其の壱 張り切るサクラ先輩
魔王軍四星将とは、魔族の中でも選りすぐりの能力を持った四名が任命される、魔王に次ぐ実力者の事を指す。
二十年以上前、彼ら四星将が名のある冒険者達を次々に襲撃する事件があった。
後に『勇者潰し』と呼ばれるようになったこの事件の犠牲者の一人が、サクラの父であるスパーダだったという。
そもそも、何故魔王軍が冒険者を襲う必要があったのか。
理由は至って単純だった。
冒険者ギルドはあらゆる困難を乗り越える戦士達の中から将来有望な若者や歴戦の勇士を集め、彼らを『勇者候補』として育成し、魔族の殲滅をサポートする一面を持っている。
その勇者候補選抜というのが、四星将による勇者潰しが行われる直前から開始されていたのだ。
遠い昔、若き男女らの活躍によって倒された魔王。
彼らの働きにより世界に平和が戻ったが、それはほんのひと時の夢に過ぎなかった。
今や伝説として語られる若者達──勇者の一行を再現し、此度こそ新たな魔王を……魔族全てを滅ぼすべく立ち上がった人類。
そんな伝説の勇者になり得る可能性を持った冒険者の一人がサクラであり、そしてスパーダでもあったのだ。
魔王軍は何らかの手段を用い、人類が再び魔族との戦争を企てていると知った。
それを阻止するべく可能性の芽を潰そうと動いたのが、勇者候補襲撃事件──勇者潰しという訳だ。
だが四星将に襲われてもなお、スパーダのように命が助かった者は他にも居る。けれども、無惨な状態で発見された勇者候補も少なくはなかった。
それでも人類は絶望せず、今もなお希望を胸に魔王軍討伐に向け励んでいるのだ。
「拙者を勇者候補に……? それはまことにござるか?」
「当然でしょう? 私と一緒に旅をするのなら、当然貴方も勇者候補の権利を得るべきだわ。その方が色々とお得だもの」
翌日、朝食を済ませたサクラがそんな事を言い出した。
「今朝、ギルドから呼び出しの手紙が届いたの。私と一緒に魔族を撃退した冒険者を連れて来いってね。魔族に対抗出来る戦力は、向こうにとっても貴重よ。この機会に是非とも貴方の顔を売るべきだわ」
彼女の話では、どうやら昨日の闘いを目撃した何者かが、龍蔵達の事をギルドへ報告していたらしいのだ。
サクラはこの町では有名だ。彼女の顔と名前を知っている者は大勢居る。
普段は単独で行動するはずのサクラが見知らぬ者と手を組み、なおかつ魔族を追い払ったとなれば、その目撃談はたちまち町中に広まる事だろう。
そこで冒険者ギルドは、サクラに続く新たな勇者候補として龍蔵を選出する事を決めたのではないか、というのが彼女の予想であるらしい。
すると、村正が食後の茶を飲みながら疑問の声をあげる。
「そういえばサクラは、その勇者候補というやつじゃったな。勇者候補になるとどんな得をするのじゃ?」
「まず、ギルド会館内の宿泊施設を利用出来るようになるわ。設備が整っているところだとお風呂も使えるの。それから、注文票を受付に渡せば、ギルドと提携しているお店から商品を取り寄せてもらえるのよ。これが結構便利だって評判なのよね」
「品物を取り寄せか……。確かに利点があるな」
「そうでしょう? ちょっと買い忘れがあって、でももう一回同じお店に行くのは恥ずかしい……なんて時にピッタリだし、疲れて帰って来た時なんて買い出しなんてする元気も残ってないし……」
それはつまり、サクラも買い忘れをするという事か。
しっかり者に見えて、少し抜けているところもあるらしい。
「ただ、この待遇を受けられるのは勇者候補本人だけなの」
「となると、妾やリュウゾウはサクラと同じ場所で寝泊りは出来ないという事か」
「ええ、そう。それって意外と面倒でしょう?」
「別々で宿を取らねばならぬとなると、いざという時の連携に支障が出る。それは手間だな……」
どうやら以前、勇者候補が受けられる優待を利用しようと、勇者候補がかなりの大所帯で旅をする事があったらしい。
その当時は勇者候補が仲間であれば、他の冒険者にも同じ待遇を受けられる決まりになっていたそうなのだが──優待目当てで近付いてくる輩が増え、揉め事が多発した事から、優待対象者が絞られるようになったのだという。
「そういう訳だから、ヒムロとムラマサには私の方から推薦状を用意させてもらう事にしたわ。この町のギルドでは選抜試験が受けられないから、隣街に行かなくちゃいけなくなるけど……」
「ジャーマの件が片付いてから、その選抜試験とやらを受けに行けば良い。村正もそれで良いか?」
「うむ! 妾が魔剣界初の勇者候補になってやろうではないか!」
村正も冒険者登録を済ませているから、三人で行動を共にするのであれば、彼女も勇者候補になった方が都合が良いのだろう。
こうして、その日は冒険者ギルドへと向かう事で意見が一致した。
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冒険者ギルドの受付に向かい、サクラ宛てに届いだ手紙を見せる。
受付嬢はそれを確認すると、すぐに一階の別室へと案内してくれた。
龍蔵達が通されたのは、受付の横にある通路を抜けた先にある部屋だった。そこにはスパーダより少しだけ若い男性と、側に控える若い女性が待ち構えていた。
男性は二人掛けのソファから立ち上がると、自然な笑顔を浮かべて言う。
「お待ちしておりました、サクラ様。この度はこの町を襲う魔族を退けたとの事、心から感謝致します!」
「いえ、今回の件は私だけの力ではありません。彼らの協力あっての事です」
サクラがそう言うと、男性はこちらに顔を向ける。
「ああ、ご挨拶が遅れて申し訳ございません! 私はこの冒険者ギルドカルム支部の支部長、マリウスと申します。今回、サクラ様と共に魔族を撃退なさったというお二人にお話がございまして……」
「マリウス殿か。拙者は氷室龍蔵、こちらは千子村正だ。それで、話というのは?」
「今回の魔族襲撃については、先日のカテ村が襲われた件が関係していると報告を受けております。ですので、昨日の魔族襲撃については、本来であれば正式な依頼という訳ではありませんでしたが、緊急依頼扱いという事で達成ポイントを贈呈させて頂きます」
支部長のマリウスが言うには、冒険者というのは受付で引き受けた依頼を達成する事で得点を獲得し、その結果冒険者としての地位の向上と報酬が発生するもの。
けれども、昨日のように予期せぬ事態が起きた場合、正式な依頼という形でなくとも報酬が得られる事があるらしい。
「ヒムロ様とセンゴ様は冒険者登録をされたばかりだと伺っております。ですので、今回贈呈させて頂くポイントを足しますと……初級の五段に昇格となりますね。昇格おめでとうございます」
「こちらでポイントを記入させて頂きますので、一度冒険者カードをお預かり致します」
控えの女性にカードを渡すと、彼女は受付の方へと向かっていった。
残された龍蔵達に、支部長が話を続ける。
「そこで、お二人に一つご提案があるのですが……。勇者候補選抜試験に興味はありませんか?」
彼からその話題が出ると、サクラは予想通りだと胸を張りながら、こちらに小さな笑みを見せた。
やはり冒険者ギルドは、魔王軍に対抗すべく優秀な冒険者を欲しているのだ。
そうでなければ冒険者になりたての……それも、ろくに依頼をこなしていない龍蔵と村正に声を掛けるはずもない。
「来月、ここから二日程の距離にあるクラーゼの街のギルド会館で試験が行われるのです。選抜試験の参加資格は、お二人の実力があれば問題無くクリア出来るはず……。ですので、もし勇者候補としての活動にご興味があるようでしたら、我々カルム支部の参加枠をご用意させて頂きますよ!」
向こうもこちらが勇者候補となる事を望んでいるらしい。
選抜枠という事は、この町のギルドの代表として試験とやらに臨むのだろう。
龍蔵と村正が無事勇者候補となれば、支部長としても鼻が高いはすだ。
「ああ、それはまことにありがたい」
「おお……! それではこちらも準備を進めておきますね。試験の詳細は後日ご連絡させて頂きますが、何かご質問があるようでしたらいつでもご相談下さい」
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「結局、私が推薦状を書くまでもなかったわね」
支部長と別れた後、三人はギルド二階の冒険者用の休憩所に移動した。
四人で集まれる机がいくつか用意されており、その中の一つを使わせてもらっている。
「だけど、まだ試験の参加資格を得られた訳じゃないわ。枠は確保してもらえたけれど、参加条件を全て満たしていないと駄目なのよ」
「その条件というのは何なのじゃ?」
「冒険者ランクを初級五段以上にする事と……初級の依頼を十件以上こなす事。ヒムロ達はまだちゃんとした依頼は一つもこなしていないから、試験が行われる日までに依頼を十件達成しないといけないわ。という訳で……!」
サクラは椅子から立ち上がると、龍蔵達を見下ろしながら拳を握りしめた。
「早速依頼をこなしに行くわよ! 大丈夫、この私がついてるんだから失敗なんてするはずないわ。さあ、一階で良い感じの依頼を探しに向かうわよ、二人共!」
「いつになくやる気に満ち溢れておるのぅ〜」
「ははっ、頼もしいな」
彼女はきっと、誰かに何かを教えるのが好きな性質なのだろう。
サクラの生き生きとした顔を見れば、冒険者の仕事という、龍蔵達が知らぬ事を教示するのが楽しみで仕方がないのがよく分かる。
(思えば、こうして誰かにものを教わるのは何年振りだろうか……)
彼女程ではないだろうが、気が付けば龍蔵も初めての冒険者の仕事への期待に胸を躍らせていた。




