1部 シズク 2章 世界を失った少年は幻の村で目覚め、§5 ①
昼になるとアーティが研究棟に帰り、代わりに守備隊の隊長が教室にきた。
「――ユウ、わしと立ち会え」
アーティの時以上に生徒たちが騒ぐ。守備隊の長である彼は、村の強さの象徴で、英雄なのだ。少年たちの憧れそのものだ。指導方針を決めるのに力を測る必要があるとユウとの立ち会いを望んだのだ。生徒たちは不満そうだ。午前の授業で、魔法を一切使えなかったユウが隊長と手合せするということに納得ができない。彼と手を合わせる、それだけで誇らしいことなのだ。
やっぱりね……、アリスが呟く。シズクとユウが不思議そうに彼女を見る。
「力を測ろうとしているのよ。マリアがね。アーティで魔法、隊長で戦闘ね」
アリスの予測通りだろう。隊長はすぐにユウと手合わせをすることになった。庭の壁に槍、大鎌、鉄槌、片手剣、両手剣、それぞれ大きさや素材が違うもの、百は超える武器が運び込まれていた。ここから獲物を選ぶように言われた。
「……あなたはどれを?」
「わしか? わしはこれだ」
ユウに訊かれ、隊長は、力を誇示するように、大きな刃のない両手剣を片手で掲げた。地面に突き刺すと、重量で、地面に深く突き刺ささった。
それを見てから、ユウは武器を一つ一つ手に取る。ユウは十個目の武器である刀を手に取り、これだ、と直感が彼に語る。それに、ユウに見覚えがあった。それはユウの故郷二ホンの古来の武器だ。ここユーヴァクームやリタリースはユウの知る場所ではないが、刀はニホン独自の武器だ。どこかで繋がっている、ユウはそう感じた。
「――これと、これも」
刀を壁に戻すと、横の短い木刀と長めの木刀、二つの木刀をユウは手にする。短いほう――脇差を模した木刀をベルトに差し、もう一つを手に持った。
「イクトが持ってきた剣、刀か。それも木製、なぜそれを選ぶ? 本当にそれでいいのか?」
「……えぇ多分、大丈夫です」
直感だ。説明なんか出来ない。木製を選んだのも、同じだ。刀を手にしたとき、殺してしまう恐怖を感じたからだ。
「そうか……。構えろ、ユウ! おまえの力、わしに見せろ!」
隊長は剣を両手で握り高くに構えた。腹が隙だらけだ。打ち込め、と挑発している。
生徒達は、あんなあからさまな誘いに誰が乗るんだ、と唾をのむ。ユウは膝と腰を落とし、真っ直ぐ隊長を見る。彼も裏をかくか、それとも裏の裏で表か、悩む。
「はぁぁぁあ!!」
隊長が咆哮とともに殺気を放つ。それは、ユウを襲い、包み、焼く。殺気に包まれたユウの身体が意識から外れ勝手に動き出す。
ふくらはぎ、太腿、腰、腹、胸、肩、腕を回転させ、木刀を引く。そして、それを真っ直ぐ最短距離で隊長の顔面に向けて突いた――。
隊長の頬から少量の血が飛び散った。突き刺さったように見えたが、隊長は顔を反らしぎりぎりかわしたのだ。今の一突きが顔面を捉えていたら木製でもただじゃ済まない。いや、死んでいただろう。これは殺すための一突きだ。
隊長の目が血走り、顔に血管が浮く。温厚な顔が修羅の形相に代わる。
をぉぉぉ、両腕に力をこめ、大剣を隊長は振り下ろした。
ユウは開いてる左手で腰から脇差を抜き、まともに受けず大剣の軌道を変え、いなす。大剣は地面すれすれで止まるが、その風圧で地面が数メートルほど割れた。
いなした脇差を大剣に沿い走らせ、ユウは隊長に打ち込む――。だが、脇差は隊長を捉える寸前に粉々になり弾け、ユウの一撃は虚しく空を切る。大きく後方に飛び、隊長と距離を取った。手に持った脇差が柄だけになっている。
ユウの動機が激しくなり、汗が噴き出す。ユウは隊長を殺そうとした、間違いない、一切の迷いがなかった。自分への恐怖心が胃から何かを逆流させ――。
歓声があがった。生徒たちだ。動きを追えたものはいても一人二人だ。ユウの木刀が粉々になり、隊長の頬が切れている。いい勝負をしているように見えたのだろう。歓声の中、アリスだけはユウを睨み付けていた。最初の一撃、その意味が分かるからだ。
「残りは一本だけだぞ」
隊長が剣を振り上げ、また隙だらけの腹を見せる。口元に笑みが浮かべていた。立ち合いを楽しんでいるのだ。心なしか、咆哮と殺気を放った時と比べ表情も穏やかに見える。ユウの意識がはっきりとする。自分の意志で体を動かせる。さっきと違う。
ユウは刀を横に構え体を捻り、膝を曲げ、腰を落とし、笑みを見せた。そのまま、剣を放てば間違いなく腹に剣が放たれる。隊長が振り下ろす前に打ち込むと挑発しているのだ。
待ち構える隊長と、打ち込むタイミングを伺うユウ、二人の間空気が濃くなり、緊張が高まる。だからか、見るものたちが息苦しくなる。誰かが唾を飲んだ音が響いた――。
錯覚だろう、ユウが一瞬膨らみ、隊長に向かって斬撃を放つ。隊長は咆哮とともに剣を振り下ろす。二人の剣の風圧で砂埃が舞い、二人の姿を隠した。
……砂埃が収まり、最初に姿を見せた隊長は剣を振り下ろしたまま固まっている。剣の下の地面は文字通り割れている。その後ろに刀を振り切ったユウがいた。手にした木刀は折れ、その剣先が地面に突き刺さっている。
「……ぐ!」
隊長が声を上げ、片膝を地面についた。
生徒たちは目の前で起こったことを掴めずに静まり返った。それは、数秒かもしれないし、数分だったかもしれない。誰かが歓声を上げると、皆が続いて声を上げた。ユウが隊長の剣をくぐり、その斬撃を浴びせたのだ。
「――ははははは!!」
ざっ、と何もなかったように、隊長が立ち上がり、白い歯を見せ笑った。
ユウも生徒も唖然とする。木製といえども全力で腹を打ち抜いた。すぐに立てるはずがないのだ。それなのに彼は笑っているのだ。
「何を驚くユウ!! わしは棒切れ程度でどうにかなるような、鍛え方はしとらんぞ!」
ユウ達の表情を見て隊長が吠えた。
「ユウ、お前の戦闘技術は本物だ。すぐに隊に欲しいぐらいだぞ。……ユウ、どこで訓練を受けた? お前のその技術は何のためのものだ? お前は何者だ?」
殺されると感じたと同時に、殺される前に殺す、その気持ちに心を支配され、身体が勝手に動き出した。反撃できないように一撃で隊長が殺そうとしたのだ。
「何のため? 何者? 俺は……ぐ……。あの子を、守り、そして、殺すために――」
ユウの脳裏に切り取られたいくつものシーンが痛みと一緒に飛び込んでくる。筋肉質の大男に施される拷問としか言えない訓練、武装した兵たちとの戦闘、飛びかかって来る蛇……、最後に蛇の子に似た少女の笑顔が映る。ユウは、額に汗を掻き、肩で息を始める。




