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奥座敷

作者: 黒宮杳騏

その大きな純和風家屋の食事処の二階には「幽霊が出る」という噂があり、老朽化している事もあって当然立ち入り禁止となっていた。

しかし特に立て札や張り紙があるわけではなかったのと、怖いもの見たさだけではない何かを感じて、廊下を通る店員の目を盗み、そろりそろりと階段を昇っていく。


ぎし、ぎし、と軋む板張りの薄暗い廊下を進むと、幾つもの和室が連なっている事が分かる。

試しに、ほんの少しだけ開いていた襖を開いて中へ入ったが、そこは箪笥などの家財道具が置かれていた形跡すらない、本当に何もない和室だった。

そのまま廊下ではなく和室を進む事にして、ゆっくりと慎重に隣室へと続く襖を開く。

やはり、何もない。

襖を開く度に、また次の和室が現れる。

そうして幾つもの和室を通り抜けると、ようやく一番奥の和室に辿り着いた。


そこにいたのは、鞠を持って着物を着た十歳ぐらいの子供だった。

じっと微動だにせず、その視線はこちらを見ているのかどうかも分からない。

ただ、見ているこちらが深遠に吸い込まれてしまいそうな程、ひどく虚ろな目をしていた。

「だ、れ・・・?」

思わず漏れた言葉はカラカラに渇いた喉で掠れ、呂律も上手く回らない。

子供はじっと虚空を見つめたまま、まるで自分独りしかいないかの様に、相変わらずこちらを見向きもしないで和室の中央に立ち尽くしている。

それを不気味に感じながらも、どこか違和感を覚えて子供をよくよく観察すると、思わず目を見開いて驚愕した。

その子供は、幼い頃の自分自身だったのだ。


何か嫌な事があれば、その度にその感情を閉じ込めて扉を閉め、それをどんどんと重ねていった。

蓋をして重ねて、また蓋をして重ねる。その繰り返しの過程で生まれた副産物とも言える、閉じ込められた子供だ。


自然と「認めてあげなければいけない」という考えに至り、何をされるか分からないという根拠不明な恐怖の中、震えそうになる手を伸ばして、そっと抱き締めた。

鞠が小さな鈴の音を立てて転がり落ちても何の反応もない事が却って申し訳無い気持ちを増長させ、この小さな子供に全ての苦痛を預けてしまった事を悔いながら「ごめん・・・本当にごめん・・・寂しかったよね・・・辛かったよね・・・」と、より強く抱き締めて謝った。



ピピピピ、ピピピピ。


アラームの音が、急速に周囲から色を奪っていく。

「待って!まだ言いたい事が・・・っ!」

虚ろな目をした子供も、ふっと実感を失って消えた。

「・・・夢、か・・・」

あんなに陰気な場所で独りきり、泣くこともせずに立ち尽くしていた。

抑圧された過去の自分を認めて受け入れない限り、多分あの子供が笑う事は無いのだろう。

ぐっしょりと濡れた寝間着が背中に張り付いて、どんどん体温を奪っていく。

枕元の時計を見ると、まだ明け方だ。

「気持ち悪・・・着替える前にシャワー浴びよ・・・」

ベッドから降りてバスルームへ向かう。


「・・・また、遊ぼうね」

シャワー音だけが微かに漏れ聞こえる無人の部屋に、ころん、と小さく鈴の音が響いた。

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