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1部 シズク 6章 世界と時を超え、少年と少女は何を手にする §3 ②

 ――悠矢は、私が守るから。


 みことが白く輝き、空に白い光が伸びる。マリアの結界と黒い雲を貫いた。雲に大きな穴を開き雨が止む。結界がガラスのように割れ、破片が虹を幾つも造りながら、降り注ぐ。


 ユウが弾き飛ばされ、アーティが受け止める。その痛みでユウが声を上げた。生きていることが不思議なほど傷ついていた。生きているのすらやっと、誰が見てもわかる程だ。


「白い光……? これは何……」


 マリアは光を見上げ呟く。彼女だけじゃない、誰もが何が起こったのかと混乱していた。


 空に伸びた光が収束して消えた。光の中に、両手を広げ、みことが浮いている。彼女から伸びる蛇は全て白く、優しく神々しく空を揺らめいている。


 みことはアーティに抱えられたユウの前に舞い降りた。


「――白の力、俺がもらうぞ!!」


 イクトは、ユウが投げ捨てたムラクモを拾いみことに飛び掛る。だが、白い蛇が剣を銜え、ミコトには届かない。蛇が輝くと、アメノムラクモの刀身が塵となった。


「ムラクモが、そんな……」


 別の白い蛇がイクトを咥え、投げ捨てる。また別の蛇がユウに伸びる。その気にあてられたのかアーティは動けない。蛇はユウを舐めまわした。そして、みことが屈みユウの唇に彼女の唇を重ねた。


「――ぐぼぉ、ごほ、ごほ、ごほ、ごほ、ごほ」


 彼女の唇がユウから離れると、彼は、むせたように、咳をする。


「これは?」


 白い蛇は動けないアーティにも伸び、右腕のなくなった肩を舐め回す。蛇が舐める度に、彼の肩が光り、腕が光り、肘が光り、手が光る。


 アーティに無くなったはずの腕があった。ユウの身体からも傷が消えている。血がこびり付いた衣服がなければ、傷があったことすらわからない。


 う……ん、とユウが目を開く。目の前に見たことのある顔があった。


「――寝坊よ、悠矢。私を待たせるなんていい度胸してるじゃない」


 みことだ。彼女は、ユウが夢で何度も見た、悠矢が愛した、みことだ。彼女はユウに笑いかけ、立ち上がり、振り返り歩き出す。その先にはアリスの遺体がある。


「アリス、あの子の……。ううん、違う。私達の初めての友達」


 アリスの前に立ち、みことは両手を広げた。彼女が白く光ると、光が伸びアリスを包む。彼女の体がゆっくり宙に浮き、みことから白い蛇達がアリスに伸びる。蛇が次々と傷口からアリスの体内に入り、彼女の体が幾度も跳ねる。蛇達はアリスの体内に入った蛇を噛み切ると、傷口を舐め始めた。


 そして、アリスの体がゆっくり地面に降り、彼女を包む光が消える。誰もが注目する中、


「――ん、んん……ってここどこよ!? な、何見てんのよ!!」


 躯が動き。頭を押さえ、不機嫌そうに目を覚まし、視線を怒鳴りつける。


「アリス!!」


 アーティがアリスに駆け寄り抱きしめる。自分のせいで死んだはずのアリスが生きている。信じられない。でもそんなことどうでもいい。喜びを抑えられるはずがない。


「な、何すんのよ!」


 彼女は顔を真っ赤にして彼の頬を殴り飛ばす。彼は頬を擦って体を起こし涙ぐんでいた。


「そ、そんなに、痛かった?」


 アーティは大丈夫と大声で笑った。何なの……と、アリスは引いている。


 ――すとん、と急にアリスがしゃがみ込んだ。


「何? 力が……」

「はじめまして、アリス。で、いいのかな? まだ無理しちゃ駄目よ」

「シズク? シズクなの? でもその姿――?」

「――アリス!!」


 意識を取り戻したユウが、よろめきながらもアリスに駆け寄り、抱きしめた。


「あ、あんたもか……は、離しなさい。あ、あんたら一体、何なのよ?」


 力が入らない彼女はユウを振りほどけず。顔を真っ赤にして離れるよう訴えた。


「ふ、ふ、ふ。私の前で他の女に抱きつくなんて、あんたいい度胸よね、悠矢」


 白い目を震わせ、ユウを睨みつける。ユウは反射的にアリスから離れ、誤魔化すように笑い、小さくなる。体が覚えているのか、背筋が凍る。


「よかった、生きてたんだな……」


 アーティの言葉でアリスは、彼に憑りついた黒い蛇に、胸を貫かれたことを思い出した。胸押さえるが、何もない。みことはアリスに、もう大丈夫、と言った。


「――君はみことなのか?」

「みことよ。でも、ユウ、あなたの知っているみことじゃない」


 ユウが問い、ミコトが答える。


「俺が知っているみことじゃない? 君は一体? さっきの子は? それにシズクは?」

「私達はみんな、みことの思い。思いのカケラ。彼女は今でも、彼女の中の黒い蛇と戦っている」


 一体どういうことだ、そう言おうとしたユウをマリアが遮って、


「――どういうこと? あなた達の世界が滅びてもう百年近いはずよ」

「みことの中に閉じ込められた蛇は、みことの心を黒く染めようとした。だから、心を守るために、みことは心を三つに分けた。黒い蛇を纏うあの子は蛇と戦うために生まれた子。だから一番蛇の影響を受けた、悲しい子。白い蛇を纏う私は、元のミコトの自我に近いわ。でも、黒いあの子に全て押し付けて隠れた卑怯者」

「シズクは一体?」

「あの子は、悠矢への思い。私たちの一番大切な思いよ」

「思い? 何言っているの? それに、どうやってこの世界に? だいたいシズクは確かにこの世界にいる。思い、なんて形のないものじゃないわ」

「……黒い蛇との戦いの中、みことは悠矢の声を聞いた。寂しく悲しく悲痛な声だった」


 氷に包まれた日、悠矢は空の向こうの誰かに向かって叫んだ、ユウの夢の記憶だ。


「その声が、私達に悠矢への思いを呼び起こした。思いそのものであるあの子は特に。そして私達から零れ、私達の世界の空を超え、ここに辿り着いた。そしてこの世界で、悠矢への思い、悠矢のみことへの思い、みことの命に触れる力、この世界の思いを形にする力が出会い、あの子を人にした。あの子はみことから零れ落ちたあなたへの思い――雫」

「――シズクが悠矢への思い? なら。きみたちは一体?」

「みことからシズクが零れるとき、黒いみこと、白いみこと、それぞれの思いも少しだけ混じったの。私達はただそれだけの存在」



 ――十年前。エンジェックスに強い衝撃があり、マリアはそれを調査しにいった。


 そこで、大きなクレーターと、その真ん中に立つ少女を見つけた。それがシズクだった。


「――悠矢」

  彼女はそう言った。



「――滅びがまた始まるの?」


 マリアが訊いた。プタハはリタリースが、〈黒い蛇を纏いし者〉に対抗するために作られた施設と言っていた。彼女にとって、何よりも大切なことなのだろう。


「わからない。でも、悠矢がくれた思いがみことを強くする。きっと、みことは負けない」


 みことは、ユウに笑いかける。


「……ユウ、私と黒いあの子はもう消える」

「消える? 一体どういうこと……?」

「私達はシズクについた小さなカケラなの、もう力が残ってないわ。……だからってわけじゃないけど、お願いを一つ聞いて欲しい」


 ユウは静かに頷いた。


「シズクはこの世界で人になった。だから、あの子に私達が叶えられなかった夢を叶えて欲しいの。好きな人と恋をして、好きな人と結ばれ、好きな人と子を作り、好きな人と死んでいく……。そんな普通の幸せ叶えて欲しいの」


 それは、悠矢とみこと二人の願いだ。何度も二人を見たユウにはわかる。


「沢山傷ついて悲しんで怒って、それでもあなたは私を守ってくれた。またお願いするなんて図々しい、わかってる。でも、私が頼めるのはあなただけだから。だからお願い」

「悠矢にとってみことは全てだったんだ。だから悠矢なら、きっと引き受ける。どんなに苦しくても、どんなに悲しくても、どんなに死にたくても。絶対引き受ける。でも俺は悠矢じゃない」


 そう、とみことの目が沈む。


「悠矢としては受けられない。俺にとってもうシズクは大切な人だ。頼まれなくても守る。でもあえて君と約束する。シズクは俺が守る」


 ありがと……。顔を上げ、ミコトが笑い、涙が零れた。


「――まだだ!! 優佳を、お前の力であいつを蘇らせろ」


 イクトが叫ぶ。ミコトは、首を振った。


「なぜだ! お前はさっきアリスを生き返らせた! 出来るはずだ!!」

「無理なのよ兄さん。沙汰さんの魂は、私達の世界、戻るべき器ももうない。それにあの子は……」

「嘘だ!! シズクはこの世界で思いが人になった、と言った。なら体がなくても、ここに魂がなくても、出来るはずだ!!」


 ミコトはまた首を振った。イクトは残った手で地面を殴り崩れ落ちる。ムラクモを失った彼には、みことと戦う手段などない。それに、力の差がありすぎる。


 もう終わり、みことはそう言ってユウに抱きついた。


「あなたは悠矢じゃない、わかってる。でも、でもこのままでいさせて、お願い……」


 ユウはみことを優しく抱きしめる。みことは顔を上げ、ユウにキスをした。


「好きだよ、悠矢」


 みことから伸びる白い蛇が先端から灰になる。蛇が全て灰になると、みことの髪が銀に戻った。胸の奥が締め付けられ、悔しくて、悲しい。ユウの涙が止まらない。きっと、彼の中の悠矢が泣いているのだ。


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