1部 シズク 5章 黒い蛇が少年と少女の思いを貪り食らう。§3 ②
――何度も夢を見た。
私の頭から生え自分の意思と関係なく、人々に襲い掛かる蛇たち。蛇たちは、辺りの人間、誰彼かまわず襲い掛かり、食らう。噴き出す血飛沫が私を赤く染める。目の前で、友達を貪っていく。彼らは私に、憎しみを、許しを、怒りを、恐怖を、絶望を突きつけた。
誰か殺して……。
そう願うと、みんなが私を殺そうとするようになった。銃弾、砲弾、炎が私を襲う、でも全部、私から蛇が伸びて食べて、私には届かなかった。
「――シズク!!」
ぱちん、とシズクは頬を叩かれ我に返る。アリスが頬を叩き、両肩を掴んで呼んだんだ。
「アリス、ちゃん……? ……私、アーティの言うとおり……」
シズクは泣いていた。我慢しようとしても止まらない。
「そんなわけない!! もしそうだったとしても、あなたはシズクよ。ユウも同じよ」
「アリスちゃん、ユウさん……」
アーティがゆっくり力なく手を叩く。
「ははははは。友情だな。感動したぞ」
アーティが嘲笑し、アリスが睨み付ける。
「でもな、ユウがシズクを受け入れるだと? 世界の平和のために愛しのみことを殺したやつが、世界に仇名す〈黒い蛇を纏いし者〉を助けるわけねぇだろ!!」
ユウさん……、シズクは自分の胸を掴み、ユウの名を呟く。
「俺は世界なんてどうでもいい、シズクぅ、お前さえいればいいんだよぉ。一緒に来いよぉ。お前が望むなら世界なんて滅ぼしてやる――」
「――うるさいのよ!」
アリスが、木槌をアーティに振り下ろす。未だ彼を信じる彼女のそれは全力じゃない。それでも、彼じゃ受け止めるのは不可能だし、避けるのも難しいはずだ。
だが、彼はアリスに飛び掛った。顔面を片手で掴み、地面に投げ付ける。彼女は地面で二度弾み、アーティが歪んだ笑みを浮かべた。
「アリスちゃん!!」
「お邪魔虫は消えたぞ、シズク――ん?」
アリスがアーティの足にしがみ付き、シズクの元に行かせまいとしている。
「邪魔すんじゃねぇよ!」
アーティはアリスごと足を大きく振り、吹き飛ばす。彼女は地面に転がるが、まだ、と立ち上がる。アーティは片手で彼女の胸倉を掴み持ち上げると、何度も顔面を殴りつける。アリスは力が抜けていくが、それでも手を伸ばし彼の服を掴んだ。
「離せ! ガキがぁ!」
アーティが、アリスを殴り、掴んだ服と一緒にアリスを吹き飛ばす。
「アリスちゃん!!」
シズクはアリスに駆け寄り、抱え、アーティを睨みつけた。服が破れ、むき出しになった上半身に、大きな黒い蛇が巻き付いている。よく見ると蛇は彼の皮膚の下で蠢いている。
「ひっ、ア、アーティ、それ何……?」
「こいつ、こいつか? こいつが教えてくれたんだ。本当の俺、本当の世界、本当のお前を。お前は俺と一緒にいるべきなんだと。そうでないとユウに殺されるってな!!」
アーティは、シズクに手を伸ばす。シズクはその手を叩き、近づかないで、と叫んだ。それを訊いた彼は飛び出そうなほどに目を見開き、シズクの頭髪をわし掴みにする。
「この前と一緒だぁ。でも、あいつは来ない。人助けに大忙しだからな!」
「アーティじゃない、こんなのアーティじゃないよ!!」
「言っただろ、これが本当の俺だ、シズクぅ」
髪を引っ張りシズクの頭を上げ、シズクの眼前に顔を出しアーティが言う。
ユウさん、そう言おうとした、でも恐怖で声が出ない。
「――その手を離しなさい! シズクは私が守る。そう決めたのよ」
アリスが叫ぶ。彼女は木槌にもたれ掛かり、足元がふらついている。
「そんなの知らねぇよ!! まともに立つことも出来なくなって何する気だよ!!」
木槌を杖代わりにし、足を引きずって、アリスはアーティに近づいていく。
「お前、もう死ね」
シズクの頭髪を掴んだまま、アーティはもう一方の手を、アリスに向け詠唱を始める。禍々しい力が集まり、手の周りの空気が陽炎のように、いや、金属が溶解するように歪む。
「駄目ぇ!」
ぷちぷちと髪が千切れるのを無視し、シズクはアリスに向けられた腕に噛付いた。
ぐぁ、アーティは腕を振ってシズクを払った。彼女の口の周りが、緑に染まる。シズクは、アリスに駆け寄り、体を支えた。
「シズク、私じゃ今のあいつに……勝てない。時間、稼ぐから、逃げて」
「嫌! アリスちゃんを置いて逃げるなんて出来ない!!」
「違うわ。あんたはマリアとユウを呼んできて。あいつらならきっと……」
「でも……」
このままじゃ二人とも殺されるだろう。彼女の言う通りにするほうがまだ生き残る可能性がある。でも、十中八九アリスが殺される。そんなことシズクに選べるはずがない。
突然、びちゃびちゃ、と液体が地面を弾ける音が響く。アーティが吐血していた。吐きだされた血は緑と黒が混じっている。彼の身体の下に溜まり黒が蠢く。アーティの体から黒い大蛇が皮膚を破り、一メートルほど外界に体を晒し、宙でうねっている。
「ア、アリス……」




