其の拾捌 魂を燃やして
これまで村正やジャーマの操る術を観察していて、気付いた事があった。
『魔法』とやらは特異な力を必要とし、その行使には個人差があれど、限度が決まっている事。
そして、発動までに多少の時間を必要とする事。
──ならば、魔法を使われる前に行動すれば良いだけである。
「死ねェェェ! 死んで灰になれェッ! ヒムロォォオォォォッ!!」
ジャーマはこれまでよりも大きな火球を両手に生み出そうと、手の内に力を蓄えようとしていた。
だが、その時間こそが隙である。
龍蔵はジャーマの懐に滑り込むようにして駆け出し、下から斬り上げるようにして妖刀を振るう。
今度こそ確実に息の根を止める──その一点に集中させた一閃。
鮮やかに、するりと肉を斬り裂く感触が手に伝う。
……だが、妙に硬質な異物によって刃が防がれた。
はらりと捲れるジャーマの外套。
その胸元から覗いた男の左胸には、赤黒く不気味な光を放つ鉱物が取り付けられていた。
「くっ……!」
すぐにジャーマから距離を取る。
その隙に、あらかじめ村正が準備していた黒き炎がジャーマへと放たれていく。
しかし、その攻撃はあやつの火球によって相殺され、激しい火の粉を振り撒いた。
「無事じゃな、リュウゾウ!」
「ああ、それはそうなのだが……」
歯切れの悪い返答に、彼女も龍蔵と似たような印象をジャーマに抱いていたらしい。
「うむ……。あの魔族、どうやら以前よりも様子がおかしくなっておる。サクラも見えたか?」
「ええ……確かに。あいつの左胸に、妙な物が見えたわ」
ジャーマの羽織る外套の下は、上半身が露わになっていた。
外套を龍蔵が斬り裂いた事により、あやつの胸元が露出される形になり、謎の赤黒い石を目視出来るようになったのだが……その正体が掴めない。
どうやら、身体に直接石を埋め込んでいるように見えたが……。
「コレが気になるのかァ……? ま、教えてやるつもりなんざ──ねェけどな!!」
すると、ジャーマは自身の周囲に四本の巨大な火柱を発生させた。
それらはぐるりぐるりとジャーマの周りを回転し、少しずつ外側へと移動している。
「燃えろ、燃えろォ!! テメェらもこの森も、全部全部燃えちまえば良いんだよォォオォ!!」
「こやつめ、森ごと全て焼き尽くすつもりか!? いくら魔族であっても、それだけ暴れれば魔力の枯渇で死に至るぞ!!」
「ヒムロ、あれに巻き込まれたら無事じゃ済まないわ!」
天をも焦がさんとする勢いで、四本の火柱はその回転速度を増していく。
「ひとまず二人共、妾の元へ来るのじゃ! 妾がどうにかこうにか、この場を凌いでみせようぞ!」
「承知!」
村正の指示に従い、龍蔵とサクラは彼女の元へ駆け付けた。
「多少は調子も取り戻せてきたからのぅ。妖刀の本気の防御、魅せてやろうではないか!」
すると、彼女は両手を地面に向けて高らかに叫ぶ。
「大地よ、妾に力を貸せぃ! キュレボの木々よ、草花よ、妾と共に立ち向かえ!」
全身を駆け抜ける、ぶるり空気を震わす感覚。
これは……村正が引き起こしているものなのだろうか。
森の植物達が、彼女の声に耳を傾けている──?
「そなたらの魔力を束ね、我が力として烈火を退ける障壁とする! 出でよ、魔力の大楯よ!!」
更なる燃え広がりを見せる巨大な火柱が、遂に龍蔵らの眼前へと迫っていた。
そこへ、村正の手によって生まれた半透明の障壁が立ち塞がる。
村正は真っ直ぐに前を見据え、火柱を抑え付けている。
こちらへと突き進まんとするジャーマの炎は、彼女の魔法を前にびくともしない。
「この程度か、小童よ! 魔王の配下といっても、所詮はその程度のものなのか?」
「ふざけんなよ……クソガキがァァッ!!」
余裕を見せる村正の挑発に、ジャーマは眼をカッと開いて激昂する。
ジャーマは自身の右手を左胸の鉱石部分に添え、何やらブツブツと呟いているようだ。
その様子を見て、サクラが言う。
「……ねえ、二人共。私の気のせいだったら良いんだけど、あいつの魔力……どんどん増している気がしない?」
魔力というのは、いまいち龍蔵には理解しきれぬものではある。
だが、先程の村正の防御魔法とやらと、ジャーマの放つ炎の気配──徐々にではあるものの、多少は感覚を掴めてきたように思う。
殺気とはまた異なる、感覚的に捉える摩訶不思議な力。
龍蔵の感じるこの気配があやつの魔力だというのなら……この背中を走る悪寒と、肌を突き刺すようなピリピリとした感覚は尋常ではない。
サクラの発言が正しければ、その嫌な気配は刻一刻とその力を強めている。
「これだけの力……相当な魔力を捻り出しているわよ、あの男」
「村正よ。あやつは何を──」
その時だった。
こちらへ血走った目を向けていたジャーマが、ガクリと両膝を折って地面に倒れ込む。
何事かと警戒する最中、つい先程まで肌で感じていた刺々しい気配が、嘘のように萎んでいくのが分かった。
と同時に、辺りを巻き込み森を焼いていた火柱も、呆気なく消滅していくではないか。
「な、何なの……? 本当に魔力が枯渇した、とか……?」
「使い切りはしておるようじゃが、まだ息はある。気を抜くでないぞ」
村正は魔法の障壁を消し去ると、そのまま彼女の本体である妖刀へと入り込んだ。
彼女の声が、若干の響きをもって聞こえてくる。
『そろそろ妾の力も、そなたの魂に馴染んできた頃合いじゃろう。リュウゾウ、あやつをよく見てみるのじゃ』
その声に従って、未だ立ち上がる様子の無いジャーマへと視線を向けた。
「こ、これは……!」
少し目を凝らすと、薄ぼんやりと……だが、次第にそれははっきりとした形となって拙者の視界に映し出されていく。
ジャーマの身体に絡み付く、真っ黒な紐状の何か。
それは彼の胴体から手脚、首などにも絡み付いており、時折ドクン……と脈動していた。
『見えたようじゃな。……あれこそが、あの男の『死線』じゃ。しばらく見ぬ間に随分歪んで汚染されたようではあるが──あれを斬れば、今度こそあやつとの戦いに蹴りが着く』
「あれが死線……でござるか」
カルムの町でジャーマを取り逃がした際、その直前に何かを斬った感触があった。
当時の龍蔵ではその『何か』を目にする事は叶わなかったが……あの歪な管状の物体が、この男の命を繋ぐものであるらしい。
『……あのような死線を見たのは、今回が初めてじゃ。ただ立って息をしているだけでも、相当な苦痛を強いられていたはずじゃ』
「あれは正常ではない、という事か?」
『うむ。何者かの手によって、魂を歪められた結果じゃろう。恐らくは、あの左胸の核が原因じゃろうが……』
この男はそのような状態で、この森をこれだけ焼き払ったというのか。
「……ならば、早々に終わらせよう」
ジャーマには、龍蔵達と戦う強い意思があった。
けれどもその身体を蝕む力が、この魔族の牙を折ってしまった。
龍蔵は妖刀を構え、ジャーマへと歩み寄る。
「貴様が奪った、カテ村の者達の命。森の生命を踏み躙り、悪戯に猛威を奮ったその罪を、その身をもって償うが良い──」
振り降ろされた刃が、管を断つ。
その刹那、男の胸元で光を放っていた鉱石が音を立てて砕け──炎の魔族の肉体は、それきり鼓動を止めた。