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1部 シズク 1章 止まった時が回りだし、 §2 ②

 落下の中、アリスは首を振り、目玉をめまぐるしく動かし、シズクを探す。そして一緒に落下する瓦礫の隙間からほんの二メートル先に彼女を見つけた。


「シズク!!」


 叫ぶが、気を失っているのか何も反応がない。間違いなくあれはシズクだ。手を伸ばすが届かない。ほんの二メートル程度の距離も落下の中では遠すぎる。


「起きなさい、シズク……お願い、このままじゃ……」


 このまま底に落ちれば助からない、遠すぎる目の前のシズクに必死に手を伸ばす。


「あの子だけは……神様……」


 アリスの目から涙が、こぼれ、宙を舞う。

 涙は、一緒に谷に投げ出された少年の頬で弾けた。また彼の目が開く。


 少年は右手を空に掲げる。洞窟の中と同じように大気に漂うフェムト粒子が一斉に強い光を放ち、谷中を照らす。そして右手に集まってくる。


 光り輝く少年の手が振られ、光が伸び、宙に一筋の線を作る。そこにシズクがいた。光はシズクに巻き付き、少年が腕を引く。あっという間にシズクは少年に引き寄せられた。


「あいつ何する気」


 アリスが零すが、すぐ首を振る。シズクを助けてくれるなら誰でも何でもいい。

 少年がまた手を振る。次はアリスにめがけてだ。彼女も少年に引き寄せられた。二人は一緒に少年の両肩に担がれる。


 少年はアリスごと腕を空に掲げた。すると。光が三人を覆う。光は空気を包み込み、急激に落下スピードを落とす。光が消えると、見たこともない乗り物があった。鏡の様に輝く大きな三角形の骨組とその間の布でを翼にして、それで風に乗り空を飛ぶ乗り物だ。少年は骨組から伸びたこの乗り物を制御するためと思わしき棒を握っていた。

 

「あれは何だ? ……あれで風に乗ろうとしているのか。だが都合良く風が吹くはずない」


 光に照らされ、もう一度谷を覗き込むアーティが呟いた。


「……それなら、俺が起こしてやる」


 アーティは両手を広げ、目を瞑り、唱えた。両手が白い螺旋に包まれる。両手を素早く動かし宙に何か唱えながら描いていく。宙に大きな二つの魔法陣が構築された。


 それぞれの中心を両手で貫く。すると、魔法陣が砕け、風で出来た白い鳥が二羽生まれた。


「はぁぁ!!」


 アーティの掛け声に合わせて翼を羽ばたかせ、谷底に向けて鳥は滑空する。あっと言う間に三人を追い越した。


「やぁぁ!!」


 アーティが叫ぶと、鳥たちが谷底まで飛び、地面にぶつかり、風に戻る。風は空に向かう突風になった。谷底からの突風は少年の翼を載せて、一気に三人を空に舞い上げた。


「きゃぁぁぁぁぁ」


 アーティの前をアリスの叫び声が吹き抜ける。


「ア、アリス? ……や、やり過ぎたか?」 


 空を見上げるアーティは、額に冷たい汗を垂らしながら呟く。三人はあっとうまに雲に飲み込まれ、姿を消した。


「う、うーーん……」


 頬に突き刺さる冷たい風と、全身を包む轟く音で、シズクは目を覚ます。その目に、広がる白い綿の海と、低い空が飛び込んできた。


「な、なに、これ……」


 夢の続き、そう勘違いするほど、幻想的な光景だった。冷たい風にさらされる顔と違って腹部が不自然に暖かい。見るとシズクは少年に担がれている。


「ななな、なんでーーー!!」


 恥ずかしさで顔が熱くる。ここから離れようと手足をばたつかせる。しかし、少年は、いままでと同じに無表情で、何の反応もしない。担ぐ力も強く、びくともしない。


「う、動かないで、シズク!!」


 少年を挟んでアリスの叫ぶ声が聞こえる。シズクの反対側で、少年にしがみついていた。


「お、落ちる、落ちるから、動かないで!!」

「落ちる?」


 シズクは眼下の白綿を見る。あそこに飛び降りると気持ち様さそう、そんな風に思った。


「ちょっと浮いているだけだよ。そこに地面あるよ?」

「地面じゃない!! あれは雲!! 雲なの。ここは雲の上なの!!」

「雲? 空の? あの白いのが? ……乗れる?」

「絶対乗れない!! 絶対動かないで、落ちたら地面まで落ちるの、絶対死ぬわ!!」

「へー。そうなんだ。ここ雲の上なんだ……」


 必死なアリスの言葉などどこ吹く風と、シズクは目を見開き、辺りを見回す。


「雲って乗れないんだ、それに空に近いんだ……。すごい! すごいよ!! アリスちゃん!! わたしたち飛んでるんだよ!!!! 凄いよ!!!!」


 興奮し、体を仰け反らせ、目いっぱい動かし見回す。反動でシズクたちが揺れる。


「動くなって言ってるでしょ!! それに、なんで、嬉しそうなのよ!!」

「あーー!! あれ見てアリスちゃん」


 シズクが指す先に雲に割れ目がある。そこからエメラルドの輝きが地上に広がっていた。


「見ない!!」


 見ーーてーー、とシズクは少年を揺ごと、アリスを揺らす。


「み、見る見る見る見る。見るから揺らすなーー!」


 アリスはしぶしぶ、震えながら、シズクの示す場所に目をやった。


「あの方向に、あの大きさ、……きっと、海ね」


 エメラルドは地平線の向こうまで伸び輝いている。


「あれが……うみ……」

「そう。あんたオリードから出たことがなかったわね」


 興奮状態のシズクは、草原、雪原、夕焼けに焼けた空……目に映る景色について、立て続け様に何度もアリスに訊いた。アリスは叫び、文句をいいながら、でも優しく答えた。


「――じゃぁ、私達の村はどこなのアリスちゃん?」

「村? それは……」


 丁度、雲の割れ目が真下にきた。彼女はそこから地上を見下ろす。連なる焦げ茶の山々、それは遠くの景色と異なり、地上に引っ張られる感覚をアリスに抱かせる。今いる場所が空高くだと彼女に思い出させるのには十分だ。


「い、いやーーー!!」


 思わず少年にしがみ付く。その反動で翼が傾き、大きく旋回を始める。


「なに、なに、なんなの、あんた何したの?」


 焦るアリスは少年を強く揺する。だが反応はなく、傾きがより大きくなり降下し始めた。


「あ、あんた、喧嘩売ってんの――?」


 少年を強く引っ張り、抗議を強める。


「駄目!! その人怪我しているし、それにアリスちゃんが揺する度に酷くなっているよ」

「え……。う、うん」


 離すと、手に滑りが残った。血だ。少年を掴んだ手に血が、べっとり、ついていたのだ。


「これ……」


 少年の背から首に垂れた血が襟まで汚している。それにわずかに見える服も背中が焼け破けている。手についた血の量から察するとかなりの出血だ。


 おかしい。あれだけの爆発にも関わらずアリスもシズクも無傷なのだ。爆発を妨げるものは何もなかった。二人に向けられたにも関わらずだ。急に、少年の顔が青くなっている気がした。

彼らは大きく旋回しながら、雲の中を抜け、より速度上げ、降下していた。


「あれ!!」


 シズクが前方を指して叫ぶ。前に三十メートルは超える大岩が突起している。このままいけば衝突だ。今の速度だと、怪我を抱える少年とシズクじゃ無事でいられない。


「シズクをお願い!!」


 そう呟くとアリスは腰から抜いたナイフで、少年と自分を繋ぐ縄を切る。少年の肩を踏み台にし、前方に大きく飛ぶ。それで翼が少し上を向き大きく風の抵抗を受け減速した。


「アリスちゃん!!」


 後ろから聞こえるシズクの叫び声を無視して、アリスは木槌を持つ両手を強く固く握り、足に届くほど大きく背をしならせる。小さな魔法陣がいくつも宙に描かれ、弾けて消える。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 固くした両手を岩へ振り下ろす。動きに合わせ、いくつもの魔法陣が空で輝き、ほうき星の煌めく尾のように空に橋を作った。そして岩へ握った両手が振り下ろされた。

岩を撃つ寸前、一際大きな魔法陣が描かれ、そして岩の上半分が粉々に吹き飛んだ。


「アリスちゃーーん!!」


 落ちていくアリスを掴もうと、シズクが手を伸ばす。だが、届くはずがなく、アリスはそのまま落ちていく。彼女は、大丈夫、とシズクに笑顔を向けた――。


 アリスが破壊した激突するはずだった岩の上部を通り過ぎ、少年とシズクは小さな林に突っ込む。まだかなりの速度だ。いくつも木々をなぎ倒して、二人は地上に落ちた。


「いたたたたた。だ、大丈夫ですか?」


 シズクの下に少年がいた。すぐに体を起こし離れる。


 今までと同じように何も反応がない。彼から血が流れ、みるみる地面を赤く染める。少年の体を起こすと、背が焼けただれ、血が、どろどろ、と溢れ、地面に流れ落ちていた。


「なんでこんなに……。もしかして……」


 シズクも気づいた。自分に傷一つない、きっと少年が庇ってくれていたのだと。


「なんで? ……私をずっと呼んでいたのは、君?」


 シズクは、少年の顔を撫で呟いた。


「駄目って言われている……でも、このまま放っておけない」


 そう言うと、シズクは目を閉じ、祈るように胸の前で両手を組んだ。


 木々は騒めき、それが収まると、静寂が広がる。その中で銀の髪が宙に漂っていた。

大気から水が滲み、やがて水は大きな水泡となり少年を包む。その中で少年は浮き上がり、背から流れる血が水に溶け、水泡をくすませる。


 静かなときが続き、突然水泡が破裂した。少年が投げ出され、地面に落ちる。少年は、服こそボロボロだが、肌の火傷も傷も痕跡がまったくなくなっていた。


 シズクは、両膝と両手を大地に着き、肩で息をしていた。額に、腕に、うなじに汗が浮き、銀の髪を汗が伝わり、ぽとぽと、と地面に零れ、水たまりに小さな波紋がいくつも描かれていた。


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