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1部 シズク 2章 世界を失った少年は幻の村で目覚め、§1

 窓際で、薄い緑の髪を腰まで伸ばした女性が鼻歌を鳴らしている。ベッドに、氷の中にいた少年が寝ていた。銀髪のシズクがその横に座り、うとうと、している。


「みこと!!」


 少年の声が旋律に割り込み、布団を蹴飛ばして目を覚ます。体が中から熱い、吐く息が熱を持っている。全身から汗を掻き、脳に釘を打ち込まれたかのように頭が痛む。


 痛みを押さえるため頭に手を伸ばそうとするが、震えて動かない。手だけじゃない、歯も震え、胃から何かが逆流する。全身を不安が駆け巡る。――なんとか開いた目に見える天井、床、布団、ベッド、全て見覚えがない。


「――う、うーん」


 蹴り飛ばした布団の下から籠った声が聞こえ、ずり落ちシズクが顔を出す。少年の全ての不安が震えごと彼女に吸い込まれ、震えが止まった。


「――起きたようね」


 少女とは反対側から声がする。振り向くと、薄緑の髪の女性が窓際に立っている。


「本当にマリアさんの言う通り、起きた……」


 シズクが驚いて少年を見ている。彼女は薄緑の髪の女性マリアに、じきに目を覚ます、そう言われていた。でも、あれほどのことがあっても目を覚まさなかった。半信半疑だった。


「……怪我の方はどうかしら?」

「怪我? ……それに、ここは?」


 少年には二人の顔も、この場所も覚えがない。体と頭に痛みはある。だがきっと、彼女の言うのはこの怪我じゃない。表情を伺いながら口を開く。


「……リタリース、よ」


 知らない地名だ。緑のマリアも少年の反応を観察するように、じっ、と見ている。

 突然、シズクが、ありがとうございました、と頭を深々と下げた。少年はじっと見る。


「あなたが助けてくれたから、みんなも無事に村に戻ってこれました」

「……みんな? 無事に? なんのこと……ですか?」


 そんな覚えはない。それ以前に、この子は誰なんだ。


「へ? 昨日ですよ。あんなに大怪我してまで助けてくれじゃないですか!!」


 少年は申し訳なさそうに、首を振る。


「彼は寝ぼけてたのよ。寝ぼけていて覚えてないのよ」


 マリアが言う。シズクは、騎士に襲われたこと、崖から空から落ちたこと、を必死に説明した。だが彼は、首を傾げるだけだ。


「あなたは誰なの?」


 マリアが興奮するシズクを制止して訊いたのだ。自分自身が誰か、それを探ろうと少年は記憶を辿る。すると、急に身体が振るえ、頭が痛み、みるみると、額から汗が溢れ出す。


「どこから来たの? どこの国?」


 明らかに少年が苦しそうにし、シズクが少年を心配する。マリアは無視して質問を続けた。


「どこから? ……たしか、……ニホ……ン。ぐぁぁ!!」


 二ホン、それを思い出すと、脳を直接握り潰されたかのように痛みが走り声をあげた。


「ニホンね。それで、名前は?」


「名前……? 確か、ユウ――がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 あまりの痛みに、少年は、目玉が飛び出そうなほど大きく目を開き叫ぶ。叫びながら少年は何度も、俺は誰だ、なぜここにいる、何のためにここにいるんだ、と心の中で叫んだ。



 オリード大峡谷の大河――ノーヴァーに迫り出す円形の村、リタリース。中央の広場を囲んで、店などの商業施設や診療所などの施設が並ぶ中央区画がある。その外周は居住区、さらに外側に農地や厩舎のある生産区画があり、一番外側に、高い塀が村を囲っていた。


 中央区画の院と呼ばれる施設に併設された塔、この二階で少年は目を覚まし今に至る。


「――俺、は……」


 痛みに耐え、ユウは記憶を手繰る。景色に、建物に、人の顔、いくつも頭に浮かぶが断片的で繋がらない。ただ頭から蛇を伸ばす少女を剣で貫く光景が頭に映ると、全身の血が沸騰したように熱くなる。それに手に感触が残っている。


「がっ!! がぁ! がぁぁぁ、がぁぁぁ、あぁぁぁぁぁ!!」


 身体を跳ねさせ、叫び、頭を押さえる。額を押さえる手の間から血が流れる。俺は誰だと、ユウが苦しみ悶える。シズクはただ狼狽え、マリアは、じっと、観察していた。


「自分がわからない? そんなこと信じてもらえるとでも? それに、ニホン、あそこはもう随分昔に滅んだ世界の一国よ」


「滅んだ、世界……」


 蛇の少女、あの空には絶望しかなかった。滅んだ、確かにそうかもしれない。


「あなたがこの子たちを助けてくれたらしいわね……。でも、ここは、いつ帝国の襲撃を受けてもおかしくないの。そんな曖昧な言葉は信じるわけにいかないわ」


 何を言われているかわからない。知らない場所で目覚めて、急に問い詰められ、記憶がないと気づいた。ただ、名前、国、昔苦しく悲しいことがあった、わかったのはそれだけだ。


「村の外に出して言いふらされても困るの。だからって君をここに置いとくのも危険ね」


 マリアの目が鋭くなる。鷹か鷲か烏か、獲物に向ける殺意があった。


「信用させろ、さもなければ殺す、と。でも俺に信用させる方法なんてない」


 急に少年の身体に力が湧き、マリアの視線を跳ね返して睨み返して言う。マリアは笑みを見せ、そうね、と答えた。


「――そんなのおかしい!! あんなになってまで守ってくれたんですよ!!」


 シズクが二人に割り込み憤る。

 なぜ彼女は自分のためにこんなにも必死になってくれるのか。俺が助けた、そう言っていたからか、でも普通ならマリアの言うことの方が正論だろ、とユウは感じていた。


「どきなさい!!」


 唐突に、マリアは派手に装飾された大きなナイフを持ち、その剣先をユウに向ける。


「マリアさん!!」


 シズクがマリアの手にしがみつくが、襟首をつかまれ投げ飛ばされた。壁にぶつかり、シズクが悲鳴をあげる。時間の流れが遅くなり、シズクゆっくり壁に激突し、壁に沿って横たわる。少年の頭の中で火花が散った。


 少年は、瞬時に立ち、マリアの手を逆さにし、彼女のナイフを胸に突き立て――。


 ――部屋に閃光が走り、ナイフを砕き、ユウの脇腹を貫く。彼は呻き声をあげ片膝をつく。


「何だ……」

「……何に攻撃されたか? それとも、自分自身のことかしら?」


 自分だ。体が勝手に動き、間違いなく彼女を殺そうとした。自身への恐怖を感じた。


「……どう? 彼は危険よ」


 脇腹を押さえて跪く少年を見下ろし、マリアはシズクに訊く。


「でも今の、マリアさんが……」


 シズクは言い返そうとするが、俯きがちで明らかに今までとトーンが違う。


「そうね。挑発したわ。でも危険だってわかったでしょ? 何するかわからないわ」

試したのか、と少年はマリアの表情を伺うが、緑晶の瞳の底が見えない。


「わ、私がユウさんと一緒にいる。もしユウさんが何かしても私が止めるから」


「あなたじゃ彼は止められないわ」


 でも、とシズクはマリアに食い下がる。それを見てユウの胸の奥が騒めく。


「――私がこいつを監視するわ。わたしもこいつに助けられたからね。マリアいいわね?」


 扉が開き、背が小さく、鋭い目の金髪の少女アリスが不機嫌そうな表情で立っている。シズクは味方が出来、顔が明るくなる。


「彼は覚えてないらしいわよ」

「助けられたの事実よ。だから私がシズクと一緒にこいつといるわ。それなら文句ないでしょ? それにこいつ見たことない魔法を使っていた。あんた興味あるんじゃないの?」


 魔法……言葉にユウは違和感を覚えた。


「彼が見たことない魔法を? ふーん、まぁそうかしらね……。でもシズクに、アリスか。二人の心を奪うなんて、やるじゃない」


 今度は何か企んだような笑いをマリアは見せる。


「マ、マリアさん!」

「へ、変なこと言わないでよ!」


 二人は抗議の声をあげる。二人を無視してマリアは、惚れたなら仕方ない、と言う。


「でも条件が一つあるわ。ユウ、あなたがこの院に住むこと、わかった?」


 そんなことなら、とシズクは喜び、ここに、とアリスは不服そうにする。ユウはマリアの真意を掴もうと表情を伺う。ただ彼には有難い申し出でだ。何を忘れていて何を覚えているかわからない。暫く落ち着ける場所が必要なのだ。


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