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1部 シズク 3章 祭りの日に日常を手に入れる。§1 ①

 ユウは目覚めると、ベッドから起き、窓から空を眺めた。少女の笑顔が浮かぶ。あの子を好きだったのか。でも、あの蛇の少女にはあの子の面影がある。考えると、いつもの様に頭痛と、吐き気に見舞われ、立っていられなくなり、窓のサッシを掴み、片膝をつく。


「――ユウさーん!」


 窓の下から声が聞こえ、吐き気も、痛みも、体の震えも止まる。窓を開くと、甘い焼き菓子の匂いに、笛や太鼓、バイオリンなどの音が飛び込んでくる。目に色取り取りのテントや、屋台が並ぶ光景が飛び込んできた。窓の下でシズクが大きく手を振っていた。


「ユウさん! 早く、お祭りに行きましょ!」


 ユウは答え、着替え、部屋を出る。一階に、目が覚めないのか、ぼーっとし、髪をおろしたまま食事を取るアリスがいた。両手でパンを持ってちまちまと食べている。


 おはよ、とユウはアリスの肩を軽く叩く。鬼のような形相でユウを睨む。低血圧の彼女の朝はいつもこんなものだ。院での生活を通し、ユウと、シズク、アリスの距離は縮まった。本心はわからない。でも軽くちょっかいを出す程度に打ち解けていた。


「早かったですね、ユウさん」


 彼女の銀の髪が朝の光に反射して輝く。シズクのいつもの笑顔とあの少女の笑顔が重なる。

ずっと笑顔でいて、とユウの頭に少女の言葉が響く。大切な約束、そう思えた。

足元から唸る声が聞こえ、見下ろすとメリトがいた。


「メリトちゃん? もう!! ユウさん、ちょっと待っていて下さい」


 シズクはしゃがみ、メリトに説教する。威嚇したら駄目とかだろうか頬を膨らまして何か言っている。シズクの言うことは聞くようで、すぐおとなしくなった。


「ユウさん、アリスちゃんは?」

「朝飯食べていたよ、相変わらずな感じ。暫く動けないと思う」


 そっか、と呟き、シズクは小さくガッツポーズを取る。


「どうしたの?」

「だ、だ、だ、大丈夫です。ユウさんちょっと待っていてください!!」


 シズクは院に走っていった。――シズクがいなくなると、メリトはユウに飛びかかった。シズクのお気に入りだ。傷つけるわけにもいかず逃げる。だが、ユウは足を滑らせ転んだ。


「お、……おい!!」


 メリトは口を大きく、体の二倍ほどの大きさまで開く。


「――何してんのよ?」


 騒ぎが聞こえたかのか、アリスが不機嫌そうに立っている。ここだ、とユウがアリスの後ろに隠れると、勢い余ってメリトはアリスの頭に噛付いた。


 何のつもり、噛まれたまま微動にせず、アリスが凄む。メリトは青くなり小屋の中に逃げ込んだ。小屋ごと震えている。そこまで怖いのか、とユウは呆気にとられる。


「……あんたシズクと祭りに行くんでしょ。あんたとシズク二人だけにさせられない。わたしも一緒に行くわよ、わかってるんでしょ?」

「え? あ、あぁ、いいんじゃない。でも……やきもち――」


 ユウのみぞおちに下から突き上げる、強い衝撃が走った。


「ぐぼぉ、お……お、ごほごほごほ。じょ、冗談……」


 アリスの拳に、両足を振るえさせ、みぞおちを押さるユウが声を絞り出す。


「何、調子に乗ってんの。あんたは今日で終わりなのよ。私に勝てると思ってんの?」

「――な、なんで、二人見つめあっているの?」


 ユウとアリスが睨み合い火花を散らすところに、浴衣姿になったシズクが戻ってきた。

違う、とユウとアリスは声を重ね、強く否定する。

それならいいけど……、とシズクは二人を、じとっ、と観察している。


「私も一緒に行く。いいわよね」


 シズクの視線を遮って、アリスが言った。

落胆、シズクは気持ちを隠し平然を装っているのが、ばればれだ。


「う、うん……、みんな一緒のほうが楽しいもんね。でも、アリスちゃん、ずっと思いつめているみたいだった。もう大丈夫なの?」


 隊長とユウの立ち合いから、思いつめているようで、誰の問いかけにも上の空だった。


「……気になることがあったの。それだけよ。でももう大丈夫、今日で終わりよ」

「今日?」


 アリスはユウを一瞥した。


「――シズクが着ている、それ、どうしたの?」


 ユウはアリスの視線を無視し、シズクに訊く。彼はシズクの着ている服が気になるのだ。


「この服、可愛いいですか? 花の絵とか書いてあるんですよ」


 そう言ってその場で、くるっ、と一回りする。白の生地の上の、桃色の大輪牡丹が舞う。


「シズク、その服一体どこで」

「『可愛いいですか?』って聞いているんですよ!!」


 シズクは、頬を膨らませ顔を逸らす。


「か、可愛いよ」


 そーですかー、と頬を赤らめさせ喜んでいるようだ。


「これ、イクトさんがくれたんです。めずらしい服ですよね」

「これは浴衣、俺の国の服だ。なんでここに? それに、イクト?」


 ユウは、覚えのある服と夢の中で聞いた名に動揺とも興奮とも言えない気持ちが湧き上がる。イクト、それはあの夢の中の小さな巫女みことの兄だ。


「イクトさん村に来ていますよ。お祭りが始まるまで時間があります。行きましょうか?」


 それに、この浴衣自体、どこかで見たことある。


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