1部 シズク 3章 祭りの日に日常を手に入れる。§3 ①
――天井から、ぱらぱら、と砂が降る。
中央広場の数十メート地下に広がる空洞、その壁の一部と振ってくる砂が、射しこむ夕焼けの光で赤く染まる。ちろちろ流れる水が二つにわかれ、小さな三角州を作る。そこに、地上から落ちてきた武舞台の瓦礫が重なっている。その中のひと際大きな瓦礫の下に、気を失い横たわるアリスと、彼女を庇い瓦礫を押さえるユウがいた。
――ん、うぅ……ん、とアリスが目を覚ます。
「よく眠れた?」
目覚めたアリスのすぐ目の前にユウの顔がある。ユウは笑っていた。
「何すんのよ!?」
アリスは叫びながらユウの顔面を撃ち抜き、頭が拳と背後の壁に挟まれる。
「痛つ!!」
なに? とアリスはユウの背後に視線を移す。大きな瓦礫が倒れかかっていて、それをユウが、背で支えている。明らかにアリスを庇っていた。額に汗を浮かべるユウの顔が青い。上着の横腹辺りが真っ赤に染まっている。
「動かないで!!」
アリスは、腰、胸、肩、腕、手首、全身をしならせ、手に持つ木槌を振る。木槌は小さな弧を描き、ユウの背の瓦礫を粉々に吹き飛ばす。助かった、とユウは座り込む。
「庇ってくれていたの?」
「……さっきのお詫びだよ」
「さっき? ……そう言えば、あんたよくも……。まぁいいわ、どうせマリアでしょ」
「わかるんだ」
「いつものことだからね」
あの人はあんなことをいつもしているのか、とユウは呆れる。
「それより、その怪我見せて」
「え? あぁ、大したことないから、大丈夫だよ」
いいから、とアリスは、強引にユウの怪我を見る。これはアリスを庇ったものだろう。それがわかっていて、放っておくことなんて、彼女には出来なかった。
ユウの出血は酷く、このままじゃ取り返しがつかないことになりかねない。アリスは立ち上がり、ブラウスを脱ぎ、自分のスカートの端を裂く。裂いてできた切れ端とシャツでユウの出血を止めようとする。傷が大きすぎる。この程度の出血で済んでいること自体不思議だ。
悪戦苦闘の結果、出血は減ったが動かせない。動かせば、また大量に出血しそうだ。
一時間ってとこね、アリスは天井を見上げ呟く。
中央広場の地下空洞、リタリースの者のよく知る場所だ。救助は必ず来る、それは間違いない。問題は時間だ。ここに来るには村を出て、山の中の隠し通路から入る必要があるのだ。少なく見積もっても、救助が来るのに1時間程かかる。少しでも早くユウの手当てをする必要があるが待つしかない。
「――何で手を抜いていた? 罰ゲームあんなに嫌そうだったのに」
喋っているほうがまだ意識が持つ、と二人は話しをして助けを待つことにした。
「本気でやったらあんた死ぬでしょ。私はあんたの強さを計りたかっただけだしね。負けても大暴れして、有耶無耶にしてやる気だった。それに、あんたも全力じゃなかったでしょ? 私が最初に見たのとも、隊長との立ち合いとも全然違う」
アリスはそう言うがユウは全力だった。でも、隊長との立ち合いでは、殺気を感じると、体が勝手に動いたのだ。どう説明すればいいかとわからず何も言えなかった。
「どうして急に俺と?」
アリスが、急にユウと戦おうとしたのか、ずっとユウは不思議だった。村のため、それも腑に落ちない。アリスはあのときの何か思いつめているように見えた。
「……大切なひとを守る力と終わらせる力、って?」
隊長との立ち合いの後で、ユウが言った言葉だ。
「はっきり覚えてない、……どこかで訊いたんだ」
「本当に? 都合よすぎない? あんた本当に記憶――」
本当に記憶がないの、そう言おうとしてやめた。ユウは記憶がないことに焦りを感じている、イクトとの会話でそう感じた。それに、ぼろぼろになってまでユウに助けられた。今もそうだ。目的があるなら命がけで守ってくれると思えない。
「――禁忌と言われる伝承があるの。〈黒い蛇を纏いし者〉と〈無矛盾律なる者〉の物語。王族や高位の貴族、それに特別な民だけが知る。世界を滅ぼすものの言い伝えよ」
「伝承、黒い蛇……」
ユウは呟いた。アリスは〈黒い蛇を纏いし者〉と〈無矛盾律なる者〉の伝承を語る――。




