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1部 シズク 2章 世界を失った少年は幻の村で目覚め、§5 ②

「――ユウ、あんた私と戦いなさい」


 アリスだ。彼女は大木槌を引きずっている。


「アリスちゃん? どういうこと? こんな状態だよ。戦えないよ」


 ユウの横に座り彼を解放するシズクを一瞥すると、アリスはユウを睨み付けた。


「シズクの言う通りね。一体どういうつもりなのかしら?」


 マリアも言うが、アリスは何も答えない。〈無矛盾律なる者〉、何も答えないアリスにマリアが小さな声で言う。アリスは大きく目を見開く。動揺を隠せない。


「そうか、あなたなら知っていてもおかしくないわね。でもね、アリス、なぜ焦るの?」


 心意を見抜かれたくないという気持ちがあるのだろう、アリスはマリアから視線を外す。


「さっきのユウの言葉ね。あなたが急にこんな風に焦るってことは……」


 アリスの表情を伺いながらマリアが問いかけるが、何も答えない。


「……まぁいいわ、祭りの舞台なら許可してあげる」

「〈誓いの戦い〉? 今さら演舞者を変えるなんて」

「そんなのどうにでもできるわ。――隊長!! ちょっといいかしら」


 マリアが隊長を手招きして呼ぶと、こそこそと話し始める。本気ですか? アリスが切れたら――。大丈夫、私がなんとか――。 漏れてくる声から察すると、マリアが隊長を説得しているようだ。漏れ聞こえる笑い声からは、悪巧みの匂いしかしない。


「……あいつら何話しているの? なんか嫌な予感がする」


 話がついたのだろう、急にマリアと隊長が振りむき、アリスを見る。

いたたたたたたたた、と急に隊長がわき腹を抑えてうずくまる。声が軽い、棒読みだ。


「隊長、大丈夫? あーあ、これじゃぁ、祭りの演舞は無理ね、代わりいないかなー」


 マリアがわざとらしく辺りを見回すと、シズクに介抱されるユウを見て、手を鳴らす。


「ここにいるじゃない。ユウ、隊長の代わりに〈誓いの戦い〉でアリスと戦うのよ。うん、怪我じゃ仕方ないしね」


 マリアも棒読みだ。少しは演技しろ、と言いたくなる程に。


「さっきまでぴんぴんしてたじゃない! 自分で棒切れ位ってほざいてたでしょ!!」

「やせ我慢に決まってるじゃない。見たでしょ? ユウが隊長のぽんぽん叩くとこ。あんなに強く打たれて何もないわけないでしょ。ユウの剣真っ二つなのよ」

「ぽんぽん? でも、今までぴんぴん――」

「それで、ユウとアリスで負けたほうはこれを着て村のみんなの前で踊るのよ」


 どこから出したのか、薄いピンクのフリルが沢山付いたドレスをマリアが手に持っている。後ろに大きな赤いリボンがつき、スカートの裾が極端に短い。少し動けば下着が見える。


「は? 負けたほう? ……負けたら俺が、これ?」


 服を見たユウが凍り付く。祭りの演舞に出る、と今言われたが、そんなこがどうでもよくなる程だ。あんな服を着た姿を見られたら、全員の口を封じる必要がある。


「大丈夫よ、ユウ。勝てばいいの。村のみんなも君を応援するからね。もし負けても、まぁ、死なないから安心よ。ちょっと暮らしにくくなる程度よね」

「ちょ、ちょっと!?」

「こ、こんなの、着ないわよ!」


 アリスの顔が真っ赤になり頭から湯気が上る。マリアが真剣な顔で彼女の目を見つめる。


「な、何よ」

「あなたはユウの力を見たいんでしょ、ならあの服は必要よ」

「なんの関係があるのよ!!」

「彼は負けて損するものが何もないわ。力を隠していればわざと負けるかもしれない。でもこのかけがあれば別よ」

「違うって……?」

「ユウが負けて、あれ着た時のことを考えて……ぷっ。どう凄く面白いでしょ。ぷぷぷ」


 姿を想像したのかマリアが噴出しそうになるのを必死に堪えている。


「き、気持ち悪い……」

「そうよ。彼は絶対に手を抜けない。確実に本気のユウを見れるわ、そう思わない」

「た、確かに、手を抜けないわ……」


 マリアはアリスに目を合わせると、神妙な顔をしてゆっくり頷く。ふざけているわけじゃない、アリスのためだ、そう言っているかのようだ。


「……そうね、確かに、これなら本気でやるしかないわ」

「――騙されてる! 絶対楽しんでるだけだよ! アリスちゃんが負けたら。あれだよ」


 シズクがマリアの手にある、ドレスを指さす。


「なんで私が着なきゃいけないのよ!! ……は!?」

アリスは叫ぶと我に返った。そうだ、自分も、と思い出す。

「ちっ。大丈夫だ、アリス。勝てばいいんだ。気にするな! お前が負けるわけないだろ?」


 蹲る振りをしていた隊長が舌打ちをし、立ち上がり、親指を立て、白い歯を光らせた。


「……それもそうね」


 アリス、マリアたちの意見がまとまった、だが誰かのことを忘れている。


「俺!! 俺の気持ちは!!」

「「「はぁ!?」」」


 アリス、マリア、隊長が声を重ねて恫喝する。


「いや、でも……俺が着るのと、アリスが着るのじゃ、賭け事として釣り合ってなくない?」

「ばか、そんなこと言ったら――」


 ユウが口走ると、アリスはユウの口を押さえつけマリアを伺う。


「うん、そうね、確かにこれじゃ不公平ね。わかったわ、ユウ!!」


 わかってくれた。必死に伝えれば、思いは伝わる。これこそ魔法だ、ユウは感慨深い。


「もしアリスが負けたらあの服で、みんなに一日ご奉仕よ。つんつんして愛想のないアリスが、みんな大喜びだわ。間違いないわ。ふふふ」

「違う、違う、そうじゃない!!」


 ユウが必死に賭けの中止を訴えるがマリアには届かない。彼女は何を想像しているのか、にやけている。それだけじゃない、他の男どもも同じようににやけている。


「なんで、私がこいつらに、奉仕しなきゃいけないのよ!!」

「何言っているのアリス、私はそんなこと言ってないわ。私が言ったのはこの村全員にってことよ。も~、アリスったら、早とちりして~~」

「そ、そっか~、そうよねー。……って何でよ!!」


 我を失ったアリスは、手にした大木槌を振り回し暴れる。木の枝でも振り回しているみたいだ。木槌の頭が近くを通っただけで地面が掘り起こされる。ユウの顔が青ざめる。一発の威力が尋常じゃない。かすっても無事で済まない。振る度に木槌の頭が輝いていた。


「あ★○▽■×☆●△ーーーー!」


 声にならない叫びを上げたかと思うとアリスは、木槌を地面に叩き下ろした。――その瞬間、地面に金色の魔法陣が描かれ、地面が爆発したかのように弾け、轟音を鳴らし、砂埃が舞う。収まると、そこに、彗星でも落ちたのかと思わせるクレーターがあった。


「……無詠唱魔法?」


 詠唱なしの魔法により繰り出される一撃の強さとスピードが数倍に強化されている。常人ならかすっただけで致死に至る威力だ。


「正解。この子は万人に一人の無詠唱魔法の使い手……。息を吐くように一撃に魔力を込めることができるの。一発で死ぬから気を付けなさい」


 あんたが戦うな、って言ってただろ、とユウは言いたかったが、言わない。この人には何を言っても無駄だ。もう悟った。


「ユウさん!! 絶対死んだら駄目です。マリアさんは、死んでも死体に着せて、死者を辱めるようなことするわ。この村の伝説になってしまうの」


 シズクの何のフォローにもない言葉が、ユウにさらに追い打ちをかけた。


 ――ユウは椅子に座ると同時に大きくため息をついた。授業が終わり、ユウは自室に戻った。ため息の原因は、アリスとの立ち合いだ。負ければ地獄だ。


 まだ村にいる必要がある。魔法、村の場所、無意識の動き、断片的な記憶、それにあの蛇の少女、わからないことが多すぎる。この世界について位は知らないとまともに生活もできない。……それにマリア、あの人は、間違いなくユウについて何か知っている。


「――何か悩み事?」


 ドアをノックする音がすると、マリアが部屋に入ってきた。


「……しらじらしい。アリスとの演舞についてですよ?」


 情報はより多い方がいいが、なぜかこの人に見抜かれるのは得策と思えない。だからそこを強調する。アリスとの演舞も悩みの種だ、嘘でもない。


「ふーん。面白かったでしょ?」

「いや! まったく。一体なんなんですか!! 悪趣味すぎですよ」

「理由がなくて本気で戦える? 隊長との立ち合いも、本気じゃなかった。……怖いの?」


 この人は何か知っている。ふざけた態度の底に、何かがある。ユウにはそう感じていた。


「ふふふ、まぁ、ちょっと、やり過ぎたかもしれないわ。だから、アリスに確実に勝つ方法を教えに来てあげたの。感謝なさいよ」

「ちょっと? 感謝? ……全部あなたが原因な気がしますけど」

「気のせいよ。気にしないで」

「気のせいじゃない!」

「今自分で気がする、って言ったでしょ? もう~、わがままね」

「わ、わがまま? 俺がわがままなのか?」


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