其の拾参 気付き
丘の上に建つ屋敷の南。
龍蔵達のチームが目指すは、シーラに与えられた課題の地──シャウライの洞窟である。
休憩を挟みながら地道に歩いて行って、今日で二日目に突入した。
何故馬車での移動ではないのかというと、龍蔵達の目的地は、候補者三名の中で最も近場にあったからだ。
……それが原因で、プローシライの屋敷にある馬車が他のチームに全て使われてしまっていたのも理由の一つである。
「あそこに山が見えるでしょう? あの中腹に洞窟があるらしいわ」
サクラが指差した先に、緑豊かな山がそびえているのが分かる。
「うん、あの山で合ってるよ」
「だがその前に、腹ごしらえをせねばならぬな」
龍蔵達は今、草原の木陰で昼食を済ませようとしている最中である。
献立は、水気を飛ばして保存をきかせた硬めのパンと、干し肉や野草を入れた汁物。
それらの調理を買って出たのは、サクラだった。
龍蔵も多少は料理経験があるものの、そこまで手間が掛かるものではないからと、手伝いを断られてしまった。
村正は黒い炎を出して、火起こしを担当するらしい。
その分、龍蔵とシーラは飲み水の確保と、薪拾いをしてくることになった。
流石に、自分達だけ何もしないで待っている訳にはいかないからだ。
「それでは行くぞ、シーラ」
「ああ、ちょっと待って」
声を掛ければ、シーラは弓を手にしてこちらへ駆け寄って来た。
「この近くの泉に行くんだよね? それなら、水を飲みに来た魔物に出くわすかもしれないから……念の為」
龍蔵を見上げるその顔は、真剣なものだった。
洞窟まではあと少し。
三年前の因縁の地を目前にして、彼も気持ちが引き締まっているのだろう。
「良い心掛けでござるな。ではサクラ、村正。こちらは頼んだぞ」
「ええ、気を付けて行ってらっしゃい」
「ついでに甘〜い木の実でも持ち帰って来ても良いぞ? 妾はいつでも甘味を欲しておるからな!」
「見掛けたら採って来るよ、ムラマサ」
手を振って見送る彼女達。
暖かな笑顔を背に受けながら、龍蔵とシーラは草原の先に続く森の中へと入っていった。
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森はそこまで鬱蒼とはしておらず、適度に降り注ぐ陽光が、爽やかな雰囲気を醸し出している。
チュンチュンと鳴きながら空を羽ばたく小鳥達が、清々しい青空を背景に飛んで行く。
そんな穏やかな森の中を歩きながら、手頃な枯れ枝を集めつつ、この近くにあるという泉を目指して進んでいるところだった。
この調子ならば、早めに村正達の元へ戻れるな──そう思った矢先の事。
「……ヒムロ!」
「ああ……!」
上空から感じる殺気に、シーラが真っ先に反応した。
見上げれば見慣れぬ赤黒い鳥が二羽、こちらを狙ってぐるぐると旋回しているではないか。
……ここまでの旅路で思っていたのだが、どうやらシーラは殺気にかなり敏感なようなのだ。
龍蔵とほぼ同時か、時にはそれよりも早く反応する。今回は彼の方が早かった。
「シーラ、あの鳥は何だ!」
問いに対し、シーラはギリリと弓を構えながら答える。
「突き刺し鳥だよ! あいつはあの鋭いくちばしで、加速をつけて急降下してくる!」
「あれがサクラの言っていた……!」
昨夜サクラから聞かされた、この周辺に生息する魔物達の特徴を思い出した。
血を浴びたような赤黒い羽を持つ突き刺し鳥は、体長が拙者の片腕程。
鋭利な嘴は身体の半分程の長さがあり、黒々とした光沢のある外見をしている。
龍蔵は刀を構えたものの、この高さでは対処のしようが無い。
「こ、ここはぼくに任せて……!」
旋回する鳥に向けて、シーラが震える手で矢を放つ。
しかしそれはどちらにも命中せず、威嚇攻撃と受け取った魔物達が龍蔵達を目掛けて急降下を開始した。
「くそっ!!」
一羽目の突き刺し鳥が、龍蔵へと鋭い嘴の先端を向け突き進んで来る。
その速度は、空気を斬り裂きく。ビュウン! という音と共に、龍蔵を確実に仕留めるつもりでやって来た。
龍蔵はそれを瞬時に見極め、首を傾けるだけで避けてやる。
脳天を目掛けて来た鳥は、哀れにも地面へと突き刺さっていた。
「それならっ……!」
続いてもう一羽がシーラを狙う。
シーラは必死に己を奮い立たせ、自身の脳天を狙う敵へと再度矢を放った。
その矢は黄金の光を纏い──
「ギィエェアァァッ!!」
敵の狙いが明らかだったからだろう。
少年の矢は、見事に突き刺し鳥を撃ち落としていた。
「や、やったぁ……!」
喜色満面の笑みを浮かべたシーラに、龍蔵も自然と頬が緩む。
けれども龍蔵を狙ったもう一羽は、まだ息がある。
地面から必死に嘴を引き抜こうとする突き刺し鳥を、背後から無言で斬り裂いた。
「ヒムロ、見た!? ぼく、初めて魔物を倒せたんだ!」
「ああ、しかと見届けた。よくやったな、シーラ」
少年らしい、表情豊かな笑顔の彼。
やはりこれこそが──シーラの本来の姿なのだろう。
小さく飛び跳ねて喜ぶ彼から少し距離を置き、刃に付着した血を払う。
「そういえば……突き刺し鳥の肉は、なかなかの味だと聞いたな」
「あ、うん! ぼくの家でも、たまにエド達が狩ってきた肉が食卓に並ぶんだ」
「ならば、これを今日の昼餉に使うのはどうだ? 鳥を捌く程度なら、拙者にも出来るからな」
「そうだね。どうせなら干し肉なんかより、新鮮な肉の方が魅力的だし」
そうと決まれば、早速この新鮮な鳥肉を持ち帰らなければ。
想定外の出来事に遭遇したものの、シーラが新たな一歩を踏み出す事が出来たのは幸運だった。
その後も何度か魔物に襲われはしたが、二人で上手く連携し、難無く切り抜けられた。
空の敵はシーラが、地上の敵は龍蔵が。
徐々に昔の感覚を取り戻していった少年の弓は、龍蔵の目を惹く程の腕前まで昇華していく。
……流石は伝説の戦士の血を引く者だ。
一歩を上手く踏み出せれば、後はそのまま流れに乗れば良い。
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「水汲みと薪拾いを頼んだだけだったはずなのに、どうしてそんな大荷物になってるのかしら……?」
眉間に皺を寄せ、困り顔とも怒り顔ともつかない表情のサクラが問う。
龍蔵達は彼女に言われた通りに、水と薪を調達してきた。
そのうえ、村正に頼まれた甘い木の実がいくつかと、シーラが仕留めた獲物がある。
「それは、その……」
俯き言い淀むシーラに代わり、龍蔵が答える。
「人数の革の水筒に水を補給し、薪を集めた。そして残りは、シーラが仕留めた獣にござる」
「ええと、シーラが弓の調子を取り戻せたのはとても喜ばしい事なのだけれど……。流石にこの量は……どうかと思うわよ?」
サクラが視線を落とした先には、全てシーラがとどめを刺し、森で仕留めた大量の獲物が置かれていた。
「……ご、ごめん。ぼくもここに持ち帰って来る時に、ちょっと調子に乗りすぎたかなって思ったんだけど……まあ、良いかなって思って」
恐る恐る顔を上げ、サクラの反応を窺うシーラ。
すると彼女は大きく溜め息を吐いて、こう言った。
「全部は料理しきれないわよ? こんな野外だし、私達四人じゃ食べきれる量じゃないもの。仕方が無いから、その突き刺し鳥は丸焼きにして、他は素材だけ剥ぎ取ってしまいましょう」
獣や魔物から取れる牙や毛皮などは、ギルドに売却すれば得点が加算される仕組みなのだそうだ。
これを龍蔵達で──冒険者ではないシーラは除外されるが──山分けにする事で合意した。
村正は採れたての小さな赤い木の実を片手に持ち、その一つをぽいっと口に放り込みながら言う。
「まあまあ、良いではないか〜。シーラが元気になったのは良い事じゃし、美味い肉が手に入ったのも悪い事ではないじゃろ?」
「そ、それはそうだけど……。いくら冒険者の私でも、これだけの数のものをドンッと目の前に出されると……戦場以外ではちょっと引くわ……」
甘い物を味わえてニコニコとご満悦の村正と、少々不快感に顔を青白くさせているサクラ。
対照的な彼女達の反応に、龍蔵とシーラは無言で視線を交わらせた。
──次からは、食材調達は程々にしよう。
その教訓を胸に、龍蔵達はまたもや無言で頷き合うのだった。




