其の陸 閉じ込めた本心
龍蔵達は客間へと場所を移し、エドガルドからシーラにまつわる詳細を聞く事にした。
彼の態度と、部屋を出て行った際のあの様子……。
勝手な想像ではあるのだが、龍蔵から見たシーラは己の才能の無さに絶望しているというより、自身の努力を周囲から一切評価されていない現状に諦めを抱いているような……そんな気がしていたのだ。
その想像は、エドガルドとの会話によって徐々に明確なものへと変わっていく。
「シーラ坊ちゃんはな、昔はもっとよく笑う、明るい子供だったんだよ」
エドガルドはソファに座り、その向かいに並んで腰を下ろす龍蔵達に語り出した。
その顔は、寂しさと懐かしさの入り混じるものだった。
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プローシライ家は武芸の名門であり、過去には勇者の旅の仲間として活躍した戦士を排出した家柄である。
プローシライの戦士の戦いぶりは雷の如き激しさと素早さを兼ね備え、戦士の活躍に憧れを抱き、今も彼らは腕を磨いているのだ。
そんな名門一家には、三人の跡取り候補が居た。
最も武勇に優れた一族最強の男と呼ばれる、長男のセバス。
冷静に状況を分析し、的確な指揮を執り勝利を勝ち取る戦略家の次男、アネーロ。
そして最後が、臆病で非力な一族の面汚し──三男のシーラ。
この三兄弟は、間も無く『武勇の儀』によって跡取り争いを繰り広げる事になる。
けれども、そんな兄弟達にも穏やかな日常があったのだと、エドガルドは語る。
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今から三年前。
成人である十五の誕生日を迎えた次男のアネーロが、兄弟達を集めてこんな事を言い出した。
「今日で私も成人を迎えました。あと三年……。あと三年で、シーラが成人の日を迎えれば、私達兄弟は『武勇の儀』で競い合う事になります」
当時、シーラはまだ十二歳。
長男であるセバスは十九である。
アネーロは続ける。
「兄さんには類い稀な剣術の腕があり、私には母より受け継いだ槍術が。そしてシーラ、あなたには私達を遥かに上回る弓術の才があります。私達はそれぞれが家の誇りを背負い、競い合うライバルとなるのです」
「俺達は全力で戦い、この中で誰が一番の戦士であるかを証明しなければならない。それはお前も分かっているな、シーラ?」
兄達に覚悟を問われたシーラは、真剣な表情で頷いた。
「勿論だよ、セバス兄さん。ぼくはセバス兄さんにも、アネーロ兄さんにだって負けない弓使いになるんだ。その為にぼくは、毎日稽古を積んでるんだから……!」
その眼差しに、二人の兄達は小さく微笑む。
「それでこそ俺達の弟だ!」
「その覚悟があるのなら、あなたを連れて行っても問題は無さそうですね。……出掛ける準備をしなさい。これから、シャウライの洞窟へ向かいます」
「シャウライの洞窟……?」
首を傾げるシーラ。
対してアネーロは、至って冷静に言葉を返した。
「あなたはまだ魔物と戦った事が無かったでしょう? 『武勇の儀』でも、あなたは魔物を相手にする事にのです。練習も兼ねて、少し身体を動かしに参りましょう」
「三人だけで? 危なくないのかなぁ……」
「成人した者が二人も居るのですから、あそこへ行くぐらいならば余裕でしょう」
「よし、俺達三人で魔物狩りだ! さあ、早く支度を済ませるぞ!」
金の髪と青の瞳を持った三人の若者達は、それぞれが得意とする武器を持って、意気揚々とその洞窟を目指したのだが……。
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「それで……シーラはどうなったのじゃ?」
言葉に詰まった様子のエドガルドに、村正が問う。
彼はすっかり俯いてしまい、それ以上話せるようには見えなかった。
無理をさせてまで言わせるのも良くはない。
龍蔵はなるべく穏やかな口調を意識して、彼にこう言った。
「辛いようであれば、無理をせずとも良い」
「だ、だが……。護衛を依頼した手前、こっちの事情を何も知らせないワケにもいかねえだろ……」
話すべきだとは思うものの、自身の口から告げるには憚られる。
そのような心情なのだろう。このエドガルドという男は。
「ならば、拙者が直接聞きに行こう」
すっと立ち上がった龍蔵を、男は驚きに目を見開きながら見上げた。
「なっ!? それは流石に無理だぜ、兄ちゃん!」
「何故だ?」
「なにゆえって……そりゃ、坊ちゃんが自分から言えるような話じゃ……」
彼のその口振りから、やはりこの家の兄弟には、何か深刻な出来事があったのだろうと予想が付く。
三年前は活発な少年であり、世間の評判とは違い弓の名手であったというシーラ。
それが今では、その小さな背中に大きな重い物を背負ってしまい、彼の笑顔は暗闇に覆い隠されている。
その出来事とやらが原因であるならば、それを克服しない事には『武勇の儀』を受ける以前の問題であろう。
「だからこそ、拙者がシーラに話を聞きに行くのでござる。拙者もそれなりの苦労を重ねてきた老骨だ。何か良い助言の一つでも浮かぶやもしれぬ」
「老骨って、貴方まだ私とそんなに変わらない年齢よね……?」
「……そこは深く考えるな。とにかく、ここは拙者に任せてはもらえぬだろうか?」
どうにも若返った実感が無いせいか、うっかり余計な言葉を口走ってしまった。
サクラも不可解そうな顔をしていたものの、ひとまずは今の発言を流してくれたらしい。
「……分かったわ。私は貴方に任せるのに賛成よ」
「妾もお主に任せよう。ここでのんびり待っておるから、あの小僧の本心を聞き出して参れ」
「承知致した」
最後にエドガルドの方へ向き直り、改めて告げる。
「それでは、シーラと話してこようと思う。行き先に心当たりはあるでござるか?」
エドガルドは難しい顔をして、しばらくこちらを見上げていた。
そして、自分なりに考え抜いたのだろう。彼は大きく頷いて言う。
「……良いぜ、あんたに懸けてやる。坊ちゃんは気分が落ち込むと、屋敷の裏手にある弓術用の訓練場によく向かうんだ」
「屋敷の裏手の訓練場だな。感謝する、エドガルド」
「礼を言うのはこっちの方だ。……ありがとな、坊ちゃんを気に掛けてくれて」
そう言って、彼はへらりと笑ってみせた。
龍蔵も頷きと共に微笑み返し、エドガルドに言われた通りに屋敷の裏手を目指して客間を出た。
途中で屋敷の侍女に道を尋ねながら、龍蔵は無事に目的地である訓練場の前に到着した。
武術に力を入れている家であるからだろう。目の前に建つ立派な訓練場は、勇者の旅の仲間を輩出した家柄に相応しい荘厳な外観だった。
「ここにシーラが……」
龍蔵は静かに扉を開き、中へ入る。
すると、訓練場の奥から刺突音が聴こえてきた。
その音に誘われるようにして、更に先を目指して歩き出す。
辿り着いたのは、見晴らしの良い拓けた空間だった。
奥には円形の的がいくつも設置されており、置かれた距離や高さも様々だ。
それを前にして弓を構えるのは、小柄な金髪の少年──シーラであった。




