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其の漆 向けられた矢

 少年は弓を構え、青い目が的に狙いを定める。

 しん、と静まり返った空間。


 ──次の瞬間、少年の細い指先から解放された矢が飛んで行く。


 しかし……。


「また、外れた……」


 彼が放った矢は的を外れ、藁のような草を編んで作られた比較的硬質な壁に突き刺さっていた。

 それでも、もう一度挑戦しようと思ったのだろう。

 少年は背負っていた矢筒から矢を一本引き抜き、大きく深呼吸をした。

 的から目を離したシーラと、龍蔵の目が合ったのはその時だった。


「なっ……!? あんた、どうしてここに……」


 まるで幽霊でも見たかのように、彼はその表情を驚愕の色に染め上げる。

 盗み見るつもりは無かったのだが、あれだけ集中していた彼に声を掛け、鍛錬の妨げをするのは躊躇(ためら)われた。

 黙っているのが正解だったのか、こちらから一度声を掛けるべきだったのか……正直、悩ましいところであった。

 けれどもこうして見付かってしまったのだから、うだうだと考える意味も無い。

 龍蔵は気持ちを切り替え、シーラに語り掛けた。


「そなたの方こそ、何故ここで鍛錬を? 聞いた話では、そなたは一族の面汚しなどと呼ばれているそうであるが……」

「……っ! ぼくが何をしようと、ぼくの勝手だろ……!」


(……己の勝手、か)


 誰に言われた訳でもなく、自ら進んで鍛錬をしていたと──そう解釈しても、構わないだろう。

 龍蔵は一歩一歩、シーラの方へと歩み寄りながら告げる。


「『武勇の儀』に向けた鍛錬という訳か?」


 その言葉を発した途端、彼は敵意と共に龍蔵へ弓を構えた。

 矢の先端も、確実にこちらを狙っている。


「……あんたは何が言いたいんだ。わざわざぼくを笑いに来たのか? それともエドに頼まれて、説教でもしに来たの?」


 しかし彼の目には、殺意が宿っていなかった。

 少年の胸に渦巻くのは、龍蔵への敵意と疑念。

そして、自身への憤りといったところだろうか。

 それに構わず龍蔵は更に距離を詰める。対してシーラは、一向に足を止めない龍蔵に焦りを感じているようだった。


「何だよ……何なんだよ!! ぼくにどうしろっていうんだよ⁉︎」

「そなたに何かを望むつもりなどござらん。ただ……そなたが前へ進む事を渇望しているのであれば、拙者が力を貸そう」

「ぼくに、力を貸す……だって……?」


 龍蔵の言葉を繰り返した少年に、頷きつつ答えを返す。

 そして遂に、龍蔵は彼が構えた矢の目の前に辿り着いた。


「……シーラよ。この機を逃せば、そなたは一生後悔に苛まれる事になろう。己の全力を尽くせずに終わってしまうのは……あまりにも悲惨だ。それは、拙者が嫌という程味わったものでもある」


 慢心していた龍蔵は、高虎との勝負に負けた。

 死する直前も、死した後さえも、あの河原での戦いで己の全てを出せずに終わった事を何度も悔いた。

 本来であれば龍蔵は、この魂があの天女に拾われていなければ、高虎との再戦に向けてこの世界へやって来る事も無かったはずだ。

 それは、常人であれば得られるはずのない『やり直し』の機会である。

 あの日の後悔を、己への怒りをそのまま受け継いでこの世界にやって来た龍蔵だからこそ、シーラに伝えられる事があるのだと思う。

 戸惑いに揺れる少年の青い目を見下ろしながら、魂からの叫びを彼にぶつける。


「であるからこそ、拙者はそなたを放ってはおけぬのだ。……拙者のような後悔は、出来る事なら背負うべきではない。拙者は世間に疎くはあるが、戦いの心得であればいくらでもそなたに伝授しよう」


 シーラの目に、迷いの色が見える。


「……本当に、力になってくれるのか?」

「武士に二言は無い。そなたが拙者を信じるに値する者だと思うのであれば、その矢を仕舞ってくれれば良い」

「…………」


 シーラは悩み、長いようで短いような無言の時が過ぎていく。



 すると、少年はゆっくりと龍蔵への警戒を解いた。

 真っ直ぐに龍蔵の顔を見上げて、シーラは言う。


「……そんなに言うんなら、信じてあげなくもない。でも、あんたがぼくを裏切ったら……その時は、絶対に許さないから」


 その青い瞳から、明確な敵意は消え失せていた。

 代わりに感じるのは、ほんの僅かな期待と、込み上げて来る不安。

 無理も無い。拙者達はまだ出会って間も無い、共に何かを成し遂げた訳でも無い者同士だ。

 けれどもこれから龍蔵達が成そうとしているのは、己の武を示す『武勇の儀』。

 その過程でシーラとの間に何かが生じ、彼が現状から脱する好機となるのであれば、それだけでも幸いだ。


「裏切るものか。拙者は、裏切りを何よりも嫌う事でも有名だったのだ。『無敗の剣聖』の名に懸けて、拙者は必ずそなたの力となる事を誓おう」

「約束……だからな」

「ああ、無論でござる」


 気が付けば拙者とシーラの口元には、小さな笑みが溢れていた。

 エドガルドの言っていた通り、本来の彼はよく笑う性格だったのだろう。


 すると、シーラは改めて龍蔵に向き直り、こんな事を言って来た。


「あんたが……いや、あんた達がぼくの護衛になるんなら、伝えておかなくちゃいけない事がいくつかあるんだ。ここにあんたの仲間達を呼んで来て」

「サクラと村正をか?」

「うん、その二人。兄さん達はもう『武勇の儀』に向けて準備を万全に進めているはずだ。その遅れを取り戻さないと、兄さん達に勝つのは難しいから……」

「承知した。すぐに彼女達を連れて戻って来よう」

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