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1部 シズク 3章 祭りの日に日常を手に入れる。§5 ②

「シズク――」


 マリアがシズクを止めようと手を伸ばすが、その手をアリスが掴む。彼女はマリアを見上げ、お願い、と訴えていた。

ユウは水泡に包まれ、ゆっくり浮き上がる。ユウの体から流れて出た血のうねった筋が何本も水泡の中に這う。


 不思議だった。ユウは水の中で息ができないはずだ、なのに苦しくない。それどこから暖かく安らぎすら感じ、ユウの体から力が抜けていく。

血の筋が、どんどん細く、短くなる。ユウの体に戻っているかのようだった。


「傷が癒されている?」


 隊員たちが目を丸め、騒ぎ立てる。ユウの体が、みるみると、癒されている。こんな力あるはずないと、アーティが呟く。


「あの子たち……仕方ないわね」


 ――小さな破裂音とともに水泡が割れ、ユウが放り出され、アリスが受け止める。

シズクが座り込み、銀の髪を伝って汗が地面に落ちた。


「シズク、大丈夫?」


 ユウを抱えたアリスがシズクを気遣った。彼女の癒しの力は魔力だけじゃなく体力まで削り取る。まるで、命を分け与えているかのように。


「うん大丈夫。少し、疲れただけ……だから。ユウさんは?」


 女子に抱えられているのが恥ずかしくてユウは立ち上がろうとした。だが力が入らない。


「無理よ、あきらめなさい」


 アリスがしたり顔で言った。ユウは当惑した顔でアリスを見上げる。


「あんたは今シズクの力で癒されたの。この力で癒されたら起きてられないわ」


 シズクの力で癒されて傷と一緒に体力も回復、とはならない。癒しに、非治癒者自身の体力も限界まで利用される。だから、体力を回復するためか、この治癒を受けたものはすぐに眠りにつくことになるのだ。


「癒しの力? ……〈白なる力〉、やはりこの子は」

誰かが呟いた。


 座り込んだシズクが、まじまじ、とアリスの顔を見つめている。


「な、なに、シズク?」

「……アリスちゃん、ユウさんのこと、ユウって呼んだよね。いつからなの?」

「え? 元からそうじゃなかった?」

「そんなことないよ! あんた、とか、お前、とかだったよ。……何かあったの?」


 シズクは、アリスの表情を伺いなら言う。何を心配しているかは一目瞭然だ。


「なんか、って何よ!! な、なにもないわよ!」

「ほんと? 本当に? 嘘ついたら怒るよ」

「ほ、本当だって」


 横から、隊長とマリアが二人を見て嬉々と話している。


「修羅場? 修羅場じゃないですか、マリア様」

「そうね。次はこれね」

「次はこれって何する気!?」


 アリスが振り向くと、二人は、にやにや、とアリス達を見ている。


「だから、私はユウのことそんな風に思ってない!」


 アリスが顔を真っ赤にして叫ぶ。


「急にユウに優しくなったじゃない。受け止めたり、シズクに泣きそうになりながら頼んだり。だいだい、そんな風にって何かしら? やっぱり怪しいわね」

「やっぱり、そうなの?」


 シズクがアリスに詰め寄り、アリスが否定を続ける。


「ところで、二人ともユウを放っておいて大丈夫なの?」


 あっ、と二人が振り返る。ユウは眠っていた。聞かれてない、と二人は安堵し息を吐く。

 それから、シズクはアリスに、ユウは隊長に、おぶさられて地上への帰路に就いた。


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