1部 シズク 4章 黒い影が少年達を覆い、§1 ②
「何してんのよ! やめなさい!」
「ユウさんが苦しそう、やめてあげて」
アリスとシズクがプタハに向かって叫ぶ。アリスは今にもプタハに飛びかかりそうだ。
「アーティ、こいつら邪魔なのだ! なんとかするのだ!」
プタハがアーティに指示を飛ばし、アーティが恐る恐るプタハの前に立ち二人に立ち塞がる。だが、邪魔、とアリスにみぞおちを殴られ崩れ落ちそうになり、彼女の肩を掴む。
「暴力反対……。す、少し辛抱してくれ。ユウも自分のこと知りたいはずだろ? 頼む……」
アリスにもたれ掛り、アーティが言う。力では彼女にとても叶わないし、こんなところで魔法を放つわけにもいかない。説得するしかない。
「本当に大丈夫なんでしょうね?」
訴えが功を奏したのか、アリスが問い、アーティが大きく頷く。アリスは祭りの日のイクトと話すユウを思い出したのだ。
少し経ち、光が消えると、シズクがユウに駆け寄り、彼女はユウを支える。
そんなシズクとユウを、憂げにアーティはその姿を見ていた。
「これで何がわかるってゆーのよ!?」
「マリアの見立て通りだ。こいつは、この世界の者じゃない」
次はアーティの後ろに隠れてプタハがアリスに言う。
「どういうことだ……?」
シズクに支えられたままユウがプタハに訊く。
「ユーヴァクームの人間じゃない。それに、生きた時間と年齢が合わないのだ。……例えば、冬眠、のようなもので時を超えているのだ」
「冬眠? こいつ本当に大丈夫?」
「失礼なのだ。お前のことならもっとわかるのだ。怪我したユウの頬をさすって――」
アリスが急に大声で叫び、プタハの声を掻き消す。
「な、なんで、それを?」
「ふふ。お前こいつに興味ないふりしているけど、本当は気になって仕方ないのだ。シズク、気を付けるのだ。抜け駆けなのだ」
「ア、アリスちゃん? ユウさんの頬をさすって何したの?」
シズクはあからさまな造り笑顔を見せる。目尻が、ぴくぴく、と動いていた。
「ち、違うのシズク。この前の怪我って私のせいだったじゃない。だから、それで……」
「うんうん。それで? 何したの?」
シズクが言葉の先を促す。
「ちょっと様子を見ていただけ、それだけよ。ううぅぅぅ。あんた! どういうつもり!」
耐え切れないアリスはプタハに突っかかる。
「待ちなさいよ!」
アリスがプタハを捕まえようとするが、プタハはシズクを盾にする。
「本当? 本当にそれだけなの、アリスちゃん?」
「本当よ。信じてよぉ」
アリスは泣きそうな顔で取り繕おうと必死だ。
騒ぎのなかユウは動揺している。この世界の人間じゃない、そうだと思っていた。記憶に残る世界と、ここは違い過ぎる。動揺の原因は、時を超えただ。自分の知る世界に帰れたとしても、自分のことを知るものはもういないということだ。みこと、彼女との約束を思い出しても、手遅れかもしれない。その約束が生きる意味のはずなのにだ。
「――大体、あんた、ユウの記憶を戻す方法を調べるのが目的でしょ!?」
プタハを追いながらアリスが言った。その声にユウが現実に引き戻される。
「こいつ自信が心の奥底で思い出すことを、拒否しているのだ。それをどうにかするのだな」
「――やっぱりそうなのね。でも、無理やり思い出させることも出来るんじゃないの?」
いつからここにいたのだろうか、マリアが部屋の隅に立っていた。
「終わったことなのだ、そこまでする価値もないのだ」
「本当に終わったのかしら?」
「少なくとも、他の世界に現れた気配はないのだ」
「――マリア。こいつ一体、なんなのよ?」
アリスが二人に口を挟んで訊く。
「アーティから聞かなかったの? この研究棟の棟長よ」
「聞いたわよ!! なんでこんなちびが、この研究棟の棟長なのよ?」
「おまえに言われたくないのだ。変わらないのだ。それに胸ならお前の方が小さいのだ!」
怒りと恥ずかしさでアリスは頭まで真っ赤にして震えている。
「やーい、やーい。このつるぺた!!」
プタハはマリアの後ろに隠れ追い打ちをかけるように何度も叫ぶ。
「あんたもでしょ!!」
「わたしは、小さいからいいのだ。発展途上なのだ。今後に期待なのだ」
「……義姉さん? ……あなたが一番の年長者でしょ。成長するわけないでしょ」
「言うなぁ!!」
え、は、とアリスたち、四人が驚愕の顔を浮かべる。
「義姉さん?」
アリスがマリアとプタハを交互に指差して言う。
「そうなの、彼女は私の義姉よ。不本意だけど……」
「不本意だと!?」
「びっくりするとこ? 義姉さん、無茶苦茶だもん、当然でしょ。もしかして自覚ないの?」
「お前にだけは言われたくないのだ!」
プタハはマリアの顔を指さして叫ぶ。
「研究とか言って、何度も家を爆破させるし、どこにも住めなくなったでしょ。変な液体を作って、町を滅ぼしかけたわね。誰が相手でもすぐ喧嘩吹っかけるのも悪い癖よ。そういえば、王族に悪戯を仕掛けて、戦争を引き起こしそうになったこともあったわ……」
「最後のはお前なのだ!」
「……そうだったわ。あれはやりすぎたわ。死ぬところだったもんね。懐かしいわねーー」
「そうなのだ、そうなのだ」
二人は、物思いにふける。さも、いい思い出を懐かしんでいるかのようだ。その横でユウがまだ思いつめた顔をしている。自分で記憶を思い出すことを拒否している、プタハの言葉が頭に響く。




