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1部 シズク 5章 黒い蛇が少年と少女の思いを貪り食らう。§0 キオクノカケラ

 耳に突き刺さる轟音が響き、校舎から空に紫黒の光が稲妻のように伸び、雲を突き破った。光柱から黒い雲が空に広がり、空を包む。辺りが暗くなり、黒い雲から大粒の雨が降り始める。俺はグラウンドでそれを見た。辺りの同級生達が騒めいていた。

 

 みこと――。


 俺は校舎に駆け込んだ。


 ――私が私でなくなったときは、あなたの手で私を殺して。


 頭の中を声がめぐる。声を振り払い、階段を駆け上り、廊下を駆け抜け、稲妻の根本、俺たちの教室に向かった。

 

 廃墟だった。そこには、授業、仲間、昼食、談笑、何気ない日常の欠片はどこにもなく、みことだった少女がいて、そこから異常に伸びた髪が宙で蠢いていた。彼女の周りに、天井、壁、ガラス、椅子、それに、腕、脚、頭、いくつもの瓦礫が折り重なっている。

 

 天井に大きな穴が開いている。さっきの光はここからだ。


 蠢く毛髪の先端が割れ、そこから舌が伸びる。髪は一本一本が蛇になり、宙を蠢く。鳴かないはずの蛇が噴気音と一緒に、金切り声を上げた。


「みことぉぉぉーーーーーーーー!!」


 蛇が一斉にこちらを見て止まる。「みこと、みこと、みこと」何度も叫ぶ。喉から血の味がする。


「ゆう……や……」


 駆け寄ろうとすると、蛇達が声を上げ俺を威嚇する。


「ゆう……や……。近、よっちゃ、駄、目――」


 震えていた。雷が部屋を照らし割れたガラスに彼女の姿を映す。


「い……や。いや……。見な、い……で」


 みことの目から涙が零れる。雷の轟きの合間に、獣が肉をむさぼるような音が聞こえた。


「見るな!!」


 見ちゃ駄目だ。でも静止するすべがない。みことが目玉を動かす。それは、彼女から伸びた蛇が、倒れた躯を貪る音だ。


「いやぁぁ、いやぁぁ、いやあぁぁぁ……」


 音を掻き消そうと、みことは何度も叫ぶ。何度も何度も。


「――み、みやも、と……」


 俺のズボンを誰かが引っ張る。沙汰だった。俺は彼女を舐めるように見る。手、腕、肩、腰、そこまでだった。彼女の体はそこまでしかなく、腰に蛇が群がり彼女の体を貪っていた。


「沙汰!! くそ! くそ! くそ!!」


 俺はその蛇を振り払う。振り払っても振り払っても蛇は彼女に食いついてくる。


「ばけもの……」


 沙汰は、みことを指し呟くと、大量の血を吐き、動かなくなった。蛇達が一斉に彼女に食いつき、皮がはがれ、肉を見せる。肉をちぎられ、骨が見える。地獄、俺の頭の中に浮かんだ。そうとしかここを表現する言葉が思いつかない。


「いやぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……」


 目の前で光景か、それとも沙汰の言葉か、みことは嘔吐しながら叫んだ。蛇達も叫ぶ。


「みこと!!」


 蛇の合間を縫って俺はみことに駆け寄り、彼女の苦しみを止めようと抱きしめた。


「あぁぁぁぁ……」


 みことの身体が反り返り、黒い蛇が塵となり消える。教室中に黒い塵が舞う。黒い塵の中で、俺の腕の中のみことの髪が銀色に輝きだした。


 〈白なる者〉の守り子の役目は、世界の悪意から〈白なる者〉を守ること。それと、〈黒き者〉に堕ちた〈白なる者〉を殺し、世界を破滅から守ること。


 私を殺して――。みことを守る、そのためにいる俺の腕の中で彼女が言った。


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