其の参 初任務の帰り道
桜色の髪の少女が差し出したのは、水晶で出来た円板だった。
円板は手のひらに収まる程度の大きさで、丁度良い厚みがある。
それを受け取った若い女性は、手元にある箱型の物体に円板をはめ込んだ。
「初級依頼四件、確かに達成を確認致しました。即日で一気にこなしてしまうだなんて……! 支部長さんがお二人を推す理由がよく分かりますね」
微笑みと共にそんな言葉を返したのは、この数日で何度も足を運んでいる施設の職員──カルムの冒険者ギルドの受付嬢である。
賞賛の言葉を浴びた村正は、心の底から嬉しそうに微笑んで言う。
「むっふ〜ん! そうじゃろ、そうじゃろ〜? 妾達の手に掛かれば、小鬼も小狐も子熊もまとめてポイッじゃ!」
「ヒムロの剣技もムラマサの魔法も、とても良い連携だったと思うわ。この調子で明日からも頑張りましょう」
受付嬢はサクラから回収した水晶板を受付内の小箱に仕舞い込むと、改めて口を開いた。
「ヒムロ様とセンゴ様が選抜試験への参加資格を得るには、あと六件の依頼を達成して頂く事になります。それから、魔物から回収された素材についてですが、全てこちらで買い取りさせて頂く形で宜しいでしょうか?」
「ああ、そうしてくれ。拙者達には必要の無いものでござるからな」
「畏まりました。それではこちらが今回の報酬となります。本日の任務、お疲れ様でした! またのお越しをお待ちしております」
すると、サクラが代表してジャラジャラと鳴る金属の入った袋を渡されていた。
深々と頭を下げる受付嬢に見送られ、龍蔵達はギルド会館を出た。
すっかり日が暮れたカルムの町を歩きながら、森での討伐依頼について思い返す。
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龍蔵と村正とサクラの三人は、好調なペースで魔物討伐を進めていった。
ゴブリンの集落では村正が、ベアボールとベアニードルという小さな鞠のような熊の魔物の群れはサクラが、そしてキラーフォックスというすばしっこい狐を最も狩ったのが龍蔵であった。
集団戦を得意とするゴブリンには、広範囲での攻撃を可能とする村正が有利だった。
彼女の漆黒の炎は、草木以外の異物──ゴブリンだけを焼き尽くしていた。
とはいえ、あれだけの力を使いこなしておきながら、まだまだ本気は出していないというのは村正本人の言葉である。
伝説の妖刀、魔剣と称される彼女の本気がどれだけのものか、味方でなければ是非とも真剣勝負をしてみたかった……と思ってしまうのは、剣士である龍蔵の性なのであろうか。
続いて小鬼の次に遭遇したのは、ぽよんぽよん、と飛び跳ねる球体生物。
つぶらな瞳と愛らしい耳に反して、何故かその見た目にそぐわない凶暴性を備えたベアボールとベアニードル。
ベアボール達には手脚が無い。
彼らが起こす行動といえば、その独特の弾力性を持った身体を跳ねさせる事と、鋭い牙で相手に飛び付き噛もうとする事だ。
凶暴でなければ子供にも好かれそうな外見であるベアボールと、その丸い形状に大きな棘をいくつも生やしたベアニードル。
ベアニードルはその体毛が束になり、自身の毛に含まれる油分で先端を尖らせ、硬質化させて体全体を武器にしている。
何匹もの熊の鞠が飛び跳ねる様は、はっきり言って異様である。
地面を飛べば勢い良く跳ね上がる。
木にぶつかった反動を利用して、こちらに奇襲を仕掛けてくるものも居た。
そんな滅茶苦茶な状況でも冷静にそれらの動きを予測し、一匹ずつ確実に仕留めていったのがサクラだったのだ。
彼女曰く、これは長年の経験の差だという。
魔物にはある程度の行動の型があり、それさえ知っておけば、後は実地訓練あるのみなのだとか。
龍蔵と村正も、この先冒険者として活動する上で必要となる知識である。
そして最後に龍蔵達を待ち受けていたのが、殺人狐の名で呼ばれるキラーフォックスであった。
キラーフォックスの外見は、龍蔵の知る狐によく似ている。
しかし日本の狐と決定的に異なるのは、その牙と爪に仕込まれた猛毒であった。
キラーフォックスは体内で毒を生成し、攻撃の手段として鋭い爪を舐めて狩りの準備を整えるのだ。
あやつの分泌する唾液には体内の毒がこれでもかと含まれており、自身の毒に強い耐性を持つキラーフォックスは、常日頃から爪を最強の武器として磨き上げている。
そのうえ更に厄介なのが、小柄な体躯を活かした俊敏性だ。
彼らは普段は群れの中で生活を送り、仲間内では穏やかな面を見せる魔物だと言われている。
けれども一度彼らの領域に足を踏み入れれば、獲物とみなされた標的を各々が自由に狙うのだ。
ある者は草むらの中から、ある者は木の上から機会を窺い、またある者は囮として正面から姿を現わす。
それぞれが絶好の機会に飛び出し、自慢の毒爪と毒牙で相手を仕留める。それが、キラーフォックスという魔物の狩りの基本なのだという。
その情報を事前にサクラから聞き及んでいた龍蔵と、キラーフォックスの相性は最高だった。
それは、龍蔵の立場で言えばの話だが。
若返りの影響が大きいのだろう。
精神を研ぎ澄ます術を知る龍蔵にとって、物陰に潜む者の殺気を感じ取るのは朝飯前であった。
その精度は彼が落命する以前よりも冴え渡っており、どのような角度から狐共が飛び出して来ようと、対処に困る事は一度も無かった。
何せ、相手は殺気立った獣だ。
自身の毒に絶対の自信を持つ獣が、彼らの領域──いつもの狩場に立ち入った獲物を狙うのに、そこまでの細心の注意は払わない。
まるでどこかの老剣士のような傲慢さを隠しもしない、誇りだけは一丁前に高い相手を捌く事など、今の龍蔵には造作も無かったのだ。
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「それにしても、リュウゾウの剣技はとても見事だったわ。同じ剣士として、貴方の鮮やかなカタナ捌きには感動を覚えたもの」
サクラの屋敷への帰路、彼女は森での戦闘を思い返し、龍蔵に尊敬のこもった眼差しを向けていた。
サクラは身振り手振りを交えながら、少し興奮気味に語り続ける。
「ねえヒムロ。あの、次々にキラーフォックスが飛び出して来た時にこんな感じで……こう、気が付いたらキラーフォックスが真っ二つになっていた、あの技はどうやってやっているの? カタナを鞘から出したかと思ったら、目にも留まらぬスピードで相手を斬り伏せて、一瞬で刃を鞘に収めていたじゃない?」
「ああ、居合いの技でござるな。相手がどこから、どの瞬間に攻めて来るかを予測し、一瞬の間に全てを終えさせるものだ」
どうやら彼女が居合い斬りを見たのは、今日が初めてだったらしい。
そもそも彼女の愛剣と龍蔵持つの村正とでは、戦い方が異なっている。
サクラの背負う剣は細身の長剣で、見たところ少女でも扱いやすい軽量型だ。
背負っているという事は、村正を腰に挿した龍蔵とでは、剣を構えてから仕舞うまでの速度にある程度の差が出る事になる。
──瞬時に刀身を抜き、刃を振るい、鞘に収める。
ざっくりと分けてしまえば、単純な三つの動作となる居合いの太刀。
この世界では刀を扱う者が少数派なようなので、この技を使う者も少なくて当然である。
「居合い……っていう技なのね。ああ、やっぱり貴方は私の知らない剣技を知っているのね……! でも、あれだけの速度で刃を戻すとなると、勢い良く自分の手を切ってしまいそうで、ちょっと怖いわね……」
「若い頃はよく切っていたぞ」
「や、やっぱりそうなの……」
「ああ。納刀の訓練の最中にな」
龍蔵がまだ若かりし頃……この肉体よりも幼かった時期に、納刀の訓練をしていた。
慣れてしまえばどうという事は無いのだが、それまではうっかりと鞘を支える手に刃が触れてしまう事があったのだ。
「まあ、今はもうそのような失敗は起こるまい。心配は無用だぞ」
「ところでリュウゾウ、サクラ! 魔物を一番狩った褒美の話なのじゃが……」
話に割って入った村正が、そんな事を言い出した。
結局のところ、彼らが引き受けた依頼において最も戦果を挙げたのは、ウキウキとした面持ちで足取りの軽い黒衣の少女であった。
その理由は二つある。
彼女の得意とする攻撃が広範囲である為、一度に仕留められる数が多い事。
そして、その餌食となった魔物が、繁殖力の高いゴブリンだったからである。
妾が一番頑張ったのじゃから、妾に何か褒美を寄越せぃ! と彼女が主張したのが発端だった。
……男の威厳は、また別の機会に見せるしかあるまい。
「何が良いの? 私やリュウゾウに出来る事なら、なるべく希望を叶えてあげたいんだけど……」
「ふふ、何も難儀な願いではないぞ? 妾は明日の朝餉に、サクラの作ったカリカリのトロトロの甘いやつを所望する!!」
「カリカリの……。ああ、またアレが食べたいのね?」
「そうじゃ! あの甘くて赤いタレのかかったものじゃ!」
どうやら村正は、サクラが母から習った甘い朝食が気に入っているらしい。
「良いわよ。まだジャムが残っていたはずだから、ちゃんと明日の朝食に出してあげるわね」
「まことか!? 楽しみにしておるぞ〜!」
「ええ、約束するわ。それじゃあ、明日はそれを食べてからまたギルドに向かいましょうか」
そんな約束を交わしながら、和やかな雰囲気に包まれた三人は屋敷へと帰るのであった。




