1部 シズク 6章 世界と時を超え、少年と少女は何を手にする §4 ①
「――ユウさん」
ユウの腕の中で少女が言った。彼女はシズクだ。
「ミコトさんが、さよならって……。いいの、かな……私だけ、いいのかな?」
シズクはユウの胸に顔を埋めたまま、肩を震わせ、顔を上げ大粒の涙を零す。ユウが強く抱きしめると、彼女は声を出して泣いた。彼女にみことの記憶はない。だから、何があったのかなんて知らない。でもみことが表に出て、知ったのだ。彼女がどれだけ悠矢を愛していたのか。どれだけ会いたかったのか。どれだけ一緒にいたいのか。でも叶わない。
「――もう大丈夫です」
暫くして、シズクがユウから離れる。目を腫らしたまま笑顔を見せ、
「ミコトさん、私達の分も幸せになってね、って言いました。私、頑張らなきゃ」
そうだな、とユウも無理して笑顔で返す。
「――シズク!」
自由に動かない身体で、アリスが声を上げる。シズクは彼女に駆け寄り抱きつく。
「し、シズク。い、痛いよ。は、離してぇぇ」
「嫌、離さない。絶対離さない。ずっと一緒って約束したのに、勝手に死んじゃ駄目だよ」
「……一緒にいるから、大丈夫よ、ね」
アリスがシズクの頭に優しく手を置き、シズクが頷く。
「――シズク、アリス。……よかった。でもまだ終わってないわ、無事に帰らないとね」
マリアが回りに視線を送る。ユウ達を遠巻きに囲う二百の騎士、今にも飛びかかろうとするものも、いま目の前で起こったことに混乱しているものもいた。
「優佳、くそ!! ……あいつが〈黒い蛇を纏いし者〉の秘密を知っている! 捕らえろ!」
呆然とシズクを眺めていたイクトが急に頭を押さえ叫び、シズクを指した。
さっきまで戸惑っていた騎士達が一斉に構える。
マリアとアーティが動けない三人の前に立ち構えた。
「二人じゃ……」
アリスが呟く。二人は時間をかせぐ戦士がいてこそ力を出せる。詠唱の時間が必要な二人には敵の数が多すぎる。アーティが戦士役をしても同じだ。本物の戦士が必要だ。
そんな二人の前にユウがよろめきながらも立つ。
「ユウ! そんな状態じゃ無理だ」
「このままじゃ全滅だ。無理でもやるしかない」
歓声とともに騎士が飛びかかる。ユウは両手に銃を持ち、乱射する。くそっと、アーティは、詠唱を始める。彼に頼るしかない。悟っていたのかマリアは詠唱を始めていた。
ユウは近寄らせないよう銃を乱射し、詠唱の完了した二人が随時、魔法を放つ。何度も繰り返された。三分の一程の騎士を蹴散らした所で、ユウが片膝をつき、手に持つ銃が消えた。
「ユウさん!!」
まだ、とユウは立ち上がり、銃を産み放つ。すぐに片膝をつき銃が消える。繰り返す度に銃を保てる時間が短くなる。気力だけで動いている。集中できなくなり、思い描くことが難しくなっているのだ。アーティも同じだ。何度も、炎、氷、雷の矢を放ち、沢山の騎士を倒したが数が多すぎる。騎士が半分程になったころ、魔法を撃てなくなった。
村の外じゃマリアの力は微々たるものだ。いつかのイクトの指摘通り、彼女の力はリタリースの中限定のもの。彼女に出来ることは歌で一時的な結界を作るか、幻を作り騎士たちを騙す位だ。結界は一度限り、幻もイクトに見破られ、何の役にも立たない。
「お仲間が限界だぞ、シズク。投降すれば他のやつの命は助けてやる。どうする?」
「そんなこと、させない……」
シズクの腕の中のアリスが立ち上がろうとするが、力がはいらず前のめりに倒れた。
「なんでよ! なんで、今、動かないのよ……」
アリスは何度も自分の足を力なく叩く。
「早く選べ、シズク! 今投降するか、周りのやつを殺されて捕らえられるかを!」
シズクは、皆の顔を見て立ち上がる。この状況じゃ答えは決まっている。
駄目、アリスが叫ぶ。
「このままじゃみんな死んじゃ――」
シズク達を囲む騎士のさらに外側から大きな歓声が上がった。何だ、とイクトが振り返ると、騎士たちに無数の魔法矢が降り注いだ。




