1部 シズク 1章 止まった時が回りだし、 §1 ②
「――なんとかなったな」
赤髪のアーティが言った。
アリスが、馬鹿でかい頭の木槌を、小枝のよう軽々と振り汚れを払う。頭の横に束ねられた金髪と、スカートのすそが、ふわっ、と小さく浮いた。
「ひゅぅぅーーーーー!!」
アーティがわざとらしく声を上げると、なに、と、アリスが火も氷そうな視線を彼にぶつけ、木槌の柄から、みしみし、と音を響かせた。
「そ、その体で……二振りで六人か。化け物ってのはアリスのことだな」
「あんたが貧弱なだけ」
「はぁ!? 俺は誰かと違って、繊細に出来てるんだよ。繊細にな」
「何? あんた殴られたいの?」
また木の軋む音がまた聞こえ、アーティの背筋に寒気が走る。
「じょ、冗談だよ、冗談に決まってるだろ」
この距離じゃ勝ち目はない。魔道に特化するアーティじゃ近接戦闘のスペシャリストであるアリスにまず勝てない。詠唱を始めたとたんに殴られて終わりだ。
「どーどーどーどー、アリスちゃん落ち着いてーー」
岩陰に隠れさせられたシズクが出てきて、アリスをなだめる。
「こいつが、怒らせるからよ!!」
「まーまー。アーティも活躍したから。私なんて邪魔って言われて隠れてただけだよ……」
シズクの目に涙が溜まっていく。
「え、えっと……。その……急いでたから、勢い余ったっていうか、その……」
「うぅぅぅぅ……」
取り繕おうとするアリスの言葉が聞こえないのか、それとも聞こえているけど聞こえないふりなのか、シズクは涙を溜め、アリスを見つめる。アリスは、ただうろたえるだけだ。
「――二人とも先に隠れるか移動するかしよう。ここは目立つだろ?」
自分が始まりだったことを忘れたかのように、アーティが飄々と言う。アリスも助け船と、すぐそれにのり、速く隠れないと、と話を逸らす。
「もうーー……。そう!! 二人とも、ちょっとこっち来てよ!!」
シズクが頬を膨らませる。何か思い出したらしく突然声を上げ、隠れていた岩陰へ走り、岩の手前で振り返り、跳んで二人を手招きした。
「――なんなのよ」
アリスとアーティは不審そうに、シズクの元に駆け寄る。
「ここ見てよ、どう思う」
シズクは岩の裏の草の茂みを除けて二人に見せる。人ひとりがなんとか通れそうな穴、洞窟の入り口と思わしき穴があった。心なしか中から冷気が外に漏れている気がする。
「入り口は狭いけど中が広いの。ここに隠れられない? ……それにここにあると思うの」
「ここにある? 何がだ」
「イクシール草だよ、私たちそのためにここに来たんでしょ」
イクシール草はオリードの固有種だが、あまりに入手困難さ故に存在自体が疑われる幻の薬草だ。塗れば全ての怪我を直し、煎じて飲めば万病に効くと言われる。これを求めて愛する人のためにオリードに入り、迷い、帰らぬ人となる。そんな悲哀な話がいくつもあるのだ。
「ここにあるって、いつもの?」
「うん、そう……」
アリスとシズク、アーティは二人のやりとりを不思議そうに見て、穴の中を覗いた。
シズクの言う通り、入り口に比べて中が広い。二、三人人並んで歩けそうなほどだ。それに奥に光が見える。
「光? どこかに繋がってるのか?」
「――どうなの?」
アリスだ。
「どうだろう……。中に光が見える。どこかに抜けられるかもしれない」
「そう……。ここにいるよりはマシね。それにシズクがここにありそうって言ってる」
「……たしかに、妙に感が鋭いけど、それだけでここに入るのか?」
二人はシズクをじっと見る。視線に気づいた彼女は、手を振り、首を傾げた。
「他に手がかりもないし、ここにいてもしょうがない。シズクの勘を信じるしかないわ」
「……そうだな」
不確かすぎる。気が乗らないのは当然だ。でも、ここにいるよりはましなのは確かだ。
「とりあえお手柄ね、シズク。この中へ行きましょう」
「え!? うん。えっへん!」
シズクは一瞬戸惑うが、すぐに胸を張り、ピースサインを作って、得意気な顔を見せる。
「私とシズクが奥を見てくる。アーティ、あんたは入り口に隠れて、見張ってて」
「姫様のご命令なら、何でもしますよ」
「だれがよ。ふざけないで、ちゃんとしなさいよ」
アリスがそう言い、三人とも洞窟に潜る。そして、アーティだけ入り口で息をひそめた。