1部 シズク 2章 世界を失った少年は幻の村で目覚め、§2
ユウが住むことになった院は石造りで一階建ての平屋に、五階立ての尖塔がくっついている建物だ。平屋には、村の学校とも言える教室がある。尖塔の一階に台所と団欒室があり、二階より上にユウ、シズクやアリスたちそれぞれの部屋があった。
ユウは団欒室でシズクを待っていた。マリアにここでシズクとアリスを待つように言われたのだ。ユウに指示すると彼女はすぐ出て行った。一人にしていいのかと不思議だった、それだけじゃない、彼女は何か隠している。ユウにとって警戒すべき相手だ。
こつん、こつんと、階段を下りる音が聞こえ、シズクが部屋に入ってきた。彼女は柔らかそうに膨らんだ太腿まである白いワンピース、肌に吸い付く足首までの黒いタイツ姿だ。
おまたせです。とシズクはその場で、くるっ、と回る。裾が少し浮き、中が見えそうだ。
「どうですか?」
彼女に見惚れていたユウは、話を振られ思わず、へ、っとたじろぐ。シズクがユウの反応に不思議そうな顔を見せる。
「あ、あぁ。……着替えたんだね。似合ってるよ」
「も、も~。似合ってる、なんて! 褒めても何も出ませんよ~」
シズクは、恥ずかしさや、嬉しさを、隠そうとして大げさに反応した。
「ア、アリスちゃんはまだ来てないんですね」
「……あぁ、あのえらそうな子供? 見てないよ」
「……アリスちゃん私と同じ年ですよ。子供なんて言ったら怒られちゃいます」
シズクは同い年くらいで、十七位だろう。だがあの子は、どう見ても十三、四程度にしか見えない。頑張って十五位だ。とても同じ年には見えない。
急にシズクが外への扉を開けた。扉の先に石畳の広場が広がり、強く照らされていた。
――アリスを外で待とうと、ユウはシズクに院の外に連れ出された。シズクに手を引っ張られ、院の外壁を沿い裏へ向かう。そこは端に木が少しある程度の殺風景な広い庭だった。壁際に、ぽつん、と犬小屋らしきものがある。シズクは小走りで小屋に駆け寄り、何か抱えて戻ってくる。頭と胴体の区別が付かない球体、白に近い薄緑色でタンポポみたいにふわふわの毛、毛に埋もれた手足と、黒豆にしか見えない二つの目をした不思議な生き物だった。
「ユウさん!! メリトちゃんですよ。可愛いいでしょ」
怯えているのか、威嚇しているのか、メリトはユウをじっと、見て逸らさない。
「触って下さい、気持ちいいんですよ」
拒否する理由もない。促されるまま突っつくと、ぷに、と柔らかく、冷たく、犬の肉球のように弾力がある感触がする。
ぷにぷに……。突っつくとまたもう一度と指が止まらなくなる。中毒性があると言える。
――かぶ、と突如、メリトが大きな口を開け、ユウの右手に噛み付く。
「痛っ!!」
突然のことに驚いたユウだが、すぐに肩から右手を振り回し、振り払う。だがメリトは食らいついたまま離さない。
「ど、どうしたの!?」
ユウの声を聞きつけたのか、アリスが駆けつけてきた。彼女の声が聞こえると、メリトはユウから離れ、あっと言う間に、シズクの肩に戻る。心なしか震えているように見える。
「痛っ、つつ……」
痛がるユウを横目で見て、メリトは恍けているようだ。
「そんなに突っついたらメリトちゃんも怒ります。アリスちゃんと同じですよ」
「ちょっと、言わないでよ!」
シズクは、アリスを見て、いつの間に、とわざとらしく驚いて見せる。
「今よ!! 気づいてたでしょ! 勝手に外に出て、こいつの立場わかってんの!!」
シズクは、ぷい、っと首を振り、そんなの知らないもん、と態度で示す。
「あんたね……。記憶がないなんて信じられる?」
「信じられるよ」
「なんでよ?」
「わかるもん!!」
シズクと言いあう中でも、ユウはアリスの視線を感じた。注意を払っているのだろう。
「ありがとシズク。でも疑うのも無理もない。そのほうが自然だよ」
ユウが二人に割って入り、諭すように言う。
「えっと、アリス……ちゃん、でよかった?」
「……アリスでいい」
ユウが手を差し出したが、慣れ合う気などないアリスはそれを無視する。ユウは差し出した手で頭を掻き、苦笑いする。
そんなアリスを見てシズクが横で、もう、と憤っているようだ。
「でもね、ユウさん。アリスちゃん本当は凄く優しいんですよ」
「わかってるよ。部屋でも庇ってくれたからな」
わざとだろう。シズクがアリスに聞こえるように呟き、ユウも乗っかって答える。
「あんた達一体何なのよ!」