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1部 シズク 6章 世界と時を超え、少年と少女は何を手にする §2

 ユウが眠っていた洞窟の近くに、百を超す騎士が三重の円となっている。中にいるものを逃がさない、何かあれば必ず殺す、そのためだけの陣だ。二百もの目が全て中に集中し、緊張ている。その真ん中には服が破れ傷だらけのシズクが倒れている。周囲が所々と赤い。その前に、イクトが立っていた。


「悪いが君には用はないんだ。とっとと、みことに戻ってくれないかな?」

「あの子は駄目! あの子の心は憎しみに囚われてる。世界を喰らい尽くす程の憎しみに」

「どうでもいいなことだな。どうせ目覚めるんだ早くしてくれないか? 出来れば、悠矢が来る前に終わらしたいんだ――」


 とイクトがみことに何か投げ、目の前に落ちた。


「これ……。ひっ、腕!?」


 それは、肩からもぎ取られ、所々と食い千切られている腕だ。


「アーティのだ。きみの蛇が食いちぎったんだぞ。あいつも可愛そうなやつだよ。折角狂わしてやったのに、それでも君を守ろうとして、君に拒絶され、腕を無くすなんてね」

「狂わしてやったのに? あなたがアーティを……」

「そうだ。黒い蛇を憑りつかせてやったんだよ。どういうことかは、わかるだろ?」


 なんでそんなことを、とシズクは睨み呟く。確かに今のシズクにはよくわかる。体の底でずっと黒い蛇が蠢いているんだ。これに囚われて普通でいられるはずない。これに囚われて、それでも自分のことを守ろうとしたなんて、信じられない。


「みことを目覚めさせるためだろ。〈黒き者〉の目覚めに必要なのは絶望と恐怖だ。アリスにしたかったが、あいつは隙を見せなかった。それに、あいつの意志は強すぎる。だからアーティにしてやったんだよ。お前も見ただろ? いい具合に嫉妬で狂って面白かったぞ」

「嫉妬?」

「ユウへの嫉妬だ。あいつは愛しのお前と、仲良くなるユウに嫉妬していたのさ。それでも、お前が選ぶならと耐えていたが蛇に食わせてやったんだよ。いい具合に壊れていったよ。あいつが狂ったのはお前のせいだ、シズク。お前と会わなきゃあいつは狂わなかった」


 私のせい、と体を震わせるシズクの前に騎士達が何か投げ捨てた。人だ。ごとん、となり、首だけ、ごろ、っと回った。その顔は、アリスだ。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ、あぁぁぁぁぁ、あぁぁぁ……」


 シズクは尻餅をつき、自分の頭を両手で押さえ、叫んだ。イクトが、シズクの髪を鷲づかみにし、彼女の顔をアリスの顔に押し付けると、アリスの頬が、ずる、っと剥けた。


「私のせい? 私の……」


 シズクがアリスを抱きしめる。アリスの腕、体が、ぐちゃぐちゃ、と鳴る。シズクの銀の髪が宙を漂う。


「そうだ。お前がいなければアリスは死ななかった。お前がいなければな。でもな、これで終わりじゃない。お前が俺を憎み、絶望してみことに変わるまで、お前の大切な人も場所も全部壊してやるぞ。こいつみたいにな!!」


 そう言い、イクトはシズクからアリスを引きはがし、地面に叩きつけ、顔を踏みつけた。


「やめて、もう、やめて、やめてください!! 何でもするから、もうやめて……」


 イクトはシズクの髪を掴み持ち上げる。


「何もしなくていい。ただ絶望しろ! 憎め! 恨め! 急げ、どんどん大切な人がいなくなるぞ。そうだな……。次は、君の可愛いい後輩のカツ? いや、ナミか……。そうだ、二人供にしよう。それがいいな。可愛そうだなぁ、あんな子供なのになぁ」

「なんで、なんでよ……。私、何もしてない、のに……」


 シズクの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。


「お前が存在するからだよ。村のやつ全員の首をお前の前に並べてやる。それから一つずつこうやって潰してやるよ」


 イクトは足を上げると、アリスの頭を勢いよく踏みつけた。べき、と彼女の頭が割れて壊れた。


 ぷち、聞こえ、シズクの髪が一瞬で黒く染まり、蛇になる。毛髪、一本一本が苦しそうに怒り宙を暴れているようだ。そして、金切り声をあげ始めた。


「いやぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー……」


 叫び声と供に、黒い光が空に伸び、雲を突き破る。そこから黒い雲が広がり峡谷を覆い、雨を降らす。雨はすぐ、地面を打ち鳴らした。


 それを囲む騎士達がどよめいた。悍ましさは一度見たとか関係なく視線を引き込む。


「あいつだ! あいつが世界に仇名す〈黒い蛇を纏いし者〉だ! 殺せ! 殺すんだ!!」


 イクトが叫び、騎士達が一斉に魔法を放つが、蛇が宙で全部飲み込む。雨の中をいくつも金色の閃光が走る。イクトが、黒い蛇を討つための剣アメノムラクモを空に掲げたのだ。


「――そんなにみことに会いたかったの? お兄ちゃん」 


 そうだ、とイクトはミコトに剣を向け、一直線に跳ぶ。妨げようと蛇達が塊り壁になる。だがムラクモは関係なく突き破る――。

だが剣はみことに届かない。イクトの両腕、両足が蛇に絡まれ止められたのだ。


「この程度で!」


 イクトは、手首だけで剣を回し、両手両足に絡まった蛇を切り裂き、地面に着地した。口の端から血が漏れて垂れる。イクトはまたミコトに剣を向け跳び上がった。


「お兄ちゃんじゃみことに届かない。弱すぎるの」


 数百の蛇が、全方位からイクトに襲い掛かかる。イクトは必死に蛇を払うが、多すぎる。ムラクモに命を吸われるイクトは、すぐに力尽き、落下した。すぐに立ち上がり、また、みことに向かって跳ぶ。だが、また蛇に襲われる。


「悠矢、悠矢はどこ?」


 イクトへの興味を失ったみことが辺りを見回しユウを探し出した。彼の匂いを感じたのだ。


 ――かちん、と剣が岩に突き刺さる。イクトが剣を杖代わり立ち上がったのだ。片腕が、ぶらん、と垂れている。肩の肉が半分ほど食われている。


「みことぉぉぉ!」

「しつこいなー。お兄ちゃんはもういらないの」


 蛇達が一斉にイクトに襲い掛かり、彼の姿が見えなくなる。避けられなかったはずだ。だが、襲いかかった蛇達が、きょろきょろ、とする。イクトがいないのだ。

悠矢ぁ、そう言ってみことが空を見上げる。イクトを抱えるユウが跳んでいた。


 着地したユウはイクトを降ろす。すぐにマリアとアーティが騎士を蹴散らし駆けつけた。


「なんでそんなやつを!!」


 アーティが、ユウを責める。イクトも、なぜだとユウを見る。


「シズクもみことも、あなたに死んでほしくないはずだ……」


 そうか、とイクトは呟く。そして、無事な片腕を上げ、辺りの騎士達に向かって大声で、


「こいつらだ! こいつらが……あの化け物をかくまっていたんだ。殺せ!」


 騎士達の怒声が響き、三人も騎士たちの標的になり、銃口が向く。


「――邪魔させないわ」


 マリアが祈り、歌う。か細く透き通った悲しい声で奏でられた歌が魔法陣となり、結界を描き、シズクごとユウ達を包む。だが結界の内側に入った騎士達がマリアに襲い掛かる。


「俺が抑える。お前はシズクを!」


 アーティが構え、迎え撃つ。死ぬな、とユウは呟いた。


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