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1部 シズク 4章 黒い影が少年達を覆い、§1 ①

 リタリースの建物の所々が欠け地面にいくつもひびが入っている。敵の襲撃を受けたわけではない。罰ゲームを迫られたアリスが、暴れた結果だ。もうそれに触れるものはいない。


 ユウを救う為に見せたシズクの癒しの力、その力で救われるものが世界に幾人もいる。だが、その力がこの村にあると知れると、今以上に村が危険に晒されるのは明白だ。あの場にいた者全員にマリアが口止めした。ここは、世界に見捨てられたものの集まりだ。彼らにとっての故郷はここだけだ。村を危険に晒そうとするものなどいない。ただ研究者としての性か、知らなかったことがショックだったのか、アーティは少し食い下がった。


 〈誓いの戦い〉でアリスに勝利したことでユウは、村では一躍時の人だ。村を守るという第一優先事項を除くと、リタリースでは力と知恵が優先される。力を認められたユウは急速に村に溶け込み、村の生活がユウの日常となった。


「――今日は研究棟に行くわよ」


 ある日の朝、教室でマリアが言った。研究棟は魔法の知識、知恵、研究、開発を行うこの村の施設だ。村の魔法技術の源泉であり、世界のどの国の研究機関も追いつけないレベルらしい。それゆえ、施設の研究成果自体も村が狙われる原因の一つとなっている。

指示に従い、ユウやシズク、アリスを含む生徒たちが談笑しながら研究棟へ移動する。


「――わたし、あそこ嫌いです」


 移動の最中、唐突にシズクが頬を膨らませて言う。


「あそこの人、私が魔法を使おうとすると大騒ぎするんです。酷いんです。アーティもアリスちゃんも一緒になって止めようとするし」

「あんた一回中をぐちゃぐちゃにして、村のみんな総出で後始末したでしょ」

「あ、あの時はたまたま、たまたま調子悪かっただけなの」


 アリスは目を細め、冷たい眼差しをシズクへ向ける。


「上手くいくときもあるもん……。あ、あのときはちょっと調子が悪かっただけなの!」

「ちょっと、って、あんたねぇ」

「そうだ。ちょっと調子がわるかっただけだ。俺はわかってるよ、シズク」


 研究棟に到着すると、迎えに出て来たアーティが話に加わる。


「あの時、研究棟のみんなが止めようと大騒ぎだったからな。シズクなら出来て当然だと思ったけど、新人の俺一人反対するわけにはいかないじゃないか。すまないと思ってるよ」

「……嘘ね。徹夜して完成させた報告書があるとか言って、あんたが一番必死だったわ」


 アリスが呆れながら言った。


「ははは。そ、そんなことあるわけないじゃないか」

「アーティ! 目ぇ泳いでるよ!!」


 研究棟の玄関ホールは、二階まで吹き抜けになっていて、脇に上階と地下ヘ向かう螺旋状の階段がある。今回の訪問は魔法研究や魔法実験を実体験するためのものだ。マリアに二階に向かうよう促され、生徒たちがぞろぞろと階段を上がる。


「――ユウ、あなたはこっちよ」


 最後尾にいたユウはマリアに呼び止められ、この研究棟の棟長の所に行くよう指示された。アーティは案内を任され、何度も体験していると、シズクとアリスもユウについて行く。三人は、地下に向かう。階段は底が見えない。


「これどこまで下りるつもりなの? それにこれどこまであるの?」

「俺も下までは行ったことないんだよ。でも棟長がいる所迄はあと五分ほどだ」


 言ったとおり、五分ほど降りたところでアーティは立ち止まる。そして、階段の途中にある扉を開け、中に入った。三人も続く。

 中は薄暗く埃っぽい。床から天井まで届く硝子の器具が無数に並び、薄い緑色に光る液体の入ったフラスコが机の上に並ぶ。床にはいくつも古い本が散らばっている。


「――遅いのだ!!」


 部屋の雰囲気に合わない声が響く。部屋に入ってすぐの所に、ぼさぼさの髪の少女が立っている。アリスよりも小柄で、十位に見え、髪はマリアのよりも薄く、白に近い緑色だ。

彼女は不機嫌そうにユウを指差し、そのまま水平に動かし部屋の真ん中を指す。そこに、何重もの円と、幾何学模様が白と黒で描かれていた。魔法陣に見えるが妙に無機質だ。


「そこに立つのだ!」


 ユウとシズクは、きょとん、と目を開き、アリスが、何、と強い口調で言う。


「ア、アリス!? な、なんでお前がここにいるのだ? お前は呼んでないのだ」


 アリスを見た少女は、そう言うと一目散でシズクの後ろに隠れる。アリスは怒ったわけじゃないが、まぁまぁ、とアーティがなだめて見せる。


「……この人がプタハさん、ここの棟長だな。信じられないだろうけど」


 プタハを見下ろしながらアーティが、辟易した口調で言い。三人が固まる。


「期待通りの反応だな。この人は、めったにこの部屋から出ない。だから、研究員でも知っているのは限られた者だけだ。実際、俺もつい最近、知ったとこだ」

「そんな話はどうでもいいのだ、はやくするのだ」


 プタハがもう一度、床に描かれた魔方陣を指した。


「一体何するの? おねーさんに教えてくれない?」


 シズクが屈み、諭すようにプタハに訊いた。


「おまえにわかるわけないのだ、ばか!」

「へ!? は、始めて会ったこんな小さな子にまで……」

「マリアさんにユウを調べるように頼まれたらしい。こんなんだけど気にしないでくれ」


 見かねたアーティが、プタハをフォローするように代わって答える。


「――これでいいのかな?」


 プタハが指す魔法陣の中心に立ち、ユウが言った。プタハは頷き、指を鳴らす。彼女の髪が少し浮き、ユウは魔法陣から出た光に包まれる。


「我慢するのだ」


 プタハがまた指を鳴らす。黒い板がいくつも宙に浮かび、緑に発行する文字が流れた。速過ぎて何が書いてあるのか、文字なのかもわからない。プタハの目が流れに合わせ動く。

があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、光の中でユウが叫び声を上げた。


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