1部 シズク 5章 黒い蛇が少年と少女の思いを貪り食らう。§1 ①
ユウは、起きるやいなや床に嘔吐した。吐いても吐いても止まらない。口の中が胃から上って来た血の味がしても、胃から何も無くなっても、吐き続けた。
銀の髪のみこと、彼女はシズクそのものだ。黒い蛇を纏うみことにシズクが重なる。何度も首を振り、振り払おうとする。そんなはずない、と。俺は、みこと、彼女を守るために生きていた、それなのに、それなのに……。
喉が熱く乾き、ふらつきながら一階に降りる。そこにシズク、アリス、マリアがいた。三人の空気が重たい。今のユウの気持ちが見せているというわけでもない。
ユウに気づいたマリアが声をかけ、シズク達も続く。だが、浮かない表情で苛立っている。
「……アーティがいなくなったみたいなんです」
「あいつ、なに考えているのよ。昨日だって――」
シズクが声をあげ、アリスを止める。
すぐにいつものアーティに戻るから、とシズクはユウ達を口止めした。だから昨日二人はシズクに何があったかも聞かなかった。
「昨日?」
三人ともマリアから目を逸らす。
「……アリス。襲撃してきたアルピートの騎士たちが使っていた武器、あれはアーティが開発中の技術を応用したものよ。内通者の疑いもある。村に危険が迫っているかもしれない」
何が言いたいかわかるわね、とマリアがアリスを睨む。アリスはシズクを一瞥する。
「うん。いいの。わたしが言う。アリスちゃん達にも何も説明してないから」
シズクはマリアに、昨日あったこと説明した。目から出た黒い蛇のこと以外全てだ。確信が持てない、それに言えなかった。
「――シズクが〈無矛盾律なる者〉、ユウがシズクを殺す、あいつがそう言ったの!?」
「俺が、シズクを殺す……?」
また吐き気がこみ上げる。もう吐き出すものはない。胃が絞り上げられているようだ。痛みで、ユウはふら付き、倒れるように片膝を床に着く。黒い髪で蛇を纏うみこと、俺は彼女を殺した。彼女は、きっと、俺が愛したひとだ。俺は愛した人を殺し、また……一体俺は何なんだ。額から汗が噴き出し、床に、ぽとぽと、とこぼれる。ふらつき、掴んだ椅子ごと足を滑らし、大きな音を立てて転んだ。
「ユウさん!!」
「ユウ!!」
シズクとアリスが叫び、シズクは険しい目をマリアに向け、
「アーティの勘違いに決まってます。ユウさんが私を殺すなんてことあるわけない!!」
シズクと、銀の髪になったみことが重なる。俺がシズクを殺す。恐怖で奥歯が震えた。
「あいつ何かおかしかったわ! 別人みたいだった。あいつがあんなことするはずない」
「――アーティは、黒い蛇に憑りつかれたのかもしれないのだ」
いつの間にか部屋にプタハがいる。黒い蛇、その言葉を聞きシズクは震えていた。
「義姉さん? どういうことなの?」
「研究棟のアーティの部屋にこれがあったのだ」
とプタハが紙の切れ端を机の上に置く。そこに、黒い蛇に食われた、と血で書き殴られている。ユウが唾を飲み込み、マリアがそれを裏返す。
「アーティ……」
切れ端の裏に、シズク、守る、と二つの言葉が何度も書き殴られている。
「何があったの!? あんた何か知っているんでしょ、とっとと言いなさいよ!!」
憤りと焦り追われたアリスがプタハを問い詰める。
「……研究棟の地下最下層部、そこに黒い蛇がいる。きっと、あれなのだ」
「義姉さん!!」




