1部 シズク 3章 祭りの日に日常を手に入れる。§2 ②
あのアリスが押されている、と観客達がどよめく。
ち、とアリスが舌打ちをすると、金色の魔法陣がアリスの両足の下に描かれる。そして、一瞬で後ろに飛びユウと距離を取った。歓声がより大きくなる。アリスを引かせたぞ、と。
ユウも前に跳ね、距離を詰め、突きを浴びせる。体制を整える間を与えない。
「やぁぁぁ!!」
アリスが掛け声とともに木槌を振る。宙に魔法陣が描かれユウの槍が柄のみ残して粉々になる。ユウではなく、間合いを作り、間合いの中の槍に狙いを絞ったのだ。
ユウは手に残った柄を見、驚きを隠せずにいる。その表情を見て、アリスの口が緩む。
「やっぱり、アリスちゃん強すぎるよーー」
開始前のアリスの言葉を思い出し、シズクの瞳が潤んだ。
大丈夫よ、とマリアがシズクの肩に手を乗せ微笑む。シズクは、アリスがそんなことするわけない、といった類の言葉をかけてもらえるのかと、思った。でも、
「最初に狙われるのは、一番近くにいる隊長よ。彼が嬲られている間に逃げればいいの!」
力強く言い放った。
酷い! マリアの声が聞こえたのか隊長が、内股になって叫ぶ。
くそ、とユウは残った柄をアリスに投げつけ、アリスが木槌で弾く。木槌を振った瞬間に、ユウは腰から木刀を抜き、一気に距離を詰め、振り下ろす。寸前のところでアリスが柄で受け止めた。二人はお互いの息遣いが聞こえるほど近い。
「こっちが本命だ。この距離じゃ、何もできないだろ? 俺の勝ちだ」
腰に残った脇差の柄に左手を添え、ユウが言う。せめぎ合う木刀を弾き飛ばしてもこっちで、アリスを捉える、と宣告しているのだ。
歓声が一際大きくなり、シズクが安堵の表情を浮かべる。
「――甘い」
アリスが呟くと、ユウの顎に物凄い衝撃が走り、腰と膝から力が抜ける。アリスの頭のてっぺんが見えた。
「頭突、き?」
倒れないよう踏ん張るが、顎に下から上へ衝撃が走り、体が浮く。下から蹴り上げられたのだ。アリスが水平に回転し、横から蹴り飛ばされる。蹴りがユウを捕える瞬間に、また金色の陣が宙に描かれる。ユウは、武舞台の反対側の端まで飛ばされた。
いくつもの落胆の声が上がる、マリアやシズクたちも例外じゃない。
「無詠唱魔法? 木槌だけじゃないのか……」
倒れたままユウが顔を上げると、木槌の頭で左肩を押さえつけられた。
終わりよ、アリスが見下ろして言う。ユウの右手がポケットに入っている。
「次は、あんたたち――」
「ユウ! 今よ!!」
アリスの視線が、ユウから外れると、マリアが叫び、宙に何か描く。一瞬武舞台が歪む。
どうにでもなれ、とユウはやけっぱちにポケットからアリスの頭上に小袋を放り投げた。
――小袋はマリアに渡されたものだ。マリアは、アリスに勝ちたければ、合図に合わせて、頭の上に向かって投げなさい、そう言った。絶対中を見てはいけないとも。怪し過ぎて使う気はなかったが仕方ない。この勝負、どんなことをしても負けるわけにはいかないのだ。
何、とアリスが見上げる。頭上で袋を縛った紐が解け、小さな黒い粒が、ぱらぱら、とアリスに降りかかる。ぶーん、かさかさ、と乾いた音が鳴る。
「な、何これ……ま、まさ……」
アリスは、おそるおそる、手についた黒い粒を見る。
「む、む、む、虫! 虫、嫌あぁぁぁぁぁぁぁーぁ!」
アリスは木槌を放り出し、体についた虫を取ろうと悶える、が虫は服の中に入っていく。
アリスはその場に座り込んで震え出す。マリアが小袋と虫たちを観客から見えないように魔法をかけたようだ、何が起こったのかと、観客が騒めいている。
「ユウ!!」
マリアに促され、ユウは残った脇差を抜きアリスの首に添えた。そこら中に這う虫を見て、ユウは、せこ過ぎる、と引いている。
「そこまでぇぇぇぇ!!」
隊長が終わりの合図を叫ぶ。観客から少しずつ歓声があがり、すぐ大騒ぎになった。
「いやぁ、虫……とって……ぇ」
アリスは震え、すがりつくような目でユウを見上げた。
「――むし、いやぁ……」
ユウに虫を取ってもらってもアリスはまだ震えていた。そんな姿を見てユウはただただ申し訳ない。だが、あの罰ゲームは俺じゃないと、少し安堵もしていた。
「やったわ! ユウ」、「よくやった!」
と、武舞台の下でマリアとアーティが握手し、隊長が二人に親指を立てる。
「……マリアさん」
そんなマリアたちに、シズクは呆れている。視線に気づいたのか、マリアが口笛を吹く振りをしてとぼける。
「罰ゲームはアリスね……ふふ、ふ」
マリアは笑いを堪えきれないが、アリスの近くにいる隊長は少し不安そうだ。
……い……嫌、アリスが呟く。
「い、嫌じゃないぞ、アリス。勝負なんだから、し、仕方がない、だろ?」
隊長は腰が引けた状態でアリスの表情を伺いながら言った。
「あんなの反則よ! 無効に決まっているでしょぉぉぉぉぉーー……!」
アリスは叫び、木槌を大きく振りかぶった。マリアもアーティも、隊長も、観客たちもみな武舞台から一目散に離れる。
「ユウさんも早く!」
アーティに引っ張られながらシズクがユウに叫ぶが、何だとユウがきょろきょろしている。アリスの木槌が振り下ろされる。軌跡に沿い小さな金色の魔方陣が宙にいくつも描かれた。槌が武舞台に当たる瞬間、舞台全体を覆うほど大きな魔法陣が描かれる。
それはもう打撃といえるしろものじゃない。爆発だ。武舞台と一緒にその下の広場の石畳まで弾け飛ぶ。ユウとアリスは出来た大穴に吸い込まれるように落ちていった。




