1部 シズク 3章 祭りの日に日常を手に入れる。§3 ②
この世がお主の世界だけと思うことなかれ、世界は無数にあるぞ。
そなたの世界はその一つぞ。
世界が生まれ、命が生まれ、人が生まれるぞ。
人は文明を生み、文明はモノを生み、モノは富を生み、富は文明を繁栄させるぞ。
富は欲望を生み、欲望は罪を生むぞ。
人の世が恨み、妬み、憎しみ、怒り……いくつもの欲望と罪に満たされると、黒い蛇がやって来るぞ。
それは、文明の繁栄とともにたまる欲望と罪を食って成長するぞ。
運命の子は優しき白い蛇を飼うてるぞ。
運命の子は、清き心を持つものぞ。
運命の子は、大いなる力を持つぞ。
運命の子と供にするものがいるぞ。
供にするものは、運命の子の愛する人ぞ。
供にするものは、運命の子を愛する人ぞ。
供にするものは、運命の子を守ることが使命ぞ。
世界に黒が満ちたとき、絶望とともに白い蛇は黒い蛇に堕ちるぞ。
運命の子も黒い蛇に飲み込まれるぞ。
黒い蛇は、世界のあらゆるものを飲み込むぞ。
人も人ならざるものも、文明も自然も、善い物も悪いも全てぞ。
そして、その世界に終わりが訪れるぞ。
世界が終われば、黒き蛇は別の世界に移るぞ。
滅びはいくつもの世界で、繰り返されるぞ。
我は滅びの連鎖の終わりを願うぞ。
終わりは、運命の子と供にするものの手で成されるぞ。
黒い蛇は運命の子と供に滅びるぞ。
世界を滅ぼす運命の子は〈黒い蛇を纏いし者〉、滅びを止めるのが〈無矛盾律なる者〉、それは運命の子を守るために生き、愛し合ったものよ、とアリスが加えた。
「愛した人を殺す……、黒い蛇……」
蛇の少女に剣を突き刺したシーンが、頭の中でフラッシュバックする。抱きしめた感触と突き刺した感触が蘇る。ユウは首を振り、頭から振り払おうとする。
「大切なひとを守る力と終わらせる力、それってまるで〈無矛盾律なる者〉よ」
「そんなの言われたって」
心当たりがある。でもこの世界の伝承と関わりがあるとも思えない。それに、その伝承と、ユウの夢が正しければ、目的は達成されたことになる。彼は、蛇の少女を殺したのだ。
「ここって変な村でしょ? 特別魔力が強かったり、特殊な力を持っていたり、ここは、そんな特別な子供をマリアが保護して作った村なの」
「保護?」
「特別な子が生まれると、一族ごと迫害される。だからそんな子は人知れず処分されるの」
「なんで、そんなこと……」
「強すぎる力は〈黒い蛇を纏いし者〉に繋がると恐れられているからよ。そんな子が集められたこの村は〈黒い蛇を纏いし者〉の候補だらけの村とも言えるわ。突然現れたやつが、〈無矛盾律なる者〉の力を口ずさむ。力を計ろうとしても不思議じゃないでしょ」
強すぎる力、異端は忌み嫌われる。それが人の一面だ。
「マリアさんは一体何者だ? あの言い様、あの人は俺のことを何か知っている」
「……悠久の魔女、マリア。ユーヴァクーム創生の物語で、世界を創造した者の一人。創生の物語は一万年前の史実とも言われ、そしてマリアは今でも世界のどこかで生きていると言われている。薄い緑の長い髪、白い肌、が特徴よ。緑の民、この村に来るまでみたことがなかった――」
――とん、と突然ユウがアリスの肩に頭を乗せもたれかかる。
「な、何すんの――」
叫ぼうとしてやめる。ユウの息が荒く、物凄い熱を発していた。限界が近いのだ。
「ごめん、大丈夫だ。……別の何か話してよ」
ユウは汗が噴き出る顔で言った。安心させようとしたのだろう。アリスは唇を噛み感情を抑えつける。彼が頑張っているのに、気弱な顔など見せられない。
「……何を訊きたいのよ?」
「アリスとしずく、二人のことがいいな。もっと二人のことを知りたいんだ。俺はここの暮らししか知らない。だから、二人が家族みたいなものだ――」




