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1部 シズク 1章 止まった時が回りだし、 §1 ③

 薄暗い洞窟の中に、小石を砕く音が何度も響く。アリスとシズクの足音だ。アリスは岩陰にも天井にも音にも匂いにも空気の動きにも注意を向け、辺りを警戒する。


「寒いよー。今、夏だよーー」


 シズクが危機感のない声を上げる。彼女は両手を擦り、体を暖めながら歩いていた。


「そうね」


 アリスは周囲に注意を払ったまま答えた。吐き出した息が白い。


 すぐに、二人はアーティが見たという光の元に辿り着いた。強く柔らかい緑の光に満ちていた。陽だまりのような優しい匂いがする。


 目を凝らすと天井が高い。空洞の中の空洞、だがただの空洞ではない。天井に壁に地面に無数の緑の水晶が、転がり、突き刺さり、突き出している。地面も壁もだ。水晶に覆われていると言ったほうがいいかもしれない。天井の切れ目から空洞に射し込んだ光が水晶に何度も何度も繰り返し反射し、減衰した光が空洞を満たしている。


「綺麗……」


 シズクの黒目が大きくなり、アリスの目が目まぐるしく動き中を確認する。


「――誰?」


 突然、シズクがそういって、引き寄せられるかのように空洞の中に入っていった。


「シズク!! 待ちなさい!!」


 アリスもシズクを追い光の中に飛び込む。すぐに、光の中でシズクを見つけた。彼女はすぐ目の前の水晶を触ろうとしている。


「何してんの――」

「冷た!!」


 シズクが声を上げ、跳ねるように手を放す。


「シズク! 大丈夫?」

「アリスちゃん……。これ氷?」


 アリスも触って確認する。


「本当。なんで? 今は夏なのよ……まさか!!」


 夏の氷、ここではあり得ない。だが魔法なら別だ。アリスは氷や岩の陰を警戒する。だが不審な人もものも見当たらない。不振なのはこの氷たちそのものだ。


「……シズク、あんたさっき、誰? とか言ってたわね」

「え? あぁ……。誰かに呼ばれた気がして」

「呼ばれた?」


 アリスは木槌を強く握り構える。研ぎ澄ました目で見渡す。


 ……だが誰もいないし気配も感じない。シズクよりはるかに強く警戒していたアリスが声を聞き漏らすはずがない。


「――アリスちゃん、あそこ!!」


 急に、空洞の真ん中にある彼女たちの何倍もの高さのある氷をシズクが指す。その先の氷を凝視すると、中に人影がある。


「人? ……人なの?」


 二人はゆっくり近づき見上げる。そこには、アリスやシズクと同じ年位の少年がいた。彼は天井を見上げ叫んでいる。氷漬けで生きているはずがない、なのにその表情は、今も絶望と憎悪と愛情とを放っていて、心を握り潰されそうだった。


「こんなところで……」


 オリードで野垂れ死ぬ。リタリースかイクシール草を求めこの渓谷に入ったとしか考えられない。探し、迷い、心半ばで……。アリスは死者の墓を暴き、眠りを妨げた気がした。

この人、シズクは彼の氷の棺を両手で触れる。


 ――ぱりん。 二人の背後で何かが割れる高い音が響く。すぐにアリスはシズクの前に立ち、腰を落とし、木槌を構える。


 ぱりん、ぱりん。横からも聞こえた。アリスが首と目をきょろきょろさせる。


「アリスちゃん。これ、何の音?」


 ぱりん、ぱりん、ぱりん、ぱりん……。


 そこら中で鳴りだす。水晶が割れている。中から弾けるように水晶が割れているのだ。


「一体、何が……」


 状況を把握できずアリスは不安に駆られる。何が起こっているわからない。いつどこから襲われるか見当もつかないということだ。確実にシズクを守る方法が思いつかない、アリスにはそれが不安なのだ。


 ぱきぱきぱきぱきぱきぱき、と二人の背後から何かが大きく軋む音がする。

 アリスは振り返り、シズクの手を掴み、距離を取る。少年を覆った氷水晶に大きなひびが一本入っていた。一本二本三本四本……とひびが増え、氷が真っ白になった。


 ぱりん!!!! 


 大きな音が空洞に響いた。飛んでくる破片をアリスが木槌で次々払い落す。氷が跡形もなくなると、宙に投げ出されたのか、少年が降ってきた。


「きゃっ!!」


 シズクが少年を受け止めようとしたが、支えきれずに一緒に倒れる。


「はぁぁぁ!!」


 アリスが、シズクの上から少年を蹴り飛ばし、シズクの手首を掴み強引に起こす。


「痛い、痛いよ、アリスちゃん」

「黙って!!」


 アリスは少年を凝視する。だがうつ伏せに倒れこんだまま動かない。腕も足も手の指も無造作に伸びた黒髪もまったく動かない。そこに生命の気配はない。



「――がぁぁぁぁぁ!!」


 突然、洞窟の入り口のほうから叫び声と爆発音が聞こえる。声はアーティだ。


「見つかったの?」


 アリスは、すぐシズクに身を隠すよう指示する。そして少年を一瞥し、入り口に向かう。生きているとは思えない。生きていたとしても氷の中にいたんだ、まともに動ける状態のわけがない。それよりも差し迫る危険――入り口から聞こえた声と音が何かを確認するのが先決だ。ここが見つかり攻撃を受けている、それしか考えられない。


 また、爆音が響く。爆風とともにアーティが弾き飛ばされて、空洞の入り口の前の壁に打ち付けられ、ずり落ち、地面に伏せた。そこに追い打ちの、炎の玉が飛んでくる。


「はぁ!!」


 アーティの前に飛び出たアリスが、木槌を振り炎の玉を消しさる。しかし、直後にアリスに炎の玉が打ち込まれた。隙を突かれたアリスはまともに受け、よろめき体勢を崩す。そこに次の炎がまた襲ってくる。倒れると、起き上りを狙い撃ちされ、反撃が難しくなる。アリスは木槌にもたれ何とか倒れず踏ん張る。


「なに……?」


 顔を上げると、目の前に先程一戦交えた兵たちがいた。少なくとも同じ装備だ。一番後ろのやつは間違いなく先ほどの騎士だ。別の隊と合流したのか、兵が増えていた。

騎士を覗く兵たち全てが、アリスとアーティに両手を掲げている。騎士の両手の動きに合わせ、兵が一人ずつ炎の玉を放っていく。時間差で炎を、二人に向かって放っている。


 詠唱や体勢を整える時間を与えず魔法を打ち続ける。単純な戦術だ。だがアリスたちは二人だけで、ここには避けるスペースもろくにない。一発かわした位じゃ次の標的になるだけだ。二人に対してはかなり有効な手だ、事実二人には反撃の手立てがない。


「くそ……」


 滅多打ちだ。このまま体力が尽きるのは待てない。アリスは木槌に体重を預け、力を振り絞り踏ん張ろうとする。偶然でも奇跡でも、なんとかしてあの隊の中に飛び込みたいのだ。一旦飛び込めば、同士討ちを恐れて今みたいに乱発できない。先ほどの戦いからすると近距離戦で負けることはない。だが、それは相手も十分承知している。少し動くだけで複数の炎の玉に襲われた。 


「アリスちゃん、アーティ……」


 目の前で繰り広げられる一方的な展開にシズクの声が漏れる。このままじゃ二人とも無事じゃすまない。命に係わることになる。何もできない彼女の前で、また二人を炎の玉が襲う。


「だめーーーーーーー!」


 堪え切れず、岩の陰から飛び出し、叫びながらアリス達のもとへ駆け寄る。


「駄目だ、シズク……」、「シズク……、だめ……」


 アーティが呟き、アリスが手を伸ばす。


 騎士が兜の中の目を見開き、新たな敵であるシズクを凝視し、すぐ半数の兵にシズクを狙うよう指示を出す。もう反撃の力が残ってるように見えない二人より、新たな敵を脅威と判断したのだろう。騎士の腕がシズクに向けて振り下ろされた。


「いやぁーーーーーーーーーー!」


 いくつもの炎の玉がシズク目がけて飛ぶ中、アリスは喉が切れそうなほど強く叫んだ。

 ――一瞬で炎が、地面に広がり、地面を焼いて、消える。


「シズク?」


 アリスは必死にシズクを探す。だが焦げたのは地面だけでシズクの姿はなかった。

すた、と着地する音がする。氷の中にいた黒髪の少年だ。さっきまで、動かなかった少年は左肩に銀髪の少女を抱えていた。


「へ? あれ?」


 シズクが首を振り戸惑う。無事なはずがない。アリスやアーティでこの有様だ。彼女があの攻撃を受けてただで済むはずがない。なのに無事で、なぜか抱えられているのだ。


「まだ別のやつがいたのか!! あいつも狙え!!」


 騎士の叫び声が聞こえ、少年めがけて手が振り落とされる。すぐに二発炎弾が放たれる。

また地面だけが焼かれた。少年がシズクを抱えたまま、炎をかわしたのだ。

 兵たちが連続して炎を放つ。アーティやアリスと同じように反撃の隙を与えず、絶え間なく攻撃しようというのだ。だが炎は少年を捉えられない。


 少年は、この狭い洞窟の空間で壁や天井を利用し立体的に、炎の玉を、かわす。


「……あいつらがどう動くかわかっている?」


 目にも止まらぬスピードで攻撃がかわされている。騎士も兵もそう感じているだろう。だがアリスの目に映る少年は兵が攻撃を放つ寸前に動き始めていた。


「でも、逃げるだけじゃ……」


 いつか攻撃に捕まる。一度捕まればアリスと同じ、たとえ何らかの方法で相手の動きがわかっても、体勢を整えられなく反撃の機会を与えられないんじゃどうしようもない。


 アリスは自分を狙う兵の様子を探る。少年への対応のためか、彼女にかけられる人数が減っていた。動きがあったときだけ対応しようというのだろう。だからと言って彼女にできることは少ない。もう体力が限界に近いのだ。力をどう振り絞ってもあの兵の中に一度突撃する程度の体力しか残ってない。


「これじゃ」


 アリスの焦りが届いたのか、炎をかわす少年が右手の人差し指を兵に向けた。

同時に洞窟に粒子が浮かび輝き出す。粒子はみるみる増え無数の粒子が洞窟を照らした。


「……これ全てがフェムト粒子、だと?」


 騎士や少年を攻撃する兵たちが動揺する。アリスも同じだ、これほど大量で強く発光するフェムト粒子は見たことがないのだ。


 空洞を照らす粒子が全て少年の右手に集まり、いくつも小さな魔法陣が生まれる。輝く魔法陣が何度もはじけ、洞窟の中を何度も強く照らし、そこにいるもの全てが光に包まれた。


 光の中で、破裂音が響く。


 光が収まると少年の右手に武器らしきものがあり、アリスを狙っていた兵が倒れていた。


 ――銃。アリスは、それを一度文献で見たことがある。失われた古代の武器だ。


「今の光、それにあれはなんだ!! 知っているものはいないのか!?」


 騎士が叫ぶ。だが兵たちがその答えを知るはずもない。


「くそ!!あいつだ、あいつを狙え!! 撃て!! 隙をつくるな、撃てぇぇぇ!!」


 謎の現象に謎の武器、戦場で最大の脅威は未知だ。少年だけが敵なら彼の判断は正しい。


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 だが一人じゃない。アリスが兵たちの真ん中に飛び込み、木槌を振り抜く。振りは壁をくり抜きながら五人も吹き飛ばす。少年に兵の意識が集まった隙をついたのだ。


「まだ動けたのか……」


 騎士はすぐ兵たちに、頭減らしにアリスを狙うよう指示を出す。


「がぁぁぁ!!」


 だがアリスを狙おうとした兵に炎の矢が降り注ぐ。アーティだ。倒れたまま残る力を振り絞ったのだろう、親指を立てると、ぱた、っと気を失った。


「バカ、無理して」


 アリスが木槌を振り、草を刈るように、兵を刈り取る。彼女の隙を狙う兵には少年の弾丸が襲う。剛打と弾丸が兵を襲い、みるみる兵が倒され、すぐに騎士一人だけになる。


「なんだ、お前ら!! お前らなんなんだ!!」


 後退りしながら、叫ぶ。


「貴様ら、わかってるのか、俺たちは帝国の兵だ、世界を守る帝国の兵だぞ。こんなことしてただじゃ済まないぞ!!」

「それが何?」


 アリスはそう言い、木槌を振った。そして、安心したのか、彼女も気を失い倒れた――。


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