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1部 シズク 3章 祭りの日に日常を手に入れる。§1 ②

 酒場は他の施設と同様に、中央広場に面し建っている。木造で、歩けば、ぎしぎし、と音を鳴らす。中には、祭りの準備を済ました者や、それをサボっている者で賑わっている。ここの二階は宿になっている。村を出た者や数少ないが村の訪問者の滞在に利用される。イクトは村の者でも、村を出た者でもない。ここ四、五年村に出入りする商人で、シズク達とも面識がある。祭りに合わせて村に訪れたのだ。


 シズクが中から連れて来た二十二、三位に見える青年、彼がイクトだ。ユウが夢で見た生斗と瓜二つ、黒髪、女子と見間違うほど端麗な顔。背筋を伸ばしでゆったり動き、凛としている。商人とは程遠い雰囲気で、神々しさすら感じる。


 イクトは、ユウを見て、「悠矢」と呟いた。


「悠矢? それは俺のことですか? 何か知っているんですか? 教えて下さい!!」


 突然、見つかった記憶への扉、ユウはイクトの両肩を持ち、問い詰めていた。


「ユウさん?」「なに、どうしたのよ?」


 シズクとアリスはいつもと違うユウに驚く。


「君は誰だい?」


 イクトは、さっきの驚きからうって変わり、首を傾げる。


「ユウさん記憶がないの。何か知っているなら教えてあげて」

「記憶がない? どうして? ……すまない愚問だね。記憶がないならわからないか」

「……俺は悠矢、そうなんですか?」

「確かに悠矢にそっくりだ。だから思わずね。でも似てるだけで、悠矢じゃない」

「そんなはず……。あなたは、みこと、あの子の兄さん、そうなんでしょ?」

「みこと? それは誰だい? 君は僕の知っている悠矢じゃない。彼は死んだんだよ」


 前髪が落ち、イクトの目を隠す。


「でも、俺はあなたを……」

「そういわれても困るな。どこかで会ったことがあるのかもしれないね。……申し訳ない。ここまででいいかな。彼のことはまだあまり話したくないんだ」


 そう言われてこれ以上聞くわけにもいかない。しぶしぶ、イクトの肩から手を離す。


「力になれなくて、すまないね。ところでだ、僕からも質問いいかな?」


 なんだろう、とユウは頷く。


「アリスにもだけど、負けたらあんな格好になるって、いったい何があったんだい?」

「なんで!? なんであんたが知っているのよ!? どこで、誰に聞いたの!?」


 アリスはイクトの胸倉を掴んで揺すりながら、怒鳴りつけるように尋問する。


「これだよ、これ、怒らないでくれよ」


 イクトが紙切れを振る。『注目! 今年の誓いの戦いは、女傑アリス対 新人ユウ、の激突だ。なんと!! 負けたらこの格好で村のみんなにご奉仕だ!!』宣伝文句と、あの服を着たアリスがぶりっ子のポーズを取った絵が描かれている。妙に上手い。


「な……なによ、これ? なんで……なんで、こんなのがあんのよ!!」


 アリスが肩を震わせている。


「ご奉仕って何!? なんで俺まですることになってるんだ……」


 ユウも一緒に肩を震わせる。その横で、シズクは、悪くないかも、と口に出し、涎を垂らしながらユウを見る。ユウは、白い目で彼女を見た。


「冗談です。冗談ですよ。もー、やだなーユウさんったらー。ふふふ」


 隠す気がないのか、それとも隠しきれないのかシズクがにやける。


「――あれだよ」


 イクトが指す先に、下着と羽であしらった装飾具だけ纏い、サンバの様な踊りを踊りながらビラを撒くマリアがいる。彼女はピエロのような格好をした隊長の肩に立っている。


「みんなーー、来てねーー。きっと、面白くなるよー」


 彼女がビラを撒き、男どもが鼻の下を伸ばし、女たちが男どもを白い目で見ている。


「そこの、馬鹿二人、何やってんのよーー!」


 二人のもとに向かって、顔を真っ赤にしたアリスが走る。


「マリア様!! アリスだ」

「逃げるわよ!!」


 二人はアリスを見るやいなや逃げだした。


「ふっざけんじゃないわよ! 待ちなさいよ!」


 アリスは、二人を追っかけて行った。


「……ま、まぁあれは忘れよう。それで、ユウ、君は何か覚えているのか?」


 アリスがマリアと隊長を追っていなくなると、イクトが言った。


「断片だけ覚えていて、何を覚えていて、何を忘れているか、わからないんです。でも……大切な約束があった。そんな気がするんです。きっと俺はそのためにだけに生きていた」

「約束、ね。思い出せるといいな」


 ユウは頷くが、表情が浮かない。無理もないことだ、イクトと出会い、一度は過去を知れる、そう確信したのだ。それなのに、イクトが生斗でない。信じられない。


「――大丈夫。本当に大切なら思い出せますよ! 思い出せないなら大切じゃないんです」

「そうだね。ありがと」


 シズクは微笑む。揺れた銀の髪が太陽の光に反射して輝く。


「シズク、何かいいことあった?」


 なんのことだろう、とシズクはイクトを見る。


「いつもの笑顔と違うね。いつも無理して、上辺だけ明るく振る舞っていた。今日は本当に楽しそうだ」

「……ユウさんが来たからかな。ユウさんが来てから、嫌な夢を見ることがなくなったの。それに、ユウさん何か懐かしくて安心するの」

「変な夢?」


 今のユウにとって夢だけが過去への扉だ、他人のでも気にせずにはいられない。


「大したことじゃないから――」


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