其の伍 出来損ないの三男坊
「ここが俺達の坊ちゃんの……プローシライ家のお屋敷だぜ」
冒険者ギルドで声を掛けてきたガラの悪い男──といっても根は素直なようだが──エドガルドに連れられ、龍蔵とサクラと村正の三人はカルムの町を離れていた。
話に聞いていた通りに町から少し向かった丘の上に建てられた、歴史を感じる景観の屋敷。
すると案内をかって出たエドガルドが、こちらを振り返りながら言う。
「……俺達が言うのも何だが、本当に良かったのか? シーラ坊ちゃんの『武勇の儀』に付き合ってもらうなんてよ」
「それを引き受けたのは、他でもない拙者達だ。己の決めた事をすぐに曲げるような人間ではない」
武芸の名門として名を馳せるプローシライ家。
その三男であるシーラという者が、跡取り候補として兄達と争う『武勇の儀』。
課題として何らかの魔物を打ち倒す事で自身の武を証明し、いかに素早く結果を持ち帰るかで競い合うのだという。
武勇の儀には、跡取り候補であるシーラをはじめとした三人と、彼らの支援として付き添う者が三名必要になるらしい。
そこで白羽の矢が立ったのが、龍蔵達であったという訳だ。
「それに今回の件は、エドガルドがギルドを通じた依頼として申請してくれたからな。こちらとしても、勇者候補選抜試験に向けて数をこなしたかった」
「人助けが出来るうえに、妾達の目的も果たせるのじゃ。断る道理もあるまいて」
「まあ、今度からはああいう恐喝まがいの事はよしなさいよね。相手が悪ければ、通報されていたかもしれないんどから」
サクラの言葉に、エドガルドは申し訳無さそうに頭を掻いている。
「ああ、あんたの言う通りだ……。次からは勘違いされねえように気を付けるよ。早速だが、シーラ坊ちゃんにあんた達の事を紹介しに行こう。ついて来てくれ」
屋敷の中は、サクラの家と似たような雰囲気だった。
異なる点といえば、部屋や廊下のあちらこちらに剣や鎧が飾られているところだ。
武勇に優れた名家であるからだろう。それらを眺めていると、どことなく気持ちが引き締まった。
エドガルドとその仲間達は、この家にある専用の道場で武芸を習っているらしい。
意外な事に彼らもどこかの高貴な家柄の者だったらしく、ここではそういった者だけを集め、一族とその門下生にのみ伝えられる武術を学ばせているのだとか。
そして驚いた事に、てっきりエドガルドは三十を越えた年頃だとばかり思っていたのだが、実は今の龍蔵とそう変わらない年齢だったのだ。
この外見で、二十を少し越えた辺りとは……。何かと苦労の多そうな若者である。
とある部屋の扉の前で、彼が立ち止まる。
「……ここが、シーラ坊ちゃんのお部屋だ」
その部屋は屋敷の北側。それもかなり奥にある、少し日当たりの悪そうな場所にあった。
サクラの話によれば、この家の三男坊は一族の面汚しとまで呼ばれた男だ。
彼の扱いはあまり良くないらしい。武勇に優れていない者には、とことん厳しくあたる教育方針なのだろうか。
エドガルドが扉を叩く。
「坊ちゃん、俺です。エドガルドです。お客人を連れて来ました」
「……入って良いよ」
予想に反した、高い声。
まだ子供のようなその声色からして、シーラはかなり若い少年であるようだった。
「失礼します。……みなさんも、どうぞお入り下せえ」
彼に促され、扉をくぐる。
少しひんやりとした空気に包まれた室内には、柔らかな金色の髪をした少年が立っていた。年頃は、村正より少し上ぐらいに見える。
短く切り揃えられた髪と、その前髪から覗く猫のような青い目が印象的だ。
少年は見ず知らずの龍蔵達に少し怯えているようで、ある程度の距離を保っている。
「……誰なの、あんた達」
扉越しに聞こえたものと同じ、軽やかな声。
それを発したのは、やはり目の前の金髪の少年であった。
彼を刺激しすぎないよう、サクラが彼と目線を合わせながら笑顔を向ける。
「初めまして、シーラ様。私はエドガルドさんから依頼を受けて来ました、冒険者のサクラと申します」
「妾はムラマサじゃ。宜しく頼むぞ〜」
「拙者も同じく冒険者である、氷室龍蔵と申す者にござる。以後、お見知り置きを」
「冒険者……」
ぼそり、と呟くシーラ。
「……エドが頼んだの? この人達を、ぼくの護衛にって」
「ええ、そうです。俺達よりも、この兄ちゃん達の方が頼りになりそうだったもんで」
「ふーん……」
少年はサクラを、村正を……そして龍蔵を順番にじっくりと眺め、口を開いた。
「……ねえ。あんた、サクラって言ったよね? ぼくの勘違いじゃなければ、あんたは多分この近辺で有名な勇者候補の、あのサクラ・ヴェーチルだよね?」
「はい。その認識で間違いありません」
シーラは更に質問を畳み掛ける。
その視線は、龍蔵と村正に注がれていた。
「じゃあ、この人達の冒険者歴は?」
「……まだ数日です」
言い淀んだサクラに、少年はすかさず言葉を叩き付けた。
「それなのに実力があるなんて言えるの?」
「先日、カテ村を焼いた炎の魔族は知っておるか? 妾とリュウゾウは、町を襲いにやって来たその魔族を撃退したのじゃ」
けれどもそこへ、村正が加勢に入った。
炎の魔族ジャーマの話は彼も耳にしていたらしく、目を見開いて驚きを感じているようだった。
……勿論、そのような事を知るはずもないエドガルドも、声に出せない程に驚愕した表情を見せていた。
「どうやら知っておったようじゃなぁ? どうじゃ、これでもまだ妾達の実力は不足しておるのかのぅ〜?」
意地悪そうな笑みを浮かべ、シーラを挑発する村正。
「ふふっ……。本当に実力が不足しておるのは、妾達とそなた……どちらの方かのぅ?」
「お前っ……!」
「控えよ、村正。……シーラ殿、我が主君の無礼をどうかお許し頂きたく」
怒りを露わにするシーラに、龍蔵はそう告げる他無かった。
初対面でいきなり罵倒されれば、彼も怒って当然だ。
村正も村正だ。自由に外を歩き回れるようになって浮かれているのか、他人との接し方が不器用なのか……。
彼に掴み掛かられなかっただけ良かったが、このような場所で揉め事に発展してしまえば、互いに不利益を被る事になるだろう。
少し頭を冷やしたらしい村正が、唇を尖らせながらぽつりと呟いた。
「……すまぬ。少々調子に乗ってしもうたな。気が昂ぶっておったようじゃ」
彼女の謝罪を受けて、シーラは目を逸らしながら言葉を返す。
「……ぼくに実力が無いのは事実だ。本当の事から目を背けて……何も出来ないぼくが悪いんだ」
「でも、坊ちゃんは本当は……!」
「良いんだ! ……良いんだよ、エド」
何かを言い掛けたエドガルドを、シーラは声を張り上げて押さえ込んだ。
そうして彼は、龍蔵達の間を縫いながら扉に手を掛けた。
「どうせぼくは出来損ないの失敗作さ。兄さん達には一生かかっても追い付けない……追い越せない。何をしたって、どれだけ稽古を積んだって、臆病者のぼくには何も出来ないんだ……」
シーラはこちらに振り返り、言う。
「あんた達も、もう帰った方が良い。こんなぼくなんかの護衛を引き受けたら、あんた達まで悪い評判を立てられるだけさ。それじゃあ……さよなら」
彼はそのまま部屋を出て行ってしまった。
龍蔵の目には、少年の諦めと悔しさに彩られた彼の表情が、くっきりと焼き付けられていた。




