プロローグ
よろしくお願いします。
4限目の授業がチャイムと同時に終わり、僕は終了時間5分前にはまとめ終えていた鞄を持って早々に教室を出た。食堂へ向かう生徒の流れを逆走し、独り二階一番奥の教室へ向かう。
「215教室」――5年A組のホームルーム教室だ。教室には2、3人しかおらず、皆それぞれ弁当を拡げている。カーテン越しに淡い春の陽が入り込んで、人が減ってしんとした教室の輪郭を暈していた。僕は特別クラスメイトに挨拶もせず、春の陽が降る窓際の席に着き、自らの昼食――コンビニで買ったパンとサンドウィッチ――と、紀伊國屋のカバーを掛けた読みかけの小説を取り出した。
いつもは目もくれない、恋愛が主題の小説。本屋でいつものように素通りするはずだったその棚に足を止めてしまったのは、最近の煩いのせいかもしれない。勢いで買ってしまったが、やはり面白味を感じなかった。読み下すように文を目で強引になぞりながら、そろそろ彼が来る時間だな、彼が来る前にこの本は仕舞ってしまおう、と考えていると、字面がサッと暗くなり、耳元に低めの声が響く。
「理瑠、なーに読んでんの」
急な気配にとても驚き、耳を押さえながらバッと顔を上げると、ドッキリ大成功、といいながら笑う葦原智哉の顔があった。思わず顔を上げてしまったが、頬が熱いのを感じで急いで俯く。
「びっくりした……葦原かよ、本落としそうになっただろ」
「毎回熱心に読んでるよな。この前のはもう読み終わったのか?」
そう言いながら葦原が本の中身を覗きこもうとするので、急いで鞄に詰め込んだ。
「あぁ、ああそうだよ、読み終わったんだ。あ! 葦原はもうバレーの集まりはいいのか?」
「うーん、俺がいなくても良さそうだったから、途中で帰ってきた」
帰ってきた、と言って彼のホームルーム教室でもないこの教室に真っ直ぐ来てくれた事に何となく優越感を感じてしまう。たぶん、表情に何の変化も起きていないと思うが、隠すように窓の外に目を向けた。この教室からちょうど向かい側に見える体育館からは生徒達の声が漏れている。
「――寂しく独りで昼飯食ってる奴がいるから」
茶化すように続けられた言葉は、僕の表面はそのままに、内側を散々引っ掻き回した。――何でこいつは僕の欲しい言葉をくれるのだろう。
中高一貫のこの学園に入学したてのころ、本ばかり読んでクラスメイトの会話の輪に入らなかった僕に1人、声を掛けてくれたときから、この葦原は、彼の周りの明るく華やかな友人達ではなく、態度も喋り方も愛想の無い僕を何故か隣においてくれるのだ。
「隣において」というのも、僕の思い込みかもしれない。葦原にとって僕、岩村理瑠はきっとただの居心地のいい友人ぐらいの存在なのだろうが、もうかれこれ3年ほど僕は同性の友人という、叶うはずのない不毛な片想いを続けている。
お読み下さりありがとうございました。
次話の投稿は5月6日20:00となります。