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其の拾弐 朝日の輝き

「うふふふっ……。もうすぐ……もうすぐ姫が参りますからね、龍蔵さま……」


 少女を乗せた(かご)が、山道を進んでいく。

 愛しき想い人の微笑みを思ひ浮かべる紅蓮の姫君は、熱を持った頬を両手でそっと押さえながら、優雅に目を細める。


「最後にお会いしたのは、そう……半年も前の事でしたわね。ああ、龍蔵さま……! わたくし、もう待ちきれなくなってしまいました……!」


 白を基調とした衣に身を包んだ少女の髪は、紅葉のように鮮やかな紅色をしていた。

 しっかりと手入れが施されたその髪は緩やかに毛先がカールしており、ふわりと揺れ動いている。

 少女の髪は、長かった。

 尻の辺りまで伸びた紅蓮の髪は、彼女が得意とする呪術で使用する為、毛先を整える以外で切られる事は滅多に無かった。

 愛らしい顔立ちをした少女の唇も桃色に色付き、男を想って胸を高鳴らせたその頬は、桜色に染まる。

 誰もが見惚れるような美姫の心の向く先は、ただ一人。


「もうすぐお会い出来ますわ……。その時こそは、わたくしをお嫁に──それが無理なら、お婿さまになって頂かないと……」


 少女を乗せた籠は、遂に地方の農村──そこからまた少し離れた(あん)に到着した。

 籠から降りた少女は恋する乙女の顔をして、両手の指を胸の前で絡め合わせる。


「さあ、龍蔵さま。わたくしが……もみじが参りましたわ……! どうかわたくしの愛を、今日こそ受け止めて下さいませ……!!」




 ******




 懐かしいような、何故か追い詰められているような──妙な感覚の夢を見た気がする。

 昨晩はセバスと長話をして……それからあまり長く眠れていないせいで、悪夢でも見たのだろうか。

 けれども、その内容までは思い出せない。……何とももどかしい。

 それよりも──


「もうじき明け方、だな」


 プローシライの屋敷は、まだ暗闇に包まれていた。

 しかし、もうじき窓の外から太陽が顔を出し始める頃合いだ。

 準備はもう出来ている。

 龍蔵は手早く身支度を済ませると、昨夜のうちに打ち合わせておいた場所へと向かう。


「おはよう、ヒムロ。忘れ物はしてないわよね?」

「うむ、抜かりは無い」


 屋敷の南門に向かうと、先に待機していたサクラと村正の姿があった。

 彼女達も龍蔵と同じく、プローシライ家から支給された携帯食などの入った袋を持っている。

 まだ眠たそうに目を擦る村正が言う。


「うう〜……。後はシーラを待つだけじゃなぁ……」


 第三の後継者候補──シーラ・プローシライ。

 彼が来なければ、龍蔵達の『武勇の儀』は始まらない。あの少年を抜きに出発しても、何の意味も無いのだ。

 しばらくその場で待ち続けていると、龍蔵達と同じく南方面へ向かうセバス達の姿が見えてきた。

 セバスは彼の護衛役を引き連れながら、龍蔵の顔を見ると笑顔で片手を上げた。


「よう、リュウゾウ! よく眠れたか?」

「……多少おかしな夢を見たようだが、それを除けばそれなりに休めたと思うぞ」

「おかしな夢? その話には少し興味を惹かれるが……残念ながらそろそろ出発の時間だからな。今頃北門にはアネーロ達が集まっているだろう。のんびり雑談している場合じゃないな」

「ああ、また今度ゆっくりと語り合おうではないか」


 セバスとは、かなり打ち解けたように思う。

 彼は若い頃の龍蔵と似ているというか、考え方に近しいものを感じていた。

 そもそも龍蔵は、この世界に降り立ってまだ日が浅い。

 気楽に言葉を交わせる同性は、内心を吐露する相手としてはうってつけ。女性には話しづらい内容でも、同じ男というだけで、かなり話しやすくなるものだ。


 今はそれよりも、アネーロとシーラの事だ。

 昨晩彼と交わした約束を果たさねば、龍蔵がここに来た意味が無い。


「……必ずや、やり遂げてみせよう」


 漏らした呟きは、誰に聞かれる事もなく虚空に消えた。

 代わりに現れたのは、龍蔵達が待ち望んでいた小さな影だった。

 薄ぼんやりとした山の中から、小柄な少年が姿を現わす。

 それに気付いた村正が、とろんと溶けていた目をぱっちりと開き、向日葵のような笑顔を見せて言う。


「おお、シーラ! 待っておったぞ〜!」


 熱烈な歓迎を受けた少年──龍蔵達が護るべき後継者候補であるシーラが、控え目な笑みを浮かべてこちらに歩いてくる。


「……ああ、おはようムラマサ。サクラとリュウゾウも、おはよう」

「おはよう、シーラ。出発の準備は出来てるわよね?」


 サクラの問いに、彼はしっかりと頷いた。

 シーラも龍蔵達のように袋を担いでおり、彼が愛用する弓矢もきちんと用意してきたらしい。


「これで候補者三人──全員がスタートラインに並び立った訳だな」


 門の前で待機していたセバスが、シーラにちらりと目を向けながら言う。


「……俺は手加減はしねえぞ、シーラ。これでもこの家の長男なんだ。伝統ある儀式で弟達に手を抜いたとあらば、父さんだけじゃなく、ご先祖様にも顔向け出来ねえからな」

「……分かってる。セバス兄さんは、どんな事にだっていつも真っ直ぐな人だから」


 二人の視線がかち合い、三つの青い目が互いを映す。

 兄は弟の言葉に満足したのか、ふと東の空を見上げた。


「……お前の事情を考えれば、これは多分フェアな戦いじゃないんだろう。それでもお前は、逃げずにここへ来た。だから俺は、お前をプローシライの戦士の魂を待つ者として認めるよ」

「兄……さん……?」


 セバスにすら嫌われていると信じていたシーラは、彼の言葉を受けて表情を驚愕の色に染める。


「兄さんはぼくの事なんて、戦士として失格だと思ってたんじゃ……」


 実際には、セバスは弟達の間で板挟みになっている状態である。

 家族達との記憶を失った次男と、全ての責任を負わされ、蔑まれる三男。

 どちらの味方になる事も出来ずに思い悩む青年は、次第に明るくなり始めた空を見上げたまま、顔を動かさない。

 弟に本心を告げるのは、この時ではない──そう判断したのだろう。


「さぁて、そろそろ時間だぜ! 野郎共、馬車の準備は出来てるな!?」

「勿論です、セバス様!」


 セバスの三人の護衛が、揃って声を上げる。

 するとセバスはくるりと身体を反転させ、馬に引かせる籠の中へと乗り込んでいく。



 そしていよいよ、東の空──豊かな緑が広がる山の向こう側から、太陽が顔を覗かせた。


「野郎共! エリガス湿地帯へ向けて出発進行だぁ!!」

「おう!!」


 朝一番にこれだけの声量を発せられるとは……。

 若さというのは、いつ、どこの世界でも眩しいものである。

 走り出したセバス達の馬車が、彼らを乗せて南に向かう。

 今頃、反対側の門からアネーロ達も出発した頃だろう。


「……ぼくらも急ごう。ここから南の……シャウライの洞窟へ」


 シーラは前を向き、一歩を踏み出す。

 けれども、その一歩は龍蔵の声掛けによって中断される事になる。


「その前に一つ、そなたに言っておかねばならぬ事がある」

「え……?」


 振り返り、首を傾げる少年。

 龍蔵は両側に並び立つサクラと村正にそれぞれ目を向け、二人も龍蔵の意図を感じ取り、無言で頷き了承してくれた。

 改めてシーラに向き直った龍蔵は、きょとんとした彼の目を見て告げる。


「この『武勇の儀』で我々がアネーロ殿に敗れれば、そなたはこの家を出なくてはならない──それは、覚えておるな?」

「……当然だよ」


 シーラの表情が引き締まる。

 これはつい先日、アネーロから直接言い渡された内容だ。彼が覚えていないはずがないのは知っていたが、本題はこの後。


「けれども、アネーロ殿に勝利したところで、彼が素直に納得してくれるのか──この家の者達が皆、納得するかは分からぬ。この三年、そなたがどれだけ苦しい思いをしてきたのか……拙者には想像する事しか出来ん。だからこそ、これまでの何もかもを吹き飛ばすような、大きな事を成し遂げねばならぬだろうと考えておる」

「つまり、何が言いたいの?」

「アネーロ殿を打ち破るだけでは足りぬのだ。そなたには……セバスすらも打ち破り、この家の頂点に立ってもらいたい」

「セバス兄さんも……!? い、いくらなんでも、それは無茶にも程があるだろ!」


 驚きと怒りとが入り混じるシーラに、村正がいつもの調子で笑いながら言う。


「無茶ではないぞ? 何故ならシーラには、妾達がおるからじゃ!」

「む、ムラマサ……! あんたは兄さんがどれだけ強いか知らないからそんな事が言えるんだよ! この三年間で、セバス兄さんもアネーロ兄さんもグンと実力を上げたんだ。その気になりさえすれば、勇者候補選抜試験にだって通用するぐらいに……!」


 その言葉に、偽りは無いだろう。

 しっかりと鍛え上げられた肉体と、剣士として申し分の無い隙の無さ。

 セバスはそれらを兼ね備えた上で、向上心まである。

 対してアネーロは、シーラや龍蔵達への態度に問題はあるものの、それ以外の点ではセバスに並ぶ実力があると見て間違い無い。

 だがそれは、龍蔵達が彼らに劣るという証明としては物足りない。


「選抜試験なら、ヒムロとムラマサも受けるわよ? カルムの冒険者ギルドから推薦されているもの」

「ギルドから推薦……!? それって、あの町の代表として試験を受けるって事……だよね……?」

「その通りよ。それに、私はそもそも勇者候補だもの。実力は国に保証されているわ。私の目から見ても、二人の実力は間違い無く勇者候補に相応しいレベルよ」


 こうして改めて彼女に評価されると、何だか少しこそばゆい。

 だが、サクラの発言には重みがあった。

 現に龍蔵達は、既に魔王軍の幹部を退けている。


 村正は妖刀の付喪神としての力を振るい、黒炎の術や防御の術に長けた術師だ。

 彼女の能力には、まだまだ未知なるものを感じる。龍蔵としては、彼女ならまだ今以上の力を振るえるのではないかと予想している。


 そして龍蔵は、以前の生では幼少の頃から剣術を磨き、数十年に渡って戦場で刀を振るってきた。

 一対一は当然として、多人数との戦闘においても──戦国最強と謳われた、あの三河の武士にも勝るとも劣らない実力があると自負している。

 その最盛期を迎えようかという年頃に若返りを果たした今、これまでの経験と猛る肉体を駆使すれば、そうそう勝てぬ相手は居ないだろう。


 ──ただし、龍蔵を仕留めた高虎は例外だ。


(あの男には……拙者には無い、底知れぬ野心のようなものがあった)


 それを胸に抱き吠える獰猛な虎こそが、『無敗の剣聖』とまで呼ばれた龍蔵を斬り伏せたのだから。


 ……話が逸れたが、高虎との戦いを経た今の龍蔵であれば、村正達と共にどのような事でも成せるはずだろう。

 それは勿論、今回の『武勇の儀』にも当てはまる。


「無理に戦えとは言わぬ。……ただ、よく見ていてほしいのだ」


 朝日を浴びて輝く少年の金色の髪が、海のような青い瞳が、困惑に揺れる。


「拙者が、サクラが、村正が──どのように戦場で舞い、どのような思いで敵と対峙するのか。その曇りなき(まなこ)に、拙者達の戦い様を焼き付けてほしい」

「あんた達の、戦い様を……」


 その姿を見て何を感じるかは、全て彼の心次第である。


(拙者は年長者として、若人を導こう)


 この世界に生きる人々の──魔族達の脅威に立ち向かうサクラの姿を見たあの時から、自分のやるべき事は決まっていたのだろう。


「……さて、流石にもう出発せねばなるまい」


 今回引き受けた依頼は『武勇の儀に参加する坊ちゃんの護衛』。

 その中で交わした様々な誓いを、必ずこの手で果たすのだ。


「出発の合図、もう一度お願いしても良いかしら?」

「妾達のりーだーはシーラじゃからな。りーだーからこう、何かビシッと格好良い一言を賜りたいのぅ!」

「拙者からも頼む」


 シーラは一瞬言葉を詰まらせながらも、我らの期待に応えようと、両手で頬を叩いて気合いを入れた。

 しかし、かなり力を入れずきたのだろう。みるみるうちに頬が手形が付くぐらい、真っ赤に染まっていた。

 頬の痛みと多少の恥ずかしさで涙目になりつつ、少年は堂々と宣言する。


「……今度こそ、ぼくらの課題が出されたシャウライの洞窟を目指そう。目標は──兄さん達を上回る事。絶対に一番でここに戻って来よう。だってぼくは、もう後悔したくないから……!」


 そんな彼の瞳には、今日の朝日よりも強い輝きが宿っているのだった。

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