1部 シズク 2章 世界を失った少年は幻の村で目覚め、§4
「――あの新入り、シズクやアリスと一緒にここに住みだしたみたいだぞ」
ユウは、シズク、アリスと一緒に院の教室にいた。部屋に、生徒と思わしき少年少女が三十人ほどいた。五、六歳に見える子からユウ達と同じ年くらいの十七、八の子までいて年齢層がバラバラだ。その中のユウと同じ年くらいの男たちの視線が、突き刺さる。
昨日、研究棟から院に返るとマリアが、ユウに院の授業に参加するよう言った。この世界で生きるなら世界のことも魔法のことも知る必要があるからだ。村のことが外に洩れないようにと、彼の死を望んだのだのにだ。彼女の言動は何か意図があるようだ。
「――アリス!」
後ろからアリスを呼ぶ声が聞こえる。振り返ると、十くらいの少年がいた。彼の後ろに、もう一人、七、八才程度の小さな少女もじもじしている。
「カツ。それに……ナミ! あんたもう大丈夫なの?」
ナミと呼ばれた少女が、もじもじしながら、アリスに答える。
「渓谷からイクシール草を見つけるなんて、さすが、アリスとアーティだぜ!!」
興奮してカツが話す。それをシズクが寂しそうに見ている。アリスが気遣い、カツに、ナミのために探しに行くと言い出したのも、見つけたのもシズクだから、とお礼を促す。
「嘘だー!? シズクに出来るわけねーよ!!」
すぐ横にシズクがいるのに、カツ横暴に言う。シズクが、ううう、と瞳を潤せる。
「こら! あんたたちのために頑張ったのよ。それにシズクは私よりずっと強いわ」
「なんだよ、それ。シズクがアリスより強いわけないじゃん」
「強さにも色々あるの。そのうちあなたにも分かるわ」
アリスが言う意味がよくわからなくて、カツは頭を傾げる。ユウにもわからない、でも彼女がシズクに一目置いている、それは十分にわかる。
「……でも、まぁ、シズクも頑張ってくれたんだな。ありがとう」
「い、いいよ、わたし、結局、あんまり役に立ってないし……」
「シズクだから、気にすんな!! ナミのお礼だ、何かあったら俺が守ってやる!!」
「ははは、あ、ありがと……」
カツはシズクを真っ直ぐ見て言い、彼女は苦笑いを浮かべる。ずっと小さなカツに見下されて、労わられシズクは気落ちする。そんなことに気付かず、カツは得意げに鼻を擦る
「シズクちゃん。ありがと。それと、ごめんね。お兄ちゃん悪気はないと思うの」
ナミがシズクをフォローするが、こんな小さな子にまで、とシズクはもっと落ち込んだ。
「――はーい。席に着きなさーい」
手を叩きながら、マリアが教室に入って来る。続いて、赤髪で長身のアーティが入ってきた。彼の姿に教室の中が騒めきたつ。
院ではマリアがシズクやアリスなどの年長者に対し教育し、年長者がカツやナミなどの若年層を教える。マリアと生徒だけで授業が進められるのだ。去年までここで授業を受けていたものがきた。それも、研究者となり一年足らずで新しい魔法や、新しい活用方法をいくつも産み出し、将来を期待されるアーティだ。ただでさえ、未知の魔法でアリス達の危機を救った噂のユウがいるのだ。彼まで姿を見せて、騒がないはずがない。
マリアは生徒たちの反応を気にすることなく、アーティに生徒を任せる。本人は、ユウに魔法を説明する。内容自体は、昨日聞いた内容と大差ない。ただ、戦闘では、詠唱と発動までの時間を考えて戦術を立てることが重要だと繰り返した。特に、無詠唱魔法といったゼロ時間で発動する魔法を使えるものもいる。無詠唱魔法を使うものを敵にするのは避けるべきだということだ。
「――アーティ!! ユウに見本を見せてあげて頂戴」
マリアは、生徒たちを指導するアーティを呼ぶ。魔法の実践は理屈より、慣れろといったことか、ユウを含め皆、教室から庭に出る。
「……そうだな、君ならこれ位でも大丈夫だろ」
アーティは人差し指を立て、短い言葉を口にする。すると、指先に赤く小さな魔法陣が描かれ小さな炎が浮かんだ。詠唱が続くと炎がどんどん大きくなり燃える鳥となった。鳥は空高く舞い上がる。そして宙で一回転し、急降下し、地面を焼く。
生徒たちが、驚愕、感嘆、賞賛、と一人一人一葉の反応を見せる。
「これが、魔法……」
遊園地のアトラクションか、3D映画か、ユウはただ驚嘆するしかない。
――次はあなたね。マリアが、アーティを参考にしてやれと、言うのだ。
どうすればいいかわからない。魔法は強い思いと聞いた。だが、何を思えと、ユウは首を振り両手を広げる。出来ないと、アピールしているのだ。
「思うようにすればいいわ。初めてなんだから上手く出来なくても普通よ。でもあなたが魔法を使っていたとも聞いているから、出来るかもしれない。損はないでしょ」
「……まぁ」
見様見真似で人差し指を立てた。生徒達が注目し、静寂が広がる。人差し指に集中する。……一分か二分程経ち、生徒たちが騒めき出す。
ユウは、首を振って集中するのを止めた。生徒たちは何事か飲み込めない。
「何ふざけてんのよ!! 何も反応しないわけないでしょ!!」
アリスがユウにほえる。彼女からすると、ふざけているようにしか見えないのだろう。
生徒たちの失望を痛いほど感じた。恥ずかしさもあり小声で、そう言われても、と言い返すのが精一杯だった。
もう一度よ、とアリスが命令する。そんな気になるはずない。首を振って拒否する。
「私がもう一度やれ、って言っているんだから、やりなさいよ!!」
「――彼は魔法を知らない、そう言っていた。なら不思議じゃないだろ」
ユウが言い返そうとするのを遮って、アーティが言った。
「あんた本当にそう思っている? そんなはずないでしょ! あんたも見たでしょ!!」
「どーどーどー。アリスちゃん、出来ないものはしょうがないよ、うんしょうがない」
シズクもユウを庇う。でもどこか得意気だ。
「ユウさん。出来なかったら、出来るようになればいいんです。私が教えてあげます。だから、私も見本見せてあげるからよく見てて下さいね」
アリスをアーティがなだめる横で、得意げにユウに魔法を説明するシズクが言った。
横でシズクの言葉を聞いたアーティは一目散に院の教室に向かって走る。彼を見た生徒やマリア、それにメリトまで教室に駆け込んだ。頭に血が上るアリスはアーティがいなくなったのに気付いていない。庭には、ユウ、シズク、アリスだけになった。
嬉しそうにシズクが、よーし、と両手を空に掲げる。
「――あんたちゃんと聞いてんの……!? ……いない? なんで?」
一人になったことに気づいたアリスが首を振ると、シズクが両手を上げている。
「……シズク? まさか……だめ――」
「やーー!」
アリスの声が届く前に、シズクが叫ぶ。大気が震え、地面、木々、大気、から水が舞い上がり院全体を覆うほど大きな水泡が空に浮かんだ。宙で揺れる水泡を通った太陽の光が、きらきら、輝く。水泡は、少しずつ大きくなっていた。
「なんだ、これ……」
「何してんのよ、早く止めなさい!」
ユウは、その大きさに唖然とし、アリスはシズクに向かって叫んだ。
「……と、止まんない、止まんないよ。どうしよう、アリスちゃん」
首だけ回して、シズクは震えながら、青ざめた顔で苦笑いを浮かべる。
「止まんない、って。ちょっと、あんた……」
どこかから漏れているのか、水泡から水が垂れ始める。そんなことお構いなしに、どんどん、膨張していく。
もう、だ……め……。シズクが呟き、ぱんっ、と水泡が音を立て破裂する。空に溜まった水が轟音と一緒にユウたちに降り注ぐ。
全ての水が宙から消え、静寂に包まれる。顔を上げると、庭全体が大きな水溜まりになっていた。その中で、アリスとシズクが尻餅をつき、目を白黒させている。
「何してんのよ!」
「……てへ」
我に返ったアリスがシズクを叱りつける。シズクは少し間を置いて答えた。
「誤魔化さない!」
アリスに怒られシズクは、目を大きくし潤ませ見つめる。
「も、もう!! いいわよ!!」
「アリスちゃん大好き!」
シズクはアリスに抱きつく。アリスは恥ずかしそうに言う。シズクはアリスから離れ、ユウの前で前かがみになり上目づかいでユウに、ごめんな……さい、そう言った。
「あ、あぁ。い、いいよ。大丈夫だよ。でも、今のは……?」
「シズクは魔力だけは凄い。もしかしたらマリア様よりもだ。でも制御できない……お?」
いつの間にか庭に戻ってきたアーティがユウに説明するが、突然不自然に笑った。ユウが振り向くと、彼はにやけている。その視線はユウの後ろだ。
「どうしたん……だ。え!!」
アーティの視線の先はシズクとアリスだ。二人をよく見ると、服が濡れ透けている。シズクは白い下着で、アリスは赤い下着が透けて見えている。それに塗れた服が肌に張り付き、二人のボディラインが強調されている。シズクは少し胸が小さいが、意外とスタイルがいい。アリスは想像通り、幼児体型、そう言えばいいのだろうか。
どうしたの、とシズクは不思議そうに、アリスは怪訝そうにユウとアーティを見る。
「二人とも、下着……」
「おま! ばか! そんなこと言ったら」
二人はお互いに相手の服に目を移す。
「アリスちゃん、服が……」「シズク、あんた服が透けて……」
まさか、と二人は自分の服を確認する。
「な、なななな、何見てんのよ!」
動転したアリスがユウとアーティを全力で殴り飛ばす。二人は、地面を何度も跳ね、壁に貼りつく様に叩きつけられる。そして、血の筋をつけながら壁をずり落ちた。
「ユウさんのエッチ」
太陽の光が水に反射し輝く園の中、壁に逆さまに貼りついたユウにシズクが笑った。
「お……俺なの?」
――庭全体に散らばった水が輝く。庭が光っている。蒸発するように、庭から水と光が消え、二人の服もあっという間に乾いた。シズクの魔法で生まれた水がフェムト粒子に戻り空気に溶け、元に戻る。違うのは、腫れあがるユウとアーティの頬ぐらいだ。
「ま、まぁ、色々あったけど、魔法は時間を掛けてゆっくり覚えるしかないわね。それとも思い出すだったかしら?」
マリアが言うと、シズクが声を弾ませ、
「そうですよ、ゆっくり覚えましょ!」
「……シズク。さてはお前、自分より魔法が下手なやつを見つけて喜んでいるな」
「な、な、な、言ってんのよ、アーティ。そんな失礼なことあるわけないよ!!」
シズクの声が上擦っている。わかりやすい図星だ。ばればれね、とアリスが呆れてる。
そうだわ、そんなシズクを見てマリアが、突然手を叩き、声を響かせた。
「シズク、あなたがユウに魔法を教えるのよ。教えるのも勉強になるわ」
「私が、ユウさんに……? ……うん」
シズクはユウを見て、両手を握り大きく頷く。
「ユウさん! 一緒に頑張りましょ。厳しくしても、泣いたら駄目ですよ!」
シズクの真剣さにユウは思わず頷く。だがシズクは明らかに魔法が苦手だ。アーティは、シズクは力を制御できない、と言っていた。そんな子が他人に教えられるとは思えない。
「シズク、一つ約束して」
マリアがいつになく真剣な表情でシズクに言う。シズクは、なんだろう、と不思議がる。
「練習は絶対に周りに誰もいないときにするのよ。絶対に絶対よ、誰もいないときによ」
マリアは言い聞かせるように言っているが、周りを巻き込むな、と言っている。そんなことに気づかないシズクは、真剣に頷く。
「アーティ……」
「あぁ、マリアさん、シズクをユウに押し付けたな」




