1部 シズク 4章 黒い影が少年達を覆い、§3 ①
滝の麓のような轟音が響きユウは目が覚めた。窓から覗くと、朝早くまだ空が薄暗い。水浸しになった地面の上にシズクが座り込んでいた。ユウは急いでシズクのもとに駆けつける。
彼女は、水で濡れた服が透け、肌にくっ付いている。髪を伝う水滴が朝日に反射していた。
「どうしたんだ!?」
騎士団の襲撃からまだ数日しか経っていない。何事かとユウは辺りを警戒している。
「見られちゃった、てへへ」
ユウを見上げ、シズクがはにかんだ。その顔につられて、ユウも笑みをこぼす。
「……魔法?」
「……ユウさん、魔法を使えるようになったんですよね?」
襲撃の日から、ユウは自由に銃を作れるようになった。体を動かすのに難しいことは考えない。同じように、意識するだけで産み出せるようになったのだ。
「私役立たずだから、みんなの役に立てるように、秘密トレーニング中なのです」
「……俺も、隊長も、シズクがいなかったら死んでいた。役立たずじゃない」
「待つだけなんて嫌、あれじゃみんなと戦えない。私もみんなを守りたい」
「シズクも一緒に戦っている。それにもう十分みんなを守っている」
よくわかんない、とシズクは首を小さく振る。本当だ、アリスだってシズクがいなければどうなっているかわからない。ユウだってそうだ。彼女にふれると、記憶がない不安も、悪夢も、見つけられない自分も、全て忘れられる。ただ、楽しくなる、安心する。
「――ユウさん後ろ向いて下さい」
唐突にシズクが言った。唐突で、ユウは聞き間違ったかと聞き返す。
「服が透けて、恥ずかしいんです!!」
ごめん、と言われるまま背を向ける。背中に固いものが、こつ、と当たった。シズクが、ユウの背中に額を付けたのだ。
「シズク?」
「こっち、見たら駄目です」
……ユウの背に額を付けてシズクは何も言わない。ユウは首を動かし後ろを覗く。
「……今から言うこと聞いても、変な子と思わないで下さいね」
「これ以上は思わないようにする」
ユウが笑いながら答えた。
「失礼です。もう! ユウさんデリカシーないですよ。昔からです」
「昔から? どういうこと――」
「ユウさんと出会ったあの山から、私を呼ぶ声が聞こえていた。子供のときからずっと」
ユウには、意味がわからない。
「ナミちゃんが倒れて、助けるためにあの山に行った。途中で私を呼ぶいつもの声が聞こえたの。声を辿ったらあの洞窟の入り口があって、奥にユウさんがいた」
洞窟で氷漬けになっていた、ユウはそう聞いた。シズクが言うのは、そのことだろう。ただ、そう言われても、わからない。
「ユウさんが村に来て、声が止まったの。毎日聞こえていたのに。それにその声、ユウさんにそっくりなんです。ユウさんとしか思えない」
ユウに答えられることはない、それに信じ難い。なぜ彼女は突然この話をしたのだろうか、不安か、それとも別の理由かもしれない。ただ真剣で、ただ黙って聞くしかなかった。
「……たまに夢を見るんだ」
「ユウさん?」
「シズクが話してくれたからさ、俺も変な話をしようと思って。訊いてくれる?」
シズクが頷き、彼女の魔法で作られた水が消える。一緒に服が乾く。シズクはユウの横にきて、二人は壁を背に並んで座った。




