1部 シズク 2章 世界を失った少年は幻の村で目覚め、§0-1 キオクノカケラ
世界が黒い雲と、紫の霧に包まれた。地表の炎が黒い雲を赤く照らしている。
「殺して――」
黒と紫と赤の空に君の声が響く。君は空に浮き、俺を見下ろしていた。
紫の霧はきみから滲み出る瘴気、広がる黒い雲は長く伸び広がった君の黒髪だ。一本一本が、空に根を張り、蠢き、這っている。細く小さく短い蚯蚓ほどのやつも、龍に見間違うほどのやつも、地平線に消えるほど伸びたやつもいる。全てが黒い蛇だ。世界を覆った幾億の蛇が、地上の炎に腹を照らされ、口を開き、舌を伸ばし、噴気音を世界に響かせる。轟く音が、蛇たちに全てを奪われたものの怨嗟の声にも、蛇たちが世界に向けた蔑みの声にも、終わりを迎えた世界への贐の声にも聞こえた。
「――約束」
君との約束は、俺がきみを守る、それと――。
右手に持った剣の先を君に向ける。左手を右手に添え、肩、背中、腰、太腿、膝、足首をねじり、深く膝を曲げ、強く柄を握る。肩越しに君を見つめ、全身の力を、剣を握る手と、大地を踏みしめる脚に全て集めた。
守れきれなかったそのときは、俺がきみを殺す、それがきみとの約束。
使命に絶望、愛情に憎悪、決意に悲しみ、混じり合い反発し合う感情と、集めた力とが臨界に達し、俺の中で破裂し、俺は空のきみに向かって真っ直ぐ弾ける。
――そして、きみの蛇が俺の腹を貫き、俺の刃が君の胸を貫いていた。
噴き出した血飛沫は、俺を黒く、君を赤く染める。黒と赤は、二色の雨となり降り注ぐ。
蛇たちが断末魔代わりの噴気音を響かせ塵となり、剣は抜け落ちる。赤と黒の雨に、塵と剣、それと俺たちが、終わった世界に落ちていく。
落下の中、腕の中の君を抱きしめると、青白い顔で俺にほほ笑む。
――ありがとう――ごめんね、と。
抱きしめる力を強め、唇を重ね、最後まで一緒だと伝えようとしたのに、君が言った。
「――もう一つ、約束残ってる――」