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1部 シズク 6章 世界と時を超え、少年と少女は何を手にする §1

 ――約束は、生きること、だった。でもあの時の俺は彼女と死にたかったはずだ。こんなにも悲しい、こんなにも悔しい。涙も出そうだ。なのに、冷めた心がある。思いもこもらない。生きるさ、生きるに決まっている。悔しくもある。でも、でもだ、俺が生きたって、二人の約束は叶えられない。俺は悠矢じゃない、悠矢の記憶と悠矢の思いがなければ悠矢じゃない。俺が守りたいのは――。


「――ユウ」

「マリアさん?」


 ユウは、自分の部屋にいた。マリアにプタハ、それにアーティがいるけど、いつも一緒だったシズクとアリスがいない。アリス? ユウの目に彼女の遺体が映る。


「アーティ!! お前、一体何したんだ!」


 ベッドから降り、アーティの胸倉を掴み引っ張り倒し、怒鳴りつける。


 俺が悪い、俺がアリスを殺したんだ、と震えるアーティをプタハがたしなめる。


「黒い蛇に呑まれると、嫉妬、恨み、妬み……を膨らまされ支配されるのだ。膨らんだ黒い心が蛇により強い支配力を与える。そして、心が壊れ、蛇の思うままとなる。強くても、優しくても同じなのだ。人じゃ抗えない。だから、お前のせいじゃないじゃないのだ」


 それでも俺が、と自分をアーティは自分を責める。


「……すまない。腕は大丈夫か?」


 彼を責めても意味がない、それは分かっていた。なのにそうせずにはいられなかった。


「大丈夫だ。これが俺の弱さだ。それに腕ごとあいつを剥ぎ取ってくれなきゃ、俺はここに戻ってこれなかった」

「――ユウ、彼女はみことなの?」


 マリアがユウに訊く。


「……違う。本当にあれがみことなら、きっと全員死んでいた」

「どういうことだ? あれは君のことを知っていた」

「〈黒い蛇を纏いし者〉は、世界を滅ぼすほどの力を持っているのだ。言ったのだアーティ。人があれに抗うことなど出来ないのだ」

「ユウは? 〈無矛盾律なる者〉、あれはあいつと戦えるんでしょ!」

「……確かにユウはミコトの〈無矛盾律なる者〉よ。でもそれ自体に力があるわけじゃないの。あれは、堕ちた者が守りたい人だったときの思いと蛇に囚われた憎しみ、二つの矛盾、その矛盾を無に帰すため〈黒い蛇を纏いし者〉に自らの死を迫る、卑劣な手段」

「なんだと……。ならユウは一体何なんだ。こいつはあの子と互角に戦っていたぞ」

「この子は例外。〈黒い蛇を纏いし者〉に対抗しようとしたのは私達だけじゃない。〈黒い蛇を纏いし者〉と戦える〈無矛盾律なる者〉を産み出すことと、滅することの出来る武器を産み出すこと、それが揃うまで蛇を封印すること。それが彼の世界の戦いよ」

「封印だって、そんなことできるのか?」

「目覚めに必要なのは宿主の世界への絶望と憎しみよ。蛇を親から子に継ぎ、一つの一族に縛り世界との交わりをできるだけ少なくすることで避けてきたようね。でも、それじゃぁ、いつか終わりが来る。〈黒い蛇を纏いし者〉は世界の絶望を吸収し続けるから。いくら逃げたっていつか目覚めるの。どんなにゆっくりでも積み続ければいつか崩壊する。それでも彼女達は千年ものときを生み、戦士と武器を産み出し、滅びの連鎖を止めたの」

「……あなたは一体何者だ?」


 ユウは、ずっと黙っていた疑問を口にする。


「秘密、ってわけにはいかないわね。……私とプタハ義姉さんは、ユウと同じよ。私達の世界も蛇に滅ぼされ。いつかあの蛇を滅ぼそうと研究を続けてきたのよ。ユウ、私達は本当に滅んだのかが知りたいの。あれは、あなたの世界が生まれる遥か昔から生き、幾多の世界を滅ぼしてきたの。あなたが戦ってから百年も立っていない、もう終わったと、考えても大丈夫なの?」

「……そんなの、わからない。でも俺があの子を剣で刺し、殺した夢は何度も見ます」

「大事なことよ。少しでも多くの情報が必要なの、何でもいいから思い出して」


 ユウは、幼いときの、守り人になった祭りの日の、みことが目覚めた日の、最後の日の、ユウが氷に囚われた日の記憶を話した。


「――イクトさん、あの人は何なんだ!? みことの兄さんって、シズクの兄さんってことだろ? 一体何の目的であの人はシズクを!?」


 思い出し、怒りが湧いてきたのか、アーティは残った腕で壁を叩く。


「わからない。俺にもわからない、あの人は最後まであがなっていた。愛した人を失ってそれでも最後まで戦っていた、なのに一体あの人は何を……」

「愛した人」


 マリア達は、黙りユウが続きを話すのを待つ。


「沙汰優佳、彼女は初めて目覚めたミコトに食われて死んだ」

「な、食われて……」


 アーティが驚き、言葉を失った。見開いた目を薄める。


「いくら考えても一緒ね。埒があかないわ。本人たちに聞くしかないわ」

「えぇ。行きましょう、シズクの元へ」

ユウが答えた。それぞれの思いをある。でも今はシズクを助けることが先決だ。もっと情報が欲しい。だが、これ以上はここにない。もう進むしかない。

「――待つのだ!」


 プタハが三人を呼び止める。


「行って何する気なのだ? 小さくてもあれは〈黒い蛇を纏いし者〉なのだ。一度目覚めたのだ。完全に目覚めるのも時間の問題なのだ。シズクを殺せるのか? マリア、シズクを娘に重ね、今もあの子を忘れられないでいるお前に、シズクを殺せるのか?」


 マリアの目が沈む。


「アーティ。黒い蛇は思いを暴走させ人を狂わせるのだ。あくまでもお前の中にあった思いが暴走したということだなのだ。お前にシズクを止められるのか、なのだ」


 言う通りで返す言葉もない。だが彼は、けじめをつけたい、それだけだ。


「ユウ。お前は、自分の過去を受け入れるのを拒否しているのだ。あの子を手にかけたことが耐えられないからじゃないのか。お前に、シズクとみこと、二人を手にかけられるのか、なのだ?」

「……わからない。でも考えたって答えなんか出ない」


 夢の中の二人は必死に生きていた、それは知っている。でも過去なんて今は関係ない。ユウにとってはこの村の生活が全てだ。短いけど、ずっと一緒にいたシズクとアリス。アリスはもういない、だからシズクだけは絶対守らなきゃならない、ただそれだけだ。


「シズクを助ける、それだけだ」


 マリアとアーティも頷く。


「先延ばしなだけのだ。決める覚悟を持つのだ。シズクは、エンジェックスの中腹……ユウ、お前が眠っていた洞窟の入り口近くにシズクはいるのだ」

「……義姉さん。村を」

「あぁわかっている、特別なのだぞ」


 三人はシズクの元に向かって駆ける。


「……ユウ。シズクはお前の夢、いや、お前の思いなのだぞ――」


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