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其の拾伍 武勇を示す者

 異常成長した地底蛇の討伐から、今日で二日。

 屋敷を出発して四日目になる日暮れの頃、長かった徒歩移動もようやく終わりを迎えた。


 プローシライ家の『武勇の儀』では、指定された土地に棲む魔物を討伐し、その魔物の首を持ち帰った順で勝者が決まる。

 龍蔵達が向かった洞窟は、課題の三ヶ所の中でも最も屋敷から近い場所にあった。

 その分、他の二組には馬車が用意され、位置的な不平等はある程度緩和されている。

 勝負の決め手のなるのは『往復の移動時間』と『課題の魔物洞窟までの時間』の二つとなる。

 それらをどこまで短縮させ、いち早く屋敷まで戻って来られるか……結果を見てみなければ、誰が勝つかは分からない。



 斬り取った地底蛇の首を入れた袋は、シーラに預けてあった。

 小柄な少年にとってはそれなりの重量であろうそれを、彼はしっかりと背中に背負う形で運んでいる。

 屋敷の門を潜り、当主から課題が言い渡された広間を目指していく。


「……ここに来るまで、門番以外に誰も見掛けなかったのぅ」

「多分、広間で父さん達が待機してるんだと思う」


 村正の漏らした呟きに、シーラが答える。

 広間へ続く扉が見えてきたが、彼女の言うように、ここまで目にした人影はほとんど無かった。


「私達が一番乗りだったら、それが次期当主への出迎えの瞬間になるんだものね。屋敷の人間総出で待ち構えていても、特におかしな話ではないんでしょう」

「そうだと……良いんだけど」


 暗いというよりは、緊張感が高まった様子でそう言ったシーラ。

 そんな彼に、龍蔵は小さく微笑みながら言葉を返す。


「拙者達は……そなたの活躍を、しかとこの目で見届けた。過去の恐怖を克服し、見事にその背中の大蛇を仕留めたそなたは──誰の目から見ても、立派な戦士として映るであろう」

「……ありがとう。そう言ってもらえると、何だか気持ちが楽になるよ」

「そなたが努力をしたのは、紛れも無い事実でござる。そなたはその成果を出し切り、拙者達もそれを支え……四人で成し遂げた武勇の証明だ」


 いよいよ扉の前までやって来た。

 シーラは、片手で扉を開けようと手を伸ばし──その直前に、背後から威勢の良い声が掛かる。


「よう、シーラ! まさか本当に先を越されちまうとはなぁ!」


 振り返れば、そこには大きな布袋を肩に担いだセバスの姿があった。彼の護衛三人も一緒だ。


「セバス兄さん!! も、もしかして……ぼくらの方が先に屋敷へ着いてたっていうの!?」

「だーから、そう言ってんじゃねえか!」


 セバスは袋を担ぎ直しながら、どこか悔しさと喜びが入り混じった笑顔を浮かべて、歩み寄って来る。


「俺らも、かなり馬を飛ばしてきたはずなんだがなぁ……。まあ、こればっかりは仕方ねえ。先に広間に入る権利があるのはお前だからな」

「兄さん……。うん……そう、だよね。それじゃあ──」


 兄に促され、シーラは再度扉に手を掛けた。


 重い扉を開いた先に待っていたのは、彼ら兄弟の父である当主アンコスと、エドガルドをはじめとした屋敷の者達。

 彼らは当主を中心に、ずらりと顔を並べて我々を出迎えた。

 アンコスは先に広間へ到着したシーラと、少し遅れてやって来たセバスを見ると「ふぅむ……」と声を漏らし、元から深い眉間の皺を更に深めた。


「……よくぞ戻った、我が息子達よ! セバスは弟に一歩及ばずだった様子。シーラ、そなたが此度(こたび)の『武勇の儀』の勝者として、ワシ亡き後は、この家を盛り立てていってもらいたい!」

「で、ですが父さん……! そ、その……」

「何だ、申してみよ」


 シーラは背負っていた袋を下ろすと、再度父へと顔を向ける。


「課題を達成した証の首は、確認しなくても良いのでしょうか……?」

「俺達も、湿地帯の魔物の首を持ち帰って来たんだが」


 言いながら、セバスもシーラの隣に荷物を置く。

 けれどもアンコスは、息子達の疑問を吹き飛ばすような大笑いをしてみせた。


「ハハッ、心配は要らぬ! 何故なら──」


 彼が手を叩くと、突如として黒ずくめの男達が姿を現わす。

 その二人組が纏う衣には、異界の地でありながら親しみを感じる。

 黒い頭巾に、それと同じ色をした口元を覆う布。

 主人の前で静かに肩膝を付くその姿は──まさしく、忍びそのものであったからだ。


「この者達に、そなたらを見張らせておったのだ! ワシが提示した魔物以外の首を持ち帰っていれば、今頃その旨がワシの耳に届いておったはずだ。しかし、そなた達は見事課題を達成したとの報告を受けておる」

「父さん、この人達は……?」

「シキの里の忍び共よ! 我らの先祖──誇り高き戦士トネール様の代より親交のある、忍びの隠れ里だ」


 どうやら伝説に語られる勇者の仲間には、この世界の忍びも居たのだそうだ。

 以来、プローシライ家ではシキの里の忍びに『武勇の儀』の監視役を依頼しており、今日までその習わしが脈々と受け継がれてきたのだという。


(それにしても……これだけ文化の違いのある世界でありながら、刀や忍びといった馴染み深いものも存在しているとは、何とも驚きの絶えない土地であるものだな)


 龍蔵が感心を寄せている最中も、アンコスは話を続ける。


「残るアネーロについてだが、あやつらも課題の地であるキュレボ森林に到着したとの報告は受けておる。明朝にでも、アネーロの成果が報告されるはずであろう」


 すると、アンコスはシーラへと近付いていく。

 何事かと身構えたシーラであったが、彼はその手を頭に乗せると、とても穏やかな声音でこう告げた。


「よくぞ……よくぞ試練を突破したな、シーラよ」

「父、さん……」


 その目は慈愛に満ちた父親の瞳であり、そんな二人の光景を間近で見守るセバスもまた、優しい兄の表情を浮かべている。


「そなたが苦しんでいるのを知りながら、何もしてやれぬ父ですまなかった。……困難を乗り越えてこそ得られる強さがあると、ワシの父上がよく言っておった。そなたであれば……ワシの息子達であれば、必ずやこの鎖を断ち切ってくれるであろうと、そう信じておったぞ」

「そんな……そんなの、父さんが気にする事じゃないよ。それに、ぼく一人だけだったら、絶対にこんな事なんて出来なかったはずだから」


 シーラは涙を堪えながら、しかし口元には笑みを忘れず、父を見上げる。


「エドがヒムロ達を連れて来てくれて、皆がぼくを励ましてくれたから……。だからこそ、ようやく出来た事なんだ」

「……良い縁に恵まれたな、シーラ」

「うんっ……!」


 弾むような声で頷いた少年には、もう面汚しと呼ばれていた面影などどこにも無い。

 そんな彼の友であり、龍蔵の隣に佇む小さな少女が、控え目に鼻をすする音が聞こえてきた。


 良い縁に恵まれたのは、龍蔵達も同じ事。

 偶然の出会いか、それとも必然だったのかは分からない。

 けれども、この数日間は無駄ではなかったのだという事だけは、確かな事実なのであった。




 ────────────




 その日の夜は、ちょっとした祝いの席が設けられた。

 まだアネーロが帰還していないので、建前上はシーラとセバスの無事を祝う食事会という事になっている。

 食堂には龍蔵達は勿論、セバスの護衛役を務めた男達や、エドガルド達。そして当主のアンコスも集まっていた。

 賑やかな雰囲気を楽しみながら食事をしていると、ある人物が声を掛けてきた。


「ヒムロの兄さん、ちょっとすいやせん」

「おお、エドガルド殿でござるか」


 シーラの付き人のような役目も請け負っている、大柄な青年であるエドガルド。


(彼が拙者に用がある事と言えば……アレしかあるまい)


 察した龍蔵は席を立つと、サクラ達に一言告げてから食堂を出る。

 閉ざされた扉の向こうからは、未だに明るい話し声が飛び交っていた。


「兄さんに頼まれた例のブツですが、今夜ようやく完成しそうです」

「そうか、ご苦労だったな。こちらも無事に例の物を譲り受けた故、明日の明け方にでも、早速準備に取り掛かろうと思う」


 廊下の窓から射す月光が、燭台の小さな灯りと蕩け合う。

 今夜も良い月が出ている。

 この様子であれば、龍蔵のもう一つの目的を果たせる確率も上がるだろう。……そう信じたい。


「それでしたら、ブツを保管してある部屋までご案内致しやす。明け方には、新鮮な肉を狩りに行く当番があるもんでして、今の内に……」

「ああ、それで構わぬ。早速案内を頼もう」

「へいっ、こちらです」


 エドガルドの案内で、屋敷の二階にある一室へと招かれた。

 その部屋は、普段は物置きとして使われているらしい。

 特別な貴重品は鍵付きの部屋にあるというので、ここであれば自由に出入りが出来るのだとか。


「例のブツは、あのテーブルの上にございやす」


 そう言って彼が指差した窓際の机の上には、ガラス瓶に詰められた液体があった。

 その液体は無色透明で、月明かりを浴びている。

 これこそが、龍蔵が彼に頼んでいた物だ。


「兄さんがシーラ坊ちゃん達とお出掛けなさっていた四日間、毎晩あのガラス瓶を月の光が当たる場所に置いておきやした」

「日中はきちんと日陰に起き、黒い布を被せておいたな?」

「へいっ、もちろんです! その辺はバッチリやっておきやした!」

「うむ、それならば問題無い。感謝するぞ、エドガルド殿」

「いえいえ、俺にはこれぐらいしか出来やせんから」


 龍蔵は彼と言葉を交えつつ、窓から離れた棚の上に、小さな布袋を置いた。

 この布袋は、大蛇の首を持ち帰った袋と同様に、中に入れた物の状態を維持する術が掛けられているらしい。

 サクラがそう言っていたから、間違いではないだろう。

 実際に、大蛇の首を狩り取ってから二日は経とうというのに、首が痛んでいる様子は見られなかった。


「兄さん、この袋の中身は?」

「ああ、これはだな……」


 エドガルドに説明をしようと、袋の口を開けたその時だった。

 何者かがこちらへ駆けて来る足音が、廊下の方から聞こえて来る。

 その音の主は、開いたままだった扉の中に飛び込むようにして、緊迫した様子で叫んだ。


「ヒムロ! 兄さんが……アネーロ兄さん達が大変なんだ!!」

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