゃんの発想を聞いてこいつ等も無事大切な人の元に行き着くだろうよ。こんなにも嬢ちゃんが仲間を想って弔ってるんだ」



そう言って男の大きな手が伸びる。

近付いて分かったがこの男もなかなかの長身だ。体躯はベーアンさんの方が幅はあるもののこの男も縦だと190cmはあるだろう。大きな手が頭部を撫でる。その撫で方は乱雑だけど、あまりにも大好きだったベーアンさんの撫で方に似ていて泣きそうになった。


「……っ、」



違う。


私は既に泣いていた。



「ガキが声押し殺して泣くもんじゃねぇよ。泣きたいなら泣け。声を出して喚いて内に秘めてるもん全っ部吐き出しちまえ」



分かっているつもりだったのに、それはあくまでも"つもり"でしかなかった。

悲しい、悔しい、辛い、苦しい、胸が痛い、……昨日笑い合っていた仲間が次の日には死ぬこの環境が…怖い。

だけど、それでも、私はこの戦場から逃げ出そうとは思わない。何故なのか…自分でも分からない。

初めは不純な動機からこの前線に来た。だけど、ベーアンさん達に出会えて今は見えない何かを追っている。確証は無いけどそんな気がするんだ。


気が付いたら私は男の羽織るケープを握り締めてわんわん泣いていた。

苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくてただただ悲しくて…声を上げることで胸の内の悲鳴を外に吐き出した。



「……泣き止んだか」



歩兵第22連隊の皆の骸が灰に変わり火の大きさも小さくなって漸く泣き止んだ私は鼻を啜った。



「臭い…離れて」


鼻を啜った際に鼻腔を掠めたのは浮浪臭。

私が泣き止むまでされるがままになってくれていたのも分かる、そばに居てくれたのも分かっている。本来であれば御礼を言うところなのだろうが…火葬も終盤の今人肉が焼ける嫌な臭いはあまりしなくなり目の前の汚っさんの浮浪臭が際立って思わず両手で男の身体を押し退けた。


「んなっ。このガキ、散々人の服鼻水塗れにしておいて臭いはないだろっ」

「いたっ、ひたいいひゃいいはい〜〜っ」



男は容赦なく私の頬を摘み左右に引っ張る。

口が裂けるかと思う程の痛みにまたちょっと涙目になって講義した。



「ごめんなさい」

「ほめんなはい…」



汚っさんは顔を寄せてリピートアフターミーとばかりに言葉を紡ぐ。男の言葉を繰り返せば「よし!」と言って漸く私の頬から手を離した。



「………ありがとう」



チラリと男のケープを見ると確かに私がつけたと思われる涙と鼻水で僅かに照らされる灯りでも分かるほどに変色しているようにもみえた。見ず知らずの人で彼にとってもたまたま居合わせた見ず知らずの女でしか無いのに黙って話を聞いて泣き止むまで付き添ってくれた。

男に対しての初めの頃の警戒心は今はもう無い。だけど、見ず知らずの人の前で人目もはばからず子供のように泣き叫んだ事が恥ずかしくて痛む頬を摩りながら小さな声でお礼を言った。



すると、男は髪が乱れる程にワシワシと私の頭を乱雑に撫でた。


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