【第7回】
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それから一ヶ月。
実質的には四回しか会っていないが、私達は、お互いを「並樹」、「出海」と、名前で呼ぶ仲になっていた。
浅野駅の四番線ホームにあるベンチ。ここが二人の会話場所となる。
鶴見線の支線である海芝浦支線には、平日、土曜、休日を問わず、日中は二時間に一本しか電車が走らない。
二人が浅野駅で会うのは午後二時七分。彼女……、出海は土曜日の午後三時三十分から〈用事〉がある為、午後三時五分発の電車で鶴見駅へと向かう。この間、4番線ホームに到着する鶴見線は、ない。その為、ここのベンチを利用する人も、いなかった。
時間的に総計しても、わずか四時間足らずであったが、二人は色々な事を話す。
「出海と白い電車を撮る為、鶴見駅に行ったでしょう。あの時、電車の中で何も話さなかったのは、何故?」
「あれ、並樹がスクールバックに付けていた例のワイヤーアクセサリーに目を奪われていたんだ。これって、装飾用の針金を使った物だって事は知っていたけど、その形はアルファベットでしょう。しかも、「NAMIKI」。『この娘、きっと、『ナミキ』って名前なんだ……』って……。最初は、この『ナミキ』、名前じゃなくて、名字だと思っていたんだけど……。しかも、これ、浅野駅で輝いていたんだよね。本当に目を奪われちゃった!」
「私の学校、私立という事もあって、アクセサリー類を身に付ける事は禁止なの。でも、これは『持ち主が誰か』を示すネームプレートの役割をするから、余り派手じゃなければ、高校側も渋々だけど認めているんだ。今、学校で流行っているの。これ、私の趣味だから、今度、作ってあげようか?」
「えっ、本当! 私、これ、気になっていたし、欲しいと思ったの! 是非、作って!」
「私、最初に並樹と会った時、鶴見駅で突然別れちゃったけど、実は、三線っていう沖縄の三味線みたいな楽器を習っているんだ。その先生……、私の親戚なんだけど、鶴見駅に近い豊岡って場所で小さな教室を開いているの。そこの開始時間が午後三時半。だから、少し急いでいたんだけど、あの時は、ごめんね」
「気にしていないから、大丈夫。でも、そうか……、三線を習っているんだ。私、知っているよ、三線。弾いた事はないけど……」
「えっ、三線を知っているの?」
「浅野駅から歩いて行ける場所に『仲通り商店街』って所があるんだけど、別名、『リトル沖縄』って呼ばれているの。そこで三線やエイサー太鼓も見た事があるよ」
「あっ! リトル沖縄、行ってみたかったんだ! 是非、連れて行って!」
「まぁ、凄い名前が付いているけど、実際には数件の沖縄料理店と沖縄の物産店があるだけ……。それでも良かったら、今度、案内するけど、余り期待しない方がいいかも……。正直に言って〈名前負け〉している場所だから……」
「ねぇ、並樹って、土曜のお昼ごはん、東京で食べているのよね。それなら、今度から一緒に鶴見で食べない?」
「それ、いいね! でも、鶴見に戻って来られるのは早くても、一時頃になっちゃうけど……」
「別に構わないよ。私、何故だか、クラス委員をやらされて、いるんだ。時々、その活動があって、土曜日にも学校へ行く事があるの」
「制服姿で浅野駅に来ている時って、その活動がある時なんだ」
「そう。一応、午前中に、それは終わるけど、鶴見に来るのは一時ぐらいに、なっちゃうのよ。だから、ちょうどいいわ!」
彼女が神奈川県立の高校に通っている事や、住んでいるのが横浜市南区にある井土ヶ谷上町」という場所である事も、これらの会話を通じて知った。
明らかな人間恐怖症である私だが、精神安定剤は服用していたものの、出海との会話に全く苦痛を覚えていない。いや、心の底から、「楽しい!」とすら感じていたのだ。
半面、出海が私と話す時、〈妙な〉気の使い方をしている事も判っていた。それが、どの様なものか、上手く説明出来ないのだが、気遣いをしているのは間違いない。




