其の拾 突き付けられた課題
アネーロが去っていった後、シーラは意気消沈とした様子だった。
あの青年──アネーロは実の弟を愚弟と呼び蔑み、家族とは思っていないと正面から告げていた。
長男の左目と、アネーロ自身の何かを奪った……シーラはその張本人であるのだと。
彼が何を失ったのか。
それを再び塞ぎ込んでしまったシーラから聞き出そうなど、誰も出来なかった。
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しばらく一人になりたい、とシーラに言われた龍蔵達は、今日のところはカルムの町へ戻る事にした。
『武勇の儀』で向かう先に到達するまでに必要となる傷薬や食料は、プローシライ家が用意してくれるらしい。
なので龍蔵達三人は、明日の朝にもう一度あの屋敷に行き、課題の発表を聞く事になる。
「アネーロさん、流石にあの言い方はどうかと思うわ。あんな酷い事を面と向かって言われたら、誰だって傷付くわよ……」
サクラの屋敷に戻って夕食を済ませた後、三人でサクラの部屋に集まっていた。
彼女の部屋は広く、壁際の本棚には剣術や冒険の心得を纏めた書物が、きちんと整理されて並んでいる。
その部屋の中に置かれた見事な造形の長机を囲み、食後の茶を飲みながら昼間の事を話し合っていた。
「アネーロ殿に敗れれば、シーラは家を追われる……か。元より中途半端な仕事をするつもりは無かったが、何とも責任重大だな」
「妾はどうにもあの若造が気に入らぬ……! 何かというと他人を見下す態度、あの憎たらしい小娘を思い出して腑が煮え繰り返るわ!!」
「その小娘とは誰の事だ?」
脚をばたつかせる村正に、龍蔵が問う。
すると彼女は、心底嫌そうに愛らしい顔を歪めながら言葉を返す。
「妾の好敵手というか、因縁の相手というか……。お主と共に倒すべき相手じゃ」
確かに村正が龍蔵と契約したのは、その相手との決着を付ける為だったはず。
彼女の発言通りであれば、村正の因縁の相手とやらはかなり性格が歪んでいるらしい。いずれは出会う事になるやもしれないが……。
「今はあやつの事などどうでも良かったな。優先すべきはシーラの事じゃ!」
「そうね。アネーロさんの話では、どうやらプローシライ家の人達はシーラを嫌っている。彼らの納得する形でシーラの力を証明して、その上でアネーロさんに勝利しないといけないのよね」
「……ならば、目指すべきものは一つだな」
龍蔵の言葉に、二人の視線がこちらに注がれる。
サクラが言った条件を満たす勝利とは、これしかあるまい。
「二人共、よく聞いてくれ。拙者達は──」
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翌朝、プローシライ家の屋敷は緊張感に包まれていた。
門の前にはエドガルドが待機しており、彼に案内された広間には金髪の三兄弟──セバス、アネーロ、シーラの姿があった。
「兄ちゃん達は、シーラ坊ちゃんと一緒に待機して下せえ。もう少ししたら旦那様がいらっしゃると思いますんで」
「うむ、承知した」
促された通り、シーラの側に向かう。
龍蔵達と三兄弟以外にも見覚えの無い人物が居るので、恐らく彼らはセバスとアネーロ達の護衛役なのだろう。
すると早速、村正がシーラに声を掛けた。
「あれから気分はどうじゃ、シーラ」
「うん……まあ、普通かな。昨日はあんな形であんた達を返す事になってしまって済まなかった。本来なら、あのまま屋敷に一晩泊まってもらうべきだったのに……」
「その程度は構わぬ。それほど町から離れておらんしの。何はともあれ、お主が元気であればそれで良いのじゃ」
「……ありがとう、ムラマサ」
小さく微笑み合う二人。
しかしそこへ、冷たい声が飛んで来る。アネーロだ。
「本気で『武勇の儀』を受けるのであれば、覚悟しておく事ですね。あなたのような愚弟では突破出来ないような試練が出されるでしょうから、途中で辞退しても私は一向に構いませんよ?」
「おいアネーロ、そこまでにしておけ。もう父さんが来る頃だ」
そんなアネーロをたしなめたのは、左目に眼帯をした屈強な青年。
その特徴から察するに、彼が長男のセバスなのだろう。
セバスの言葉通り、側付きの男を引き連れた威厳のある男が姿を現した。
彼は龍蔵達の前に出ると、まずは全員の顔をさっと見渡した。
「……っ!」
「ほう……?」
拙者と彼の視線が合わさった瞬間、男の口からそんな言葉が漏れる。
……正直に言おう。
この男、相当の強者だ。
武士の勘、とでも言おうか。
プローシライ家の当主は、その身の内に猛る戦士の魂を宿している。
その青い目を見た途端、その猛りが龍蔵の脳天から爪先までを駆け抜けたのだ。
生前の龍蔵と同年代であろう年齢ではあるが、流石は伝説に語り継がれる戦士の一族。
可能であれば、是非とも手合わせ願いたいところである。
しかし、ここは『武勇の儀』の課題発表の場だ。
彼も龍蔵に何か感じ入る事があったようだが、意識を切り替えて口を開いた。
「……よくぞ集った、我が息子達よ! この由緒あるプローシライの家の跡取りを決める『武勇の儀』も明日に迫った。よってこのワシ、アンコス・プローシライが、この場に集いし後継者候補三名に相応しい課題を告げよう。皆の者、心して聞くが良い!」
「おう!」
長男セバスは、父親譲りの鋭い眼光と共に気合いの篭った声を上げ、
「はい」
次男アネーロは、どこまでも冷静沈着に、
「……はい!」
三男シーラは、確かな決意を滲ませながら顔を上げた。
それぞれの声を聞き届けた当主アンコスは、改めて言葉を発する。
「まず、第一の候補者セバス! そなたには、ここより南東に位置するエリガス湿地帯へ赴き、汚泥に潜む雷撃の主を討伐してもらう!」
「雷撃の主……。よし、やってやるぜ!」
続いて、アンコスはアネーロに目を向ける。
「次に第二の候補者、アネーロ! そなたは北西のキュレボ森林に潜む、無限の腕を持つ魔物を討伐せよ!」
「キュレボ森林ですね。お任せを」
そして最後に、彼の視線はシーラに向いた。
「最後は第三の候補者、シーラ! そなたには……ここより南のシャウライの洞窟にて、地より出でし邪悪と対峙し、これを討伐せよ!」
「シャウライの洞窟……!?」
その洞窟といえば、彼ら兄弟にとって因縁深い地だ。
そこに潜む魔物といえば……地底蛇である。
シーラがまともに弓を操れなくなってしまった原因が待ち受ける洞窟。
そんな場所を課題に選んだのは、彼らの父であるアンコスに進言したであろうアネーロの影響だろう。
現にシーラは、目を見開いて唇を震わせている。
アネーロの妨害工作がここまで卑劣なものだとは、正直予想だにしていなかった。
すると、アネーロは控え目な声量でシーラに囁いた。
「フフ……。次はあなたが何かを失う番ですよ。例えば……友人、だとか」
「……っ!」
「貴様……!」
彼の心無い言葉に息を飲んだシーラ。
シーラの反応を見て、愉快そうに口元を歪めるアネーロを睨み付けるも、その表情は崩れない。
これは間違い無くアネーロの仕業と見て良いだろう。
このやり取りに気付いていない様子のアンコスは、全く気にも留めず話を再開した。
「明日の夜明けより、目的地への出発を許可する。候補者三名は、それぞれの課題である魔物を討伐した証を持ち帰り、この屋敷に帰還せよ! そなた達の武勇を示し、見事課題を突破する事を期待する!!」




