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1部 シズク 6章 世界と時を超え、少年と少女は何を手にする §3 ①

 蛇たちは地上に降り立ったみことと対峙するユウを見たまま宙で固まっている。騎士の怒声が遠くに聞こえるのに、二人だけ別空間にいるようだ。すぐ傍に、イクトが振るっていたアメノムラクモが地面に突き刺さり輝いていた。


「――みこと、なのか?」

「ふふふ。みことはみこと。みことのここ刺して、殺したこと、思い出した?」


 ミコトは自分の胸を両手で押さえ、ユウが小さく頷いた。


「いいの。許してあげる。悠矢はみことのだから、少しずつ思い出せばいいの」

「……シズクをどうした?」

「煩い! ……なんであの子なんかのこと聞くのよ!! みことのこと忘れているんだから、あの子のことも忘れてよ!! 悠矢はみことのことだけ考えてよ」


 ユウは彼女を責めるように、じっ、と見る。


「あの子はもう消えた。もうどこにもいない。ユウさん、ユウさんって、みことの中で泣いてたよ。あはは。あの子だけ悠矢と一緒だなんて駄目。みことが一番頑張ったんだから!」


 ユウは地面に突き刺さったアメノムラクモを手にした。


「……ゆう……や? 悠矢も? 悠矢もみことのこと嫌いなの?」


 蛇達が鳴き出す。


「みんな、嫌い。あの子も、悠矢も……。みんな、みんないなくなっちゃえ!!」


 数百の蛇がユウに襲い掛かかり、次々なぎ払われ、次々と灰になる。


「あれが宮本の力か。だが、それじゃぁいつか力尽きるだけだぞ、悠矢」


 腕を押さえイクトが呟く。さらに数千の蛇がユウを襲う。


「あんな数、いくらあいつでも防ぎきれるわけな――」

「――あぁぁぁぁぁ!!」


 剣を片手で持ち、ユウが叫ぶ。すると、もう一方の空いた手が光に包まれ、そして金色のアメノムラクモがもう一本産まれた。ユウは両手の剣を振り回し、蛇を乱れ切る。


「なんだと、あいつは、何代もの上乃宮が千の時をかけ磨き上げ産みだしたあれを産み出したのか? なぜだ。なぜそんなことが出来る? あいつは一体……」


 襲い掛かる蛇を全て消滅させたユウは、出来た隙を突き、ミコトに飛び掛った――。


 ――生きて。

 ――君と一緒に生きて、一緒に死にたい。


 みことと悠矢、二人の声が頭に響き、胸が締め付けられる。どれだけ、俺はあの子のことを思っていたのか。……それでも、俺はユウだ。悠矢じゃない。産み出した方の剣を投げ捨て、残った剣を両手で握り、振りかぶる。そしてみことを切り付け――。


 ――駄目! 


 頭に声が響く。シズクの声だ。振り降ろす剣を強引に止め、腕の筋が悲鳴を上げる。


 急に動きが止まったユウを蛇が襲う。ユウは飛び上がり、後方に回転し、距離を取る。


 ――ユウさん。この子は寂しいだけだから。だから優しくしてあげて。


「シズクなのか? それに、優しくって一体……」


 ――この子もみことの一部、だから悠矢さんの声なら、きっと届くから。


「悠矢? 俺には記憶が……」

「ユウさんの体が戦い方を覚えているみたいに、心が覚えているよ。悠矢さんはみことのことが大好きだったんだから。だから絶対大丈夫だよ――」

「ずっと一緒にいてくれるって、約束したのに。なんで、なんでよ」


 みことが震えて、泣いていた。怒った、拗ねた、悲しんだ、喜んだ、笑った……いくつもみことの顔が浮かぶ。ずっと一緒、祭りの日の嬉しそうで悲しい笑顔が浮かんだ。


「みことーーーー!」


 ユウは叫ぶ。ユウの中の悠矢が、彼の記憶がさせたのか、気づいたら叫んでいた。みことと蛇が止まった。


「今だぁーー!!」


 なんとか騎士を蹴散らしたアーティが駆けつけ、戦況を見守っていた。手を出す隙もなかったのだ。チャンスを逃すなと叫んだのだ。だが、ユウは剣を投げ捨てる。


 何してるんだ、とアーティが叫び、イクトも驚嘆する。


 切り取られた過去が次々と映し出された。繋がらないままだ。でもわかる。悠矢もみことも戦いを望んでいない。二人だけじゃない、ユウもシズクも、きっとあの子もだ。


 丸腰で、ユウはみことに向かって歩く。ただ、歩いた。


 来ちゃだめ、震える声で呟き、海に沈む様に、みことは黒い蛇達の中に沈み姿を隠す。


 ――ゆう……や。


 ゆっくり進む。


「駄目! 来ちゃ駄目なの!!」


 みことの声が響く。彼女の言葉と裏腹にユウの歩みに合わせ黒い海が割れていく。


 ――悠矢。


「来たら、駄目ぇ!! 悠矢……悠矢が死んじゃ……う」


 嗚咽が漏れた。割れた黒い海から蛇がユウに飛び掛かり、左腕の肉を食い千切る。


 止まらない。蛇が飛びかかり、腕、太腿、腹、肩……次々食い千切る。でも止まらない。


 そして、ユウはミコトの前に立った。立っているのが不思議な程血を流し、ユウの目には、ぼやけたみことしか映らなくなっていた。


「待たせたな、ごめん――」


 呟いたのはユウか悠矢か。みことは顔を上げ、泣きじゃくりながら、頷いた。


 ――ずっと会いたかった。


「もう大丈夫だから」


 ユウの体から力が抜け、みことに寄りかかる。悠矢、悠矢、と彼女は何度も呼びかける。


「だ……いじょうぶ、一緒……にいる……から、泣かないで、みこと」

「うん、わかってる。一緒だよ。約束だから……」


 ――ずっと一緒に、私たちの約束。


「みこと……」


 ユウの全身から力が抜け、全ての重さがみことに掛かった。


「ゆう……や? だ……め……、だめ、だめ。もう一人は嫌。ずっと一緒にいるって約束したよ。悠矢、悠矢、悠矢、ゆうやぁぁぁ……」


 ――悠矢は、私が守るから。


 みことが白く輝き、空に白い光が伸びる。マリアの結界と黒い雲を貫いた。雲に大きな穴を開き雨が止む。結界がガラスのように割れ、破片が虹を幾つも造りながら、降り注ぐ。


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