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其の捌 芽生え

 シーラに頼まれた通り、龍蔵は村正とサクラを連れて訓練場まで戻って来た。


「今戻ったぞ、シーラ」


 振り返った少年の表情は、どこか緊張しているように見えた。


 エドガルドの話では、シーラの二人の兄は相当な実力者であるという。

 先程シーラと別れる直前に、彼は『兄達は準備を万全に進めているだろう』と言っていた。

 すなわち、シーラとその護衛である龍蔵達は、既に彼らより出遅れている状況であるのだ。

 その事を知っているからこそ、目の前の少年は固い表情をしながら待っていたのだろう。

 彼の護衛を務める我々も、覚悟をもって『武勇の儀』に臨むのが当然である。


「……ムラマサ、サクラ。それからヒムロ。ぼくはあんた達に……いや、貴方達に謝らなければならない」


 そう言うと、シーラはこちらに向かって深く頭を下げた。


「貴方達はわざわざぼくの護衛を引き受けてくれたというのに、あまりにも無礼な態度をとってしまった。本当に……すみませんでした」


 彼は謝罪の言葉を告げる。

 そのまま頭を上げない少年に、珍しく村正がおずおずとした様子で口を開いた。


「お、(おもて)を上げよ、シーラ。妾もその……あの時はちと言い過ぎてしもうた。お主の事情もよく考えず、軽率な発言を……。妾の方こそ、すまなかったと思うておる」


 彼女の言葉に、シーラは恐る恐る顔を上げる。

 村正はそんな彼に対して、いつもの明るい口調でこんな事を言い出した。


「それに、お主の兄君らは仲間割れをしながら勝てるような相手ではなかろう? じゃから、これは仲直りの証じゃ!」


 すると、村正が元気良く右手を差し出したではないか。

 急な出来事に呆気にとられるシーラ。

 それに対して着物姿の少女は、にへらと笑いながら言う。


「ほれ、さっさと妾の手を取らんか! 握手じゃ、握手〜!」

「仲直りの、握手……?」

「だからそうじゃと言っておろうが〜! ほれほれ、妾のホワイトドラゴンの鱗のように美しい手を取るが良い!」


 二人のやり取りを見て、龍蔵の胸にサクラと交わした二度の握手の瞬間が思い起こされる。

 ただ手と手を取り合うだけの事でしかないはずであるにも関わらず、何故かそれだけで互いの心が繋がりあうような、暖かな感覚。

 あの瞬間があったからこそ、今の自分があるように思うのだ。



 黒髪の少女の手を、金髪の少年はしばらくの間じっと見詰めていた。

 次第に少年の青い瞳に、透明な雫が溜まっていく。

 少年は声を震わせながらも、そっと自身の手を前へと伸ばす。


「……あり、がとう……。ぼくなんかの事を、気に掛けてくれて……」


 ゆっくりと差し出されたその手を、村正はがっしりと握った。

 彼女はそのまま握り合った手を勢い良く上下に振るい、向日葵(ひまわり)のような笑顔を浮かべている。


「よしっ! これで妾とシーラは仲良しさんじゃな! つまりはそう、これでお主は妾の友となったのじゃ〜!!」

「とっ、友達……!? ぼ、ぼくなんかがそんな……!」


 激しく戸惑うシーラ。

 村正はそんな彼の反応を見て、ぷっくりと頬を膨らましながら眉を吊り上げた。


「……先程から気になっておったが、そのぼく『なんか』という言い方が気に食わぬ」

「え……?」

「この妾が友となる事を認めたというに、いちいち自らを貶めるような発言をするでない!」

「ご、ごめん……」


 握手したままだった手を、彼女は両手でしっかりと包み込んだ。

 そうして彼の目を真っ直ぐに見詰め、はっきりと告げる。


「妾の友となるなど、とんでもなく名誉な事であるのじゃぞ? ならば、もっと自分に自信を持つべきじゃ! 妾の友として相応しい振る舞いを心掛けるのじゃ、シーラよ!!」

「は、はい……!」

「うむ、それで良ろしい!!」


 とても満足そうに大きく頷いた村正と、気が付けば彼女に圧倒されていたシーラ。

 そんな二人の友情の芽生えを見届けた龍蔵とサクラは、その微笑ましい光景を静かに眺めているのだった。



 

 ────────────




「ええと、早速だけど『武勇の儀』について説明するよ」


 訓練場のとある一室に場所を移した龍蔵達は、シーラから『武勇の儀』に関する詳細な説明を受ける運びとなった。

 案内された部屋は休憩室であったらしく、それぞれ椅子に腰掛けていた。


「エドからある程度は聞いてると思うけど、『武勇の儀』はプローシライ家の跡取りを決める為のものなんだ。今回それに参加するのは、セバス兄さんとアネーロ兄さん、そしてぼくの三人。それから、それぞれの護衛を務める人の四人一組──合計三チームの争いなんだ」


 各組にはそれぞれ課題が与えられ、指定された地域に潜む魔物の首を持ち帰らなければならない。

 目的地への出発は同時刻。

 先に魔物の首を持って屋敷に到着した者が、プローシライ家の誇る武勇を証明した跡取りとして認められるのだそうだ。

 シーラの父も弟と『武勇の儀』で競い合い、それに勝利した事で家を継いだのだという。


「兄さん達は強い。とにかく強い。セバス兄さんは岩をも両断する凄腕の剣士で、アネーロ兄さんは目にも留まらぬ神速の槍捌きを誇る槍術士だ。……『武勇の儀』が行われるのは二日後。明日の朝には、父さんから課題が発表される予定になってるよ」


 弟であるシーラの目から見ても、彼の二人の兄はかなりの強者であるらしい。

 それだけの相手であるのなら、魔物狩りの速さを競うよりも、実際に手合わせをしてみたかったものではあるが……家の取り決めであるのなら仕方あるまい。

 少々……否、かなり残念ではあるものの、ここは気持ちを切り替えよう。


「上のお兄さんが剣術を、下のお兄さんが槍術を得意としているのなら……この訓練場を見る限り、貴方が得意なのは弓術って事で良いのかしら?」

「それ、は……」


 何気無いサクラの質問に、シーラは返答に詰まる。

 しかし、何かを振り切るように頭を左右に振ったシーラは、眉を下げながらこう言った。


「……合ってるよ。ぼくは弓術が得意……だった」

「だった、という事は……今はそうではないの?」

「うん。……ぼくは三年前から、まともに弓を扱えない。このままの状態で課題の場所へ向かったら、きっとあんた達にばかり負担を掛ける事になると思う」


 三年前といえば、次男のアネーロが成人を迎えた年だったはずだ。

 その年に兄弟三人で洞窟へ魔物狩りに向かい、そこで何か問題が生じた結果、シーラは家の者から冷たく扱われるようになってしまったようであるが……。


「ヒムロも見たんじゃないのか? ぼくが弓の訓練をしているところを」

「ああ、確かに見たが……」


 龍蔵が一人でここへ向かった際に偶然目撃した、シーラの放った矢。

 彼の矢は的に命中せず、シーラは焦りや苛立ちを覚えていたようだった。

 浮かない顔をしてしまっていたのだろう。村正が龍蔵の顔を眺めながら、苦い顔をする。


「リュウゾウの反応から察するに、シーラは本当に弓が扱えなくなってしまったようじゃな……」

「ムラマサの言う通り、ぼくは滅多に的に当てられない……。魔物とだって戦えない、どうしようもない息子になってしまった。そんなぼくが『武勇の儀』に参加するだなんて言ったら、きっと兄さん達も父さんも……皆が呆れ返るはずだ」

「けれども、そのような己を克服し、家の者達を見返す為に『武勇の儀』に挑戦しようと決意したのでござろう?」


 龍蔵の言葉に、彼は重く頷いた。


「……ヒムロが、言ってくれたから。全力を尽くさずに後悔するのは、辛い事なんだろ? だったらぼくは、自分に出来る事を最大限やってみたい。皆に迷惑を掛ける事になるかもしれないけど、それでもヒムロは、ぼくの力になるって約束してくれたから」


 強い決意を宿した青い目が、龍蔵を映す。

 龍蔵の言葉は、確かに彼の心に届いていたらしい。

 シーラは龍蔵達を順に眺めてから、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「だから……だからぼくは、真剣にぼくと向き合ってくれた皆に聞いてほしい。三年前のあの日、どうしてぼくが弓を扱えなくなったのかを……!」

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