1部 シズク 4章 黒い影が少年達を覆い、§2 ⑥
「――アリスちゃんが、殺されそうになった!?」
シズクが声を荒げた。訓練所で隊員の解放に精を出すシズクと合流し、隊員たちの介抱をマリアに引き継ぎ、三人は院に帰らされた。そこでシズクに事の顛末を説明する中で、ユウが口を滑らせた。アリスが一人で敵の集団に飛び込み死にかけたことを、喋ったのだ。
「馬鹿! そんなこと言ったら」
アリスの顔が青くなり、ユウに助けられたこと、ユウが銃を作りだしたこと、騎士たちを蹴散らしたこと、早口でまくしたてる。自分が無茶した印象を薄めようと必死なのだ。
「ユウさん、記憶戻ったんですか?」
シズクが、心配そうにユウに訊く。彼は首を小さく振ると、シズクが一息吐いた。記憶が戻ればいなくなるかもしれない。だから安心したんだろう。横でアリスも安堵している。彼女はこのままいけばシズクを誤魔化せる、そう思ったのだ。
「……そうですか。でもユウさんがみんなを助けてくれたんですね、ありがとうございます」
シズクは深く頭を下げる。少しし、がばっ、と頭を上げるとアリスを睨み。
「それで、アリスちゃん? ユウさんが今言った、殺られる、って何?」
目尻が震えている。
「ぜ、全然、たいしたことないの。こいつ大袈裟なのよ。馬鹿だから」
「あれが? 敵の注意集めながら二百人はいる敵に一人で突っ込む、って自殺行為だよ」
なんで言うのよ、とアリスはユウを睨み付ける。
「アリスちゃん!!」
はい、シズクの剣幕にアリスは背筋を伸ばして返事する。
「そこに座りなさい!」
シズクは床の上に、アリスを座らせ説教を始めた。アリスが、みるみる、小さくなり、一言も言い返さず訊いていた。逆の立場でも同じことをしたんだろう。ユウは、アリスが無事でよかった、と心の底から思った。俺にも守りたかった人がいたはずだ――。
――、一時間以上経ってもシズクの説教は終わらない。ユウは喉を鳴らす。
「あ、ごめんなさい。アリスちゃんに言うこと、まだまだ一杯あるからもう休んで下さい」
ユウを気遣いシズクが言う。言葉に従いユウは立ち上がり、部屋を出る。ごめん、とシズクに見えないように口だけでアリスに伝える。アリスは、見捨てるの、と目で訴えた。
それをシズクに見られ、火に油を注ぐことになった……。
「――アーティ、シズクの秘密、知りたくないか」
同じころ、ユウ達と別れたアーティは、研究棟の暗がりで誰かと話している。
「どういう意味ですか?」
いつも、飄々としているアーティの表情が変わった。
「生命を司る力、お前はあれが魔法だとでも思っているのか? そんなはずないだろ。あれは〈黒い蛇を纏いし者〉の力」
「そんなはずない、シズクがそんなはずないだろ」
「癒す魔法なんてない。あれは魔法じゃない」
アーティも考えていたことだ。だがシズクが〈黒い蛇を纏いし者〉だと認めることは出来ない。だから無言で抵抗する。
「もう一つ教えてやるよ。ユウ、あいつが彼女の〈無矛盾律なる者〉だ」
「なんだと、ユウが……?」
アーティは、相手を睨み付け、
「あんた何のつもりだ、何の目的があって、俺にそんなことを言う?」
「目的、目的か……。言う必要はないな。それとな、そいつが何かわかるか?」
不敵な笑みを見せ、地面を指す。いつの間にか、足元で蛇が蠢いていた。
「黒い蛇、……だと?」
アーティが後退ると、蛇は大きく口を開け、舌を出し、噴気音を響かせた。
「知っているか? 黒い蛇は人を狂わせる」
黒い蛇が口を開く。その体から想像出来ない程、アーティを一飲み出来るほどの大きさだ。口を開けたままアーティの眼前で舌を震わせた。
蛇の凶悪な力と底のない恐怖が、アーティの心と体を呑み込んだ。




