1部 シズク 3章 祭りの日に日常を手に入れる。§2 ①
夕刻――。中央広場の真ん中に、一枚岩が加工されて作られた直径三十メートル程の円形の武舞台が設置された。二百人ほど、村のほとんどの人間が集まり囲んでいる。
あのアリスがあんな服を、ユウなら勝てるかも、あの生意気なアリスが負けてあの服で、ふふふ、…と、ほとんどがアリスの負けを期待しているようだ。
武舞台の端と端にユウとアリスが立つ。ユウは、二メートル程の長さのある木の槍を片手に持ち、長短二本の木刀を腰に刺している。アリスはいつもの大きな木槌だ。
「……シズク? あんた、なんでそっちにいんの?」
アリスが、不満そうに言った。ユウ側にマリア、アーティにシズクまでいるからだ。
「え、だって、あの服は男の子にはちょっと。アリスちゃんが着たとこ見てみたいし……」
「私もあんな服嫌よ!!」
「村のみんなも盛り上がっているし……」
シズクと一緒にいるアーティに観衆の男どもも納得の声をあげた。その声でアリスの木槌を握る指に力が入り、こめかみが、ひくひく、と震えている。
「あのアリスがあの服で、あんなことやこんなこと……。やべぇ」
アリスを煽る様に、アーティが上を向き首の後ろを叩き鼻血を止めようとしている。
「……こいつをぶっ殺したら、次はあんた達よ、覚悟なさい」
アリスはユウを指さしながら、マリアたちに向かって叫ぶ。
「なんで俺が殺されることに!? 俺は巻き込まれただけ!!」
「うるさい! 私の勝手でしょ」
あまりの理不尽さにユウは声を上げることも出来ない。
「……やりすぎた? ユウ、絶対負けちゃ駄目よ。その子本気だわ」
マリアの顔が少し青くなっている。ユウはとばっちりだが、明らかに自業自得だ。
「ユーウ、さーん。頑張ってー」
溢れる殺意を割って、シズクが能天気な声で声援を送る。
「シズク! あんたもよ」
「ユ、ユウさ……ん……」
シズクは涙を浮かべて怯えている。もうアリスを煽るなとユウは苦笑いを浮かべた。
「――大丈夫だ、必ずチャンスは来る!」
突然、強い檄が飛んだ。隊長が舞台の中央に立っている。審判をしようというのか。
「――隊長? 何であんたが、ぴんぴんしてそこに立っているの? こいつは怪我したあんたの代わりだったはずだけど」
アリスの木槌が軋む悲鳴を上げた。
「……あー!! 痛たたたた」
ただならぬ雰囲気に気圧されて、隊長は、右のわき腹を押さえ、苦しそうな顔をアリスにわざとらしく向ける。アリスは静かに、
「隊長、押さえてる場所が逆よ」
しまった、と隊長は焦り、左わき腹を押さえ痛がる。
「どっちかなんて覚えてないわ」
「なんだと!! だ、騙したな。この、卑怯者め!」
隊長が唾を飛ばしながら、アリスを叱責した。
「ひ、卑怯者? あんたこれだけふざけたことして、ただで済むと――」
「は、始めーーー!!」
隊長がアリスの抗議を無視し、いや遮るために、大声で〈誓いの戦い〉の開始を宣言する。アリスが何か言おうとするが、観客の声にかき消された。
「覚えてなさいよ!」
アリスがつぶやき木槌を構え、ユウは出来るだけ遠くから槍を繰り出せるよう端を持ち構える。ユウは間合いを広げ、彼女の間合いの外から仕留めようとしているようだ。アリスは俯き懐に飛び込む隙を伺う。タイミングを計られないように、顔を上げない。ただ、小声でずっと、殺す殺す殺す……、と呟き続けていた。
ユウが苦笑いを浮かべると、額から汗が垂れた。汗が地面ではじけると、アリスがユウに飛び込み、木槌を振り下ろす。武舞台がかけ石が飛び散る。
ユウは横に跳び木槌をかわし、着地と同時に突きを繰り出す。アリスがそれを柄で弾く。突きは連続して繰り出され、全て受け止められる。木の音が広場に何度も響きわたった。
繰り出す突きのスピードが上がり、数が増え、アリスに反撃の隙を与えない。




