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1部 シズク 4章 黒い影が少年達を覆い、§4

「――待たせたな」


 夕刻、鼻歌を奏でながら広場の椅子に両膝を抱え、座るシズクに、アーティが声をかけた。


「ううん、大丈夫だよ。話って何?」


 シズクは椅子から降り立ち上がり、アーティを見上げる。


「なんか、顔色悪いよ。大丈夫?」

「……少し疲れているだけだ。シズク、場所変えよう」


 いいよ、と二人は並んで歩く、二人の影。アーティの影が一瞬長く細く伸び、歪む。


 向かった先は研究棟の裏、静かで薄暗く、ここに人が来ることはほとんどない。ぬるく重い風が通り過ぎた。


「――俺たちが初めて出会ったときのこと覚えてるか?」

「え? えーと、うーんと、うーん、……覚えてるよ」


 しどろもどろな反応で察しがつく。だろうな、とアーティが自嘲気味に笑みを見せる。


「苦しんでいるやつがいれば、損得なしに助ける。それがお前だ。だからこそ、この村に来たやつは皆お前に癒される。俺も同じだ」

「……少しなら覚えているよ。アーティ、怒ってて怖かったもん」

「姫様を守る騎士になるのが夢だった。でも異端視され終わった。家からも切り捨てられ、全て憎み景色が灰色になり、生きたまま死んだ。でもお前と出会い、また世界が彩られた」

「急に、どうしたの?」


 嬉しくないわけない、でも突然どうしたのだろう、とシズクが訊く。


「……お前は村にいてはいけない。このままじゃ、あいつ、ユウに殺される」

「何で? ユウさんがそんなことするわけない。……何でそんなこと言うのよ!?」

「俺はお前が好きだ、このままお前を放っておくわけにはいかない」

「わけわかんないよ!! それに、わたしはユウさんのことが――」

「そんなことはどうでもいい。どうでもいいんだよ、シズク」


 アーティはシズクの右腕を掴み引っ張り上げる。シズクの眼前にアーティの顔がくる。


「お前を守れるのは俺だけだ。シズク、お前は俺とここから逃げるんだ」


 放して、と振った手が彼の右目を傷つけた。彼が右目を押さえ蹲る隙に、距離を取る。


「アーティ、どうしたのよ!?」


 おまえは俺のものだ、とアーティが立ち上がる。右目から垂れた血が、小さな蚯蚓ほどの大きさの黒い蛇になり、アーティの目の中に戻る。


 今の何、とシズクは後ずさり、助けて、とユウを思う。


 アーティの目が血走り、顔に無数の血管が浮き出る。それぞれがうねり、皮膚の下で何かが這っているようだ。彼はゆっくり、一歩ずつシズクに近づく。

シズクは後ずさりアーティから離れようとするが、壁だ。逃げようと、横に走る。だが、また右手首を掴み上げられた。


「離して、離してよ!」


 空いた手を振り逃げようとするが、その手も掴まれ、体ごと壁に押し付けられる。


「ユウさん……助けて――」

「――シズク!」


 アーティの背後からユウの叫び声が響く。アーティが後ろに気を取られ、彼女を掴む力が緩む。その隙にシズクは手を振り払い、ユウに駆けよる。ユウはシズクを庇いアーティと対峙した。

アーティはユウの肩越しにシズクを見つめるが、シズクは目を逸らす。


「――あんた何やってんのよ!!」


 ユウの後から駆け付けたアリスが、アーティに飛びかかり、胸倉を掴み激昂する。

別に、とアーティは紫の目でアリスを睨み、手を振り払う。彼の目の底に、這いずる何かが見える。それは、黒く、おぞましく、この世を憎むヘドロが蠢いているようで、アリスの足をすくませる。


「何でもない。お前達がなぜここにいる?」

「なぜって……。急にユウが、シズクが危ないって、走り出して。あいつを追って来たら、あんたがシズクに……」


 シズクは驚いてユウを見る。いつも誰かに守ってもらっていた、その後ろ姿を見て思いがよぎった。


「ユウ、お前は何者だ――?」


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